徒恋
4
「まさ、むね殿……?」
「………」
「政宗殿なのでしょう?」
「Ah〜……バレちまったんなら仕方ねぇ」
丁度月を覆っていた雲が流れ、障子越しに朧気な満月の光が差す。
その中俺はもぞもぞと身体を反転させて真田を見上げる。
すればまた泣く寸前までに歪められた面が在った。
しかし以前と違ったのはそこに歓喜の色が混じっているという事。
「政宗は政宗殿だったのですな……よもや猫に生まれ変わって某のところへ来て下さるとは」
「……Ha?猫って何の事だ?」
「なっ!?お、覚えておられぬのですか!!?」
「知らねぇなァ……気付いたらここに居たんだが。つーかどけよ馬鹿野郎!!」
「ぬおっ!!?これは失礼した!」
怒鳴ってやると真田はあからさまに体温を上げ、慌てて俺の上から退く。
記憶があると言ったら猫の時こいつの腕の中でぬくぬくまどろんだり、頬を舐めた事まで俺が自我を以てしたと認めてしまう事になる。
それが堪らなく恥ずかしくて、咄嗟に知らぬふりを決め込んだ。
していれば真田の掛け布が体へ被せられる。
真っ赤になった顔を背けながら小さく隠して下され、と。
ウブな奴だな…ガキか。
「…Thank
you」
「本当に覚えておられぬのですか?」
「あぁ」
「……そうか…」
耳が溜め息を拾う。
安堵八割、意気消沈二割ってとこか。
そりゃそうだ、自分が殺した男のことでピィピィ泣いてんの見られたり散々だったもんなァ?
……俺はきっと、そういうアンタを見てまた恋しく思う気持ちを思い出させられちまったわけだがよ。
「……!で、では政宗は?政宗ぇええ!」
「…政宗は俺だが?俺が死んだ瞬間堂々呼び捨てか真田、良いご身分だなァ」
「あ、これは政宗殿ではなく…猫の方の」
「そうか…アンタ猫に俺の名前つけてたんだな」
「いや、それは…決して政宗殿を愚弄するつもりではなく!!その………某、は……」
狼狽する真田が面白くて、クッと喉を鳴らして笑う。
しかし不意にこいつの目が真剣さを灯す。
まぁ、真田の気持ちはもうわかっているわけで。
俺もごくりと唾を飲み込み俄かに緊張感を覚える。
言うか?言うのか?
「政宗殿を、おした……っみみみみみ耳ぃいい!!?」
「What?……あぁ、これな………ってオイ?真田…?」
今までへたりと伏せていた三角の耳が緊張でピンと立っていたらしい。
された指摘に己が視線を上へ向けふにふにと耳を触っている内に、真田は正面でひっくり返って気を失っていた。
鼻からは…血らしきものが流れている。
「Hey!!何だよその反応…人を化けもんとでも言いたいのか!?よーし良い度胸だ」
肩を掴んでぐわんぐわんと揺さぶったり容赦ない平手打ちを浴びせてやるも一向に意識の戻る気配のないこいつに、今度はこっちが溜め息を吐く。
そして仕方なく布団へ寝かせてやり、自分も少し距離をとって横になる。
些か青くも赤くもある寝顔を見つめていれば漸く俺にもまともな思考が戻ってくる。
これからどうする。
伊達家は健在なのか。
俺は伊達に戻るのか。
戻ったとしたらまた戦をするのか。
こいつと…また命を賭した勝負をするのか。
いや、戦場でこんな耳と尻尾生やしてちゃ独眼竜の名が泣くぜ…。
そもそも俺は死んだんだからな。
ぐるぐると考えていたら眠くなってしまった。
これも猫の習性の名残か…。
寝ている間に無意識にいつものように真田へ擦り寄っていて、情けない叫び声で起こされるのは数刻後の話だ。
当サでは珍しく割と真っ当な赤真田です。
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