003/大丈夫か?

 戦闘時におけるシャンクスの強さは神掛かったものであり、最強を疑う者は赤髪海賊団にはいない。
 とはいえ、シャンクスの最強は戦闘時のみではない。浴びるほど酒を飲んだ席でもまた然り、なのである。
「副船長」
 そばかすのある子供が、紫煙に溜息を混ぜた男の腰帯を引いた。
「いいの? あれ」
 彼が指差す先には、諸肌脱いで仲間と暴れているシャンクスの姿がある。この喧騒の中、子供――エースは、声を潜めるような内容の話をもちかけたにもかかわらず、いつもより声を張り上げねばならなかった。
 副船長は苦笑し、大きな手でエースの頭を撫でた。
「誰も止められん」
 店を壊すことはしないだろうさ、といささか楽観的――その実、単なる諦観なのだが――な言葉を吐いた副船長を、エースは信じられぬ眼で見上げた。エースの知る副船長は、いつも理性的で乱れることがない。現在大暴れしているシャンクスとは対照的に、理性の塊であるように少年は認識していた。
 そんな人が、理性の欠片も見当たらぬ行動を看過するとは。
「あの状態じゃあ、言っても聞きやしねェからな」
 苦笑し、長くなった灰を灰皿へ落とす。煙草を挟む長い指も、自分の頭を撫でた大きな掌も、太い腕も、理知的な横顔も、何もかもエースの羨望を集めて止まない。
 まだ子供だし、と自分に都合よく言い訳し、この店の中の一番の安全圏――副船長の膝へと座り込む。シャンクスは何かと揶揄ってくるので、彼に対しては素直になれないが、一人の男として扱ってくれる副船長には素直に甘えられた。脚の間に落ち着いたが、それでも副船長の顔は見上げねばならない。
「副船長……大変だなあ」
「ありがとうよ」
 ほんの子供にまで苦労を思いやられる自分は一体何なのか。思わないでもなかったが、今は笑っておく。
「あんなのが船長で、ホントに赤髪海賊団って大丈夫なのか?」
「……なんとかな」
 あればっかりじゃないし、とは口の中でごちる。
 エースや彼の弟のルフィは、戦いの中にあるシャンクスの姿を知らない。だから余計に不思議がるのだろう。あの姿を見れば即座に、何故ここにいる者達があのヨッパライのロクデナシ(ルフィ談)について行っているのかわかるはずだ。
 とすれば、二人にはもしかしたら永久にわからないのかもしれないが。
「それよりエース」
「何?」
 目の前の皿から鳥の唐揚げを摘み、かぶりつきながら問い返された。そのまま食べていいぞと付け足しながら、先程エースがしたようにシャンクスの方を指差す。
「お前の弟があそこに紛れているが、大丈夫か?」
 普段のエースはブラコンと評しても過言ではないだけに、弟の身に何かあったら真っ先に怒るだろう――思ったが、予想外に「別にいーよ」と少し大人びた、けれど投げ遣りな答えが返ってきた。
「ゴム人間だから、ちょっとやそっとじゃ堪えないだろうしさ」
 何より、今のルフィに言っても無駄だね。
 子供らしからぬ溜息の吐き方に、副船長は気付かれぬよう苦笑した。
「……お互い、苦労するよな。副船長」
「まったくだ」
 二人の男は互いの苦労を労いながら、やはり喧騒を避けて食事を続けたのだった。
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