002/夜明け

 ふあ、と欠伸を殺さず、大口を開けた。どうにも眠い。上の目蓋と下の目蓋が仲良くなりたがって困る。誤魔化しに目を擦り、望遠鏡であたりをぐるりと見回す。
「三百六十度、異常ナーシ……」
 再び大口を開けてしまった。手すりにもたれながら半眼になってしまう。座りたかったが、座ったが最後、眠ってしまうのは間違いない。
 交代時間はまだだろうか。霞みのかかった頭でぼんやり思う。
 時刻は、そろそろ東の空が白み始める頃。一日の中で一番冷え込む時間帯だ。毛布を被ろうかと思ったが、立ちながら眠ってしまいそうなので止めた。どうせ、じきに交代が来る。それから部屋へ戻ってぐっすり眠れば済む話だ。
 手すりにもたれ、息を吐いた。溜息すら白い。シャツの裾から浸蝕する冷気は、眠気で暖かくなっている体には程よい刺激になってくれている。
 凶悪な眠さだ。しかしここで眠ってしまっては見張りの意味を為さず、後できっと厭味の一つや二つ、言われるに違いないのだ。プライドにかけて寝落ちるわけにはいかない。
 それにしても、何故こうも目蓋は仲良くしたがるのか――
「起きていたのか」
 背後から掛けられた声に「うわあっ」と声をあげて驚いてしまった。慌てて振り返れば、当り前だが仲間の姿がそこにある。
「い、いきなり声掛けるなよ!」
 心臓が止まるかと思ったじゃねェかと非難し、狭い見張り台へへたり込む。幸か不幸か、今の驚きで眠気は多少吹っ飛んだ。
 近頃仲間に入ったばかりの長身は、「そいつは済まなかった」と心にも無さそうな詫びを寄越し、座り込んだシャンクスの頭を撫でた。
「あんたが交代まで起きてるとは思わなかった」
「……そう言われるだろうと思って起きてたんだよ」
 起きてたことを誉めろとばかりにベックマンを見上げる。欲しかったものを与えてはくれず、彼は一瞬呆れ、その後苦笑した。
「見張りが起きているのは普通のことだろう」
「自慢じゃないが、今まで起きてたことはねェぞ」
 本当に自慢にならないことを胸を張って自慢する。神経が太いと表現したものか、何と言ったものか。再びベックマンが苦笑したのが気に入らなかったのか、サンダルの脚でブーツを蹴ってくる。
「ホントは今、すっげェ眠かったんだけど」
「うん?」
「お前がいきなり声掛けてくるから、眠気が飛んじまったよ」
 どうしてくれるんだと詰られ、ベックマンは首を傾げる。
「……俺に言っても、眠気が来るわけじゃないだろう?」
「お前頭いいんだから、ナントカしろよ」
「…………」
 頭の良さというものはそんな所で活用されるべきものなのだろうか。
 様々な疑問が頭を過ぎったが、黙って足元に丸まっていたシーツを取り上げると、それでシャンクスを包む。
「暖かくなれば眠くなるだろ」
 麦わらを被った頭を撫でる。シャンクスは口を尖らせた。子供のように頭を撫でられたことが不満、ではないらしい。
「色気がねェなあ」
 まぁいいか。
 呟いて、その場で目を瞑ってしまった。色気とはなんだと、ベックマンが聞き返す間もなく穏やかな寝息が聞こえ始める。
 出会い以来振り回されっぱなしだ、と一人ごちて、白い溜息をついた。
 空はようよう、明らみ始めた。
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