013/コンタクトレンズ

 最初に気付いたのは、下村だった。
「あれ?」
 私の顔を見、怪訝そうに首を傾げる。
 その時彼は自分の部屋に居候していたから、気付いて当然といえば当然かもしれない。
「ドク、眼鏡かけてましたっけ」
「たまに、な」
 欠伸をし、首にかけたタオルで乱雑に頭を拭った。私の寝起きは一般と比べれば悪く、どんなに叩き起こされても効果は薄い。熱い湯を浴びてようやく頭が回り始める。
 迎え酒とばかりに冷えたビールを飲み始めた私を、下村はソファに腰掛けたまま呆れたように見上げている。
「……普段は裸眼ですか?」
「まさか。使い捨てのレンズさ」
 普通のコンタクトレンズと違い、手入れの必要もなく捨てればいいだけのレンズは私に向いていた。多少の金がかかろうとも、手間に比べれば惜しくない。
 言い切った私に、下村は頷いた。
「眼鏡に白衣だと、いかにもって感じがしますよ」
 ということは、普段は医者らしくないということか。一応自覚はあるので沈黙を保つ。
 眠たそうに欠伸する下村の、頭を撫でた。
「なんですか」
 驚いたのか驚いてないのか、いまいち判り辛い反応だ。二十歳を越して気安く他人に頭を撫でられることはあるまいに、もう少し驚いてくれても良さそうなものだが。
 こんな所で負けず嫌いを発揮しなくてもと思わないでもなかったが、それでも構わず撫で続けた。
 初めて会った時から感情が読めない男だが、腕を切り取ってやって以来、いっそうわかり辛くなったように思う。左手と一緒に魚に食わせてしまったのだろうか。
「ドク。俺は犬じゃありませんよ」
「どっちかと言うと、お前は猫だな」
 何を考えているのかわからない所なんか、そっくりだ。
 言うとさすがに気分を害したらしい。右手で振り払われてしまった。
「何考えてるんですか」
「お前と同じさ」
「は?」
「何も考えてない」
 今度こそ下村は眉間に皺を寄せた。それが私に小気味良さを与えてくれる。

 下村が私のうちに厄介になった、最初の朝のこと。
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