「む!今日のトマトジュースは、また一段といけますなぁ!」

「だろ?今日はトマトだけじゃなく、甘くなるようにりんごやら桃やらも入れてみたんだ」

「っ政宗殿………某のために……!!」

「アンタの為じゃなく、俺や市民のためだがな」

「ううぅ…政宗殿ぉおお……」

「……はは、バーカ」















bloody sweetheart 2


















幸村が政宗の家に住み着いてもう一月が経った。
最初は幸村の突飛な挙動言動に逐一過剰反応していた政宗であったが、扱いを覚えてくると段々と可愛くさえ感じるようになってきていた。
邪険にすれば眉をハの字にしてあからさまに凹み、政宗が少し構ってやれば尖った犬歯を覗かせて子供のように笑いながら懐いてくる。
「お慕いする方の前ではいつもきちんとしていたい」などと言って家の中であってもシャツとスーツは愚かマントをも外さぬ姿は、何だか微笑ましかった。

食事は基本的にトマトジュースやトマトスープ、トマト煮込みなどを幸村の好みの味に近付けるよう政宗なりに工夫して作っていた。
幸村は政宗のその思いに応えるよう、人を襲わなくなった。
それどころか家の掃除や洗濯などを手伝い、した事のない料理まで懸命に覚えようとしていた。



「政宗殿!お帰りなさいませ」

「おう。いい子にしてたか?」

「そっ、それが……パイを作ろうとしたら………」

「まーたoven壊したってか?」

「……も、申し訳ないぃいい!!!!」

「Ahー………ったく…」



深く頭を下げた幸村の赤い紐で纏められた後ろ髪がぴょこりと跳ねているのを見ると、政宗はそれ以上怒れなくなった。
最初こそ幸村の足の爪がひしゃげる程の力で足を踏んでやったりしていた政宗だったが、最近はどうもそこまでは出来なくなってきている。
これは本当に犬を飼っている気分にされてきているだけなのか、それともこの男に絆されてきているのか───。
ともあれ幸村の公約通り化け物が出たという話も無くなり、平和な日々であった。







そんなある日の朝。
政宗は、二人分の朝食を作っていた。
幸村の食事用のトマトをスライスする時、不意にナイフで己の人差し指の先を軽く切ってしまった。



「いっつ……」

「政宗殿!!?如何した!!」

「いや、ちぃと指切っただけだ。気にすんな」

「ぬおおおぉそれは一大事!!どれ、某に見せて下され!!」

「ったく……いいっつーのに」



テーブルで政宗の背中を見つめていた幸村はすぐに駆け寄り、その手をとって切れた箇所を探す。
政宗は、ここまで心配されるとこそばゆいような思いも抱きながら、好きなようにさせた。
幸村が吸血鬼という事実など、どこか記憶から薄らいでいたために。



「……あ…」

「あ?」

「政宗殿の、血……」

「Humn…それがどうし……っ!」



小さな傷口を見付けると、幸村の茶色がちな眼が次第に紅に染まっていった。
政宗がそれに気付いた頃にはもう遅く、指先は幸村の咥内へ収められていた。
幸村は口の中へ迎えた政宗の指の傷口を勿体ぶるように舌先で二度、三度とつついてはやがてねっとりと舌を這わせた。
ヌメりながらもザラついた感触が指に絡まり、政宗はぴくりと肩を揺らす。



「っ……オイ、やめろ犬コロ!!」

「…は、っ……」



幸村は制止の声も聞かず、政宗が手を引っ込められぬよう手首を強い力で掴みながら、目を細めて更にその指をぴちゃぴちゃと貪る如く舐め回す。
吸血鬼である幸村の腕力は人間である政宗よりも格段に強く、政宗は腕を引いてみるもびくともしない。
傷口からじんわりと血が滲む度に、それを舌先に掬い唾液を混ぜて口の中全体で新鮮な血の味を味わう。
その焦れったいようなくすぐったいような愛撫は、時折漏れる幸村の吐息と相まってまるで口淫のようで。
政宗の背筋にも、ぞくりと電流が走った。



「………っン……」



気を抜いていたのだろう。
幸村がちゅぷ、と指全体を吸い上げたところで政宗から小さな甘声が漏れた。
その声に、二人はぴたりと止まる。
微妙に気まずい空気が流れる。
幸村が政宗へ向ける紅の眼はじんわりと潤み、欲情の欠片を孕んでいた。



「まさ「政宗様!助けて下さい、化け物が出て…!!」



丁度そこでドアの外から来訪者の声がして、その雰囲気は一掃された。
政宗は今更ながら頬を真っ赤に染め、幸村が気を抜いている内にその口許から手を引くと何も言わずに応対をしに行った。
幸村は、少し前まで政宗の指の収まっていた己の唇へそっと触れた。
そして口中に残る薄い血の余韻に浸りながらテーブルへと戻り、思わず眉尻を下げ気味に笑う。



「…不味い、な……」



















政宗は応対が終わるや否や自室へと駆け込み、聖書を脇に抱え幸村に挨拶もせず出て行こうとした。
が、玄関のドアを開いたところですかさず呼び止められる。



「そのように急いで、どうされたので?」

「Ah………………化け物が出たんだとよ」

「何!?まさか、あやつらには命令が行き届いておるはず…」

「ま、行ってみなきゃわかんねぇけどな。アンタの配下以外にも化け物は居るだろ?」

「そうだとしたら危のうござる!どうか、某もお供に…」

「No、こんな明るい内から出歩かせる訳にはいかねぇ。ちゃんと俺が片付けて来るから、いい子に待ってな」

「政宗殿!!」



幸村の願いも虚しく、政宗は幸村の頭を一撫ですると一人出立してしまった。









幸村は先程の高揚感はどこへやら、大きくなるばかりの不安に己の胸元を掴んだ。

















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