徒恋 3
「…政宗、この団子が欲しいのか?」
「……にゃあ」
「よしよし、喉に詰まらせるのではないぞ」
それから数日経ち、俺はすっかりこいつとの生活に慣れてきた。
猫の中で生活していた時はいつも餌に困っていたがここではのんべんだらりと暮らしていても勝手に餌が出され、悪くはなかった。
その上あの温かい武骨な手に撫でられるのが心底心地よくて。
出来るだけ早く怪我を治してとっとと出て行かないと自分の気持ちに嘘が吐けなくなりそうで内心焦りながらも、少しずつ懐くふりをしてしまう自分が居る。
今では昼は真田が居る時は縁側で揃ってのんびりし、夜は真田の傍らで丸まって眠るのが習慣にまでなっていた。
「に……に゛ゃ…!」
「ど、どうした政宗!!?」
「…っ……ッ………!!!」
「ぬおおおお佐助!!政宗がっ!!」
「…どうしたの……ってちょっと!!何してんの!?」
「団子をやったら急に苦しそうに悶え始めたのだ…!!」
「何しちゃってんですか、こんな仔猫に団子なんて動物虐待ですよ!!?早く出してあげないと…!!」
「………にゃ、にゃあ……」
「大丈夫なようだな?…よかった…!!」
そんな風に若干死にかけたりすることもあったが、それを見てあたふたする真田を観察するのなんかも楽しかった。
しかし、その生活はある夜一変することとなる。
「お休み、政宗」
「にゃ」
そうしていつも通り、寄り添って穏やかに寝付いた夜だった。
一つ違うところを挙げるとすれば、満月だということだけ。
いつもはぐっすり寝られるのだがその夜は深夜に目が覚めてしまった。
人間の時より格段に聴覚の鋭くなった耳が音を拾ったからだ。
これは真田の声か?
俺は暗い中瞼を上げてヤツの方へ顔を向ける。
暗闇の中でも見通せる性質を持つ目を、見開く。
「まさむね……どの…」
その唇は俺の名を紡いで、その眼からはまた涙が流れている。
本当にとんだ泣き虫だ。
どこが鬼なんだよ。
こんなに近くに居る俺の気持ちも知らないで自分ばっか悲しむなんざ…。
ずるいじゃねぇか。
仰向けに眠る真田の胸の上へ起こさぬようにそっと乗り上げて、頬を伝う涙を舐める。
前してやったように。
偶然俺の舌がこいつの唇へ触れた時であった。
突然、体が重くなる。
「………!!?」
真田の頬へ添えていた肉球のついた小さな黒い手は、骨ばった男の手に。
細かった体は、筋肉ばかりの男の体に。
何故か耳と尻尾は猫のそれのまま残っているものの、半分以上人の体になっていた。
前世の、伊達政宗の。
状況を呑み込めない俺が呆然としていると、その重みに真田が身を捩る。
「ん………」
ヤバイ。
いきなり全裸の俺が跨ってるところを見られたら、取り敢えずヤバイ気がする。
真田の上から静かに腰を上げようとしたところで下に在るその体が明確に意識を取り戻したのが気配でわかった。
俺が立ち上がるのと同時に駆け出したところ、すぐに足首を掴まれ床へ引き倒される。
やはり猫の時と同じようにはいかない。
しかし、さっきまで泣いていたのにこの変わりようは何だ。
「待て!何奴だ!?」
「…ってぇ……離せ!!」
「………………は……?その、声は…?」
「…………Shit」
うつ伏せに倒れた俺の上へ跨った真田が息を飲んだのが聞こえた。
「政宗殿………?」
戦場のそれとは違う、低い声で名を呼ばれて俺の耳と尾を覆う毛はぞわりと逆立った。
つづく
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