徒恋 5
真田の叫びに聴覚の鋭くなった俺が飛び上がって目を覚ますと、朝餉の準備をしていたのであろう、忍が割烹着を着たままやって来た。
「何でもありさ」なんて言うだけあるな。
布団に寝転がったまま耳と尻尾の毛逆立て、煩いとがなり立てながら真田の口を力ずくで塞ぐ俺を見た瞬間は目ぇ丸めてたが、すぐに溜息を吐いて布団の横に座る。
「…久々だな、忍。相変わらず忍っぽくねぇなアンタ」
「あのー………何で居んの?」
「むがっ!!んんんんむ…!!!」
「俺だってわかんねぇよ。気付いたら、こいつんとこに居……って!テメェ息荒ぇんだよ…!!」
頭をぺしりと叩きながら掌を外してやれば、真田は顔を真っ赤にして俺から目を逸らす。
あぁ、そういやまだ何も着てなかったな。
俺は寝てる間に剥がれかけていた掛け布にくるまり、起き上がる。
真田は俺の格好を確認すると、自分もおずおずと起き上がって俺から少し距離をとったところに正座をする。
真っ赤なまま目を潤ませ肩を縮こまらせるその様子はまるで、叱られたガキみてぇだ。
ったく昨日の卒倒といいさっきの絶叫といい、こいつどんだけ初心なんだ…?
ま、そんなとこもcuteだけどな。
俺はどもりまくる真田をよそに、適当に事情を説明する。
それに続き、天下の現状を訊ねてみた。
すれば、天下は俺ら伊達を倒した勢いで武田のモンになったと知れた。
まぁあのオッサンのことだ、奥州も他も上手く治めてんだろう。
伊達を倒したっつっても、生き残った部下達は奥州で平和に暮らしてるそうだ。
野郎共には俺が死んでも腹切らずに生きろっつっといたからな。約束守ったみてぇで結構じゃねぇか。
「だから、安心して成仏してくれた…と思ってたんだけどねぇ。何かこの世に心残りでもあるの?」
「……心残り、ねぇ……」
成仏云々とは多少違う気もするが、忍の言葉に思い当たる節があるとすればこいつに関してだけだ。
この横で固まってる、白い夜着着てんのに何か紅いの。
俺が横目にそちらをちらりと見ればばちりと目が合った。
しかし、次の瞬間勢いよく目を逸らされる。
そして俺が文句を口にするより先に、真田が口を開く。
「きっと!俺が……俺が、願ったからだ!!」
「Ah…?」
「俺がまた政宗殿と見えたいと強く願ったが故に、政宗殿を現世に連れ戻してしまった……のだと、思う」
「……そうだとしたらさ、あの耳と尻尾は?」
「それも俺が願った…から、……なのか………?」
「ひゅー!!旦那、いい趣味してるねぇ!!」
「………っち!違うぞ破廉恥な!!俺は、普通の政宗殿を望んだだけであって…!!」
「Oh、俺は普通じゃないってか。ハズレで悪かったな!」
「ちちち違うのですそうではなく!!ぬあああぁ政宗殿ぉおおおお…!!!」
軽くからかってやればこちらへ向き直って両手をつき、ぶんぶんと頭を横に振って否定する。
その様子に軽く笑いながら頭を撫でてやった。
すると真田は、益々真っ赤になりながらももっと、と言わんばかりに爛々と目を輝かせる。
ヤベェ、本当可愛いなアンタ。
尻尾の先で手の甲を擽ってやりながら段々息を荒げてきてる気がする真田を撫で続けてやっていると、こほんとわざとらしい咳払いが聞こえた。
ったく、いいところなのによ。
「…で?どうするの?奥州に送ってきますか?」
「………!!!」
「………、…Ah〜……」
忍の一言に、俺に撫でられ心地良さそうにしていた真田の表情が一気に険しくなる。
それはまるで、戦場に在るような。
Oh………嬉しいねぇ。
そんなに俺を帰したくない、ってか?
いいぜ、乗ってやるよ。
中途半端ではあるが、折角人型になれたんだ。
色々してぇし……な?
「……野郎共にこんな情けない姿は見せらんねぇ」
「そうだ!政宗殿は俺の願いでこのような破廉恥なお姿になってしまったのだ!!この責任をとらねば…!!」
「破廉恥ってのは聞き捨てならねぇが、そういうことだ。取り敢えず暫くは世話んなるぜ」
「……はあああぁ…、そう。ま、いいですけどね。ちゃんとお世話してあげるんですよ、旦那」
「無論!!」
「じゃ、俺様朝餉の続き作ってきます。一人前追加しなきゃねー」
「応!政宗殿に美味い飯を頼むぞ、佐助!!」
忍は立ち上がってひらひらと手を振りながら部屋を出て行った。
アイツが居なくなると、部屋に沈黙が流れる。
しかも見詰め合ったまま。
「「……………」」
真田は顔は赤いままに口をぱくぱくとさせている。
チッ……、いくじなしめ。
尾をするりとアイツの手首に絡めてみた。
真田がびくりと肩を揺らす。
それもお構い無しで、俺は真田の側へゆっくりと身を乗り出した。
あれだけ欲したモンが目の前にあるんだ。奥州の心配もなくなった。
アンタから来ないなら、俺からいくぜ?
「……真田」
「ままっ、政宗殿!お顔が少々近うござりますれば………!!」
「………真田」
「…ッ……うぅ……」
尻尾で手首から腕にかけてをやわやわと撫でてやりながら、片手で後退ろうとするアイツの頬に触れる。
人間ってこんな体温高かったか?
真田はぎゅっと目を閉じてふるふると震える。
眼前にあるその唇。
ずっとそれへ触れたいと思っていた。
戦場で雄雄しく俺の名を呼ぶ唇は、どんな感触なんだろうか。
少しずつ、少しずつ唇の間にある距離を埋めていく。
数拍の後真田は薄目を開き、床についた側の俺の手へ意を決したように己の掌を重ねてきた。
そうそう、そうこなきゃな。
やれば出来るじゃねぇか、cherry。
と、思ったその時。
「……ま、さむ「ちょっと旦那ー!!朝から猫の政宗ちゃん見かけないけど、一体どこ……に?」
「「「…………………」」」
「ぬおおおおおおおぉ俺は何たる破廉恥なことをぉおおおおおおおおおっ!!!!?」
「っく……テメッ、忍ぃいいいい!!!!!」
「わああぁこれは失礼しましたーっ!!」
我に返ってごろんごろんと部屋中を転がり回る真田を残し、俺の投げた枕も避けた忍はおどけながら去って行った。
Goddomn………マジ、あとちょっとだったのによ…!!
あのクソ忍、後でぶっ殺してやる。
多少萎えちまったが、もう我慢出来そうになかった。
「さな「うおおおおぉ政宗殿、誠に失礼した…!!某鍛錬で頭を冷やして参ります故、また後程!!!」
…と思ったのも束の間、どたどたという騒がしい音をたてて忍に続いて部屋を後にする真田の背を見送る。
――――――正直、ちいとばかり泣きたくなった。
つづく
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