賑やかな酒場の騒音はまるで不協和音で、時に耳を塞ぎたくなるが、耐えがたいというほどでもなく、おおむね許容の範囲だとルフィは思っている。
村で唯一の酒場を賑わせているのは、海賊達だった。村長は良い顔をしないが、村では彼等を歓迎していた。暴れるでもなく、高圧的でもなく、村で休息と補給だけをしていく彼等は、村にとっては上客なのだ。
例に漏れず、ルフィも彼等が大好きで、彼等が村に帰ってきた時にはべったり張りついていた。
喧躁は、たまに大合唱になった。丁度今のように誰かが調子良く歌い始め、周りにいた者も口ずさみ、酒を飲んだテンションで、機嫌良く歌の輪が広がる。
聞き覚えた歌をルフィも負けじと歌い、大きな手が頭を撫でてくれる。
ふと、カウンターから少し離れたテーブルで飲んでいた男が目に入る。船長の代わりに仲間たちをよくまとめている、副船長の姿。
彼も機嫌が良いのだろう、笑っていた。が、歌っていない気がする。
カウンターから副船長を呼んでも、きっと大合唱に阻まれて届かない。椅子代わりの樽から下りると、まっすぐ彼の所へ小走りに向かった。
「副船長」
呼び、飾り帯の裾を引っ張る。「どうした?」と優しい笑顔を向けられ、嬉しくなった。
「歌わないのか?」
「歌ってるさ」
そうじゃなくて、ともどかしそうなルフィに、副船長は首を傾げた。
「皆みたいに、おっきな声で歌わないのか?」
「そーいやあ、おまえが大声で歌うのって、見たことねェなあ」
降ってきた声に上向くと、すっかり酔っぱらった海賊頭が笑っていた。何かを企んでいると、副船長ばかりかルフィにもはっきりわかる表情だ。
副船長は苦笑し、煙草を吹かした。
「どう歌おうと俺の自由だろう?」
「いいや! 皆が大声で気持ち良く歌ってるのに、副船長のおまえが手本を見せなくてどーするよ。集団行動を乱してるぞ!」
この時、ルフィには一つだけわかったことがあった。この麦わらをかぶった海賊頭は、素面より酔った時の方がまともなことを言う。ただし、発言内容に賛同できるかどうかは別の話だが。
「普段集団行動を乱してる人間には言われたくないぞ」
「うるさい。オレが乱してるんじゃなくて、皆がついてこれないだけだろ」
非は自分にないと胸を張る。副船長が溜息をついたのがはっきりわかった。
しかし、次の言葉には溜息を通り越す。
「次、オレとの勝負に負けたら、大声で歌えよ!」
「な」
何を馬鹿なことを、と副船長の唇は動いたが、声は聞こえなかった。いつの間にか歌い終わっていた海賊達の歓声に掻き消されたのだ。
「多数決で決定!」
言い切ると、苦い顔をした副船長の前で高らかに笑う。その顔はまるきり、悪戯を成功させた子供の笑顔だった。