「なっ……」
シャンクスは呆然と、港の見える丘に立ち尽くしてしまった。眼下に見える港、そこには自分の船が停泊している、はずだった。
「まだ時間じゃねえだろ!」
出港時間は朝十時。買い入れた食料の都合などで少し遅めの出港だが、今はまだ九時半でしかない。
異変が起これば、どんな形でも報せを寄越すはずだ。そのへんは副船長たるあの男がぬかるはずもない。
「……造反?」
十数年も同じ船に乗っていて、何度も喧嘩はしたが、仲直りしないことなどなかったし、今喧嘩をしていた事実もない。今更造反するくらいなら、船に乗った当初にやらかしているはずだ。
港に異変があったのだろうか。頭に連絡を入れられないような非常事態が起こったのだろうか。いや、海軍もいないこの町でそれはほぼありえない。確率がゼロとは言い切れないが、物騒な連中がいるとも聞いていない。
置いて行かれた。
「……置いて行かれた」
口にしてみると、案外どうというほどのこともないような気がする。もともと悲愴な考えに囚われる性質ではない。
船はないが、剣はある。金も多少なら、ある。もし彼らがこの町に戻ってこないというなら追いかければいいことだし、自分が厭で出て行ったなら、船を取り返せば済む話だ。
「……絶対ェ追いつく」
「……あ?」
認識していたものと、視界に入ったものが異なり、咄嗟に頭で処理できない。
「気が付いたか」
「ん……? なんでお前ここにいるんだ?」
頭を振っているシャンクスの顔を覗き込んだのは副船長だった。ご挨拶だな、と厳しい顔を苦笑に歪ませる。
「……ここ、オレの部屋?」
「他のどこに見えるんだ?」
「…………」
ぬるいラムをベックマンから受け取り、一口飲む。徐々に頭がはっきりしてきた。
「……悪い。寝呆けてたみたいだ」
「だろうな。どんな夢を見てたんだ?」
「置いて行かれる夢。薄情だよな。頭がいねェのに出港するなんてさ」
笑える、と言いながら副船長の腹に軽く拳を入れてくる。その表情に怒りはない。純粋に面白がっているようだと判断し、受け止めてやった。
「あんたのことだ。どうせ置いて行っても、追いかけてくるだろう?」
「さぁ? わかんねえぞ。もしかしたら新しく旗揚げするかもしれねェし」
他人事のように笑うと、ベッドの上で胡座をかいてベックマンを見上げた。
「オレが旗揚げしたら、おまえ、もっかい仲間になる?」