ミイラ行進曲
「晋さんッ!!!」
意識を失う寸前聞こえた悲痛な叫び。
それから、小さな掌が自分を包み込むのを感じた。
きっと必死に走ってきたのだろう。
しゃくり上げる涙声が幾分早い。
アア、悪かったな。
お前の泣き顔は好きなんだが、こんな辛そうに泣かせたくはなかったのに。
***
「高杉は?」
「まだ眠ったままだ」
「傷は?」
「もう心配いらんじゃろ。…ただ、視力の方はなぁ」
心配なのか若い侍が入れ替わり立ち替わり閉じられた襖の前に立つ。
別に立ち入り禁止にしてるわけではないのだが、部屋の中へは一歩も入らず
出てきた自分に具合を聞いてくる。
「生きてるのか?」
そして今日もまた黒い獣の傷を見を終え、襖を引けば目の前には白い獣。
「…自分の目で確かめたらどうじゃ?」
さっきから小太郎といい辰馬といい…心配だった己で確認せい。
と、松本はため息をついて後ろのを指差した。
しかしその若者もやはり部屋の中へは入ろうとせず外へと視線をそらす。
先日、重傷を負った高杉を担いで帰ってきたのはこの銀時と言う青年だった。
後の二人は片手が塞がった銀時を庇いながらして並走してきたのだろう。
三人とも何時にないほど疲労して満身創痍だった。
高杉ほどの男が、理由もなくあれほどの傷を負うなど考えられない。何か
あったと思うのが当然なのだが、唯一真相を知っていると思われるこの三人が
口を閉ざしてしまっていて、わからないままだ。
しかも、それを聞き出せそうなただ一人の鍵は…
「…は?」
「ずっと付いておる」
怪我人に掛っきりで松本も他の侍たちもお手上げ状態の日々が続いている。
「そうか…」
呟くように言葉を漏らすと、やはり彼も部屋へは寄らず歩き出した。
「見てかんのか?」
「…ああ」
いつもより幾分寂し気な背中を見ながら付き歩いてるうち、ようやく松本は
三人が心配なのは高杉だけでなくの事もそうなのだと気づく。
「大丈夫じゃ。ちゃんと休みも取らせとるわい」
「…べつに、心配してるわけじゃねえよ」
「そうか、そうか」
戦場では仲間でも恐れをなすという男からは、今は少しもその迫力を感じる
ことはない。
それどころか、あの娘が此処に来てからは、何もかもを諦めてしまっていた
その瞳に人間らしさすら浮かぶようになった。
どうやら凍てついた鬼の心には火を灯したようだ。
「まあ、熱で震えが止まらんので、眠るのは一緒の布団…」
おもしろがった松本が冗談を言い終えぬうち、前を歩いていたその男は勢い
良く U ターンをかまし猛スピードで引き返していく。
それから、何処で聞いていたのか幾分前に戻った筈の二人も後を追って行く
のもついでに目に入った。
「ほっほっほ…。若いのぉ」
その姿を振り返り見ながら、老医師は優しく目元を緩ませる。
***
絞った手拭いからピチャリと水滴が落ちた。
高杉はまだ目を醒まさない。
はその額に冷たい手拭いを当てながら苦しそうな寝顔を覗き込んだ。
「辛いのは、自業自得よ…?」
どうせまた、無茶をしたにきまっているのだから、少しは苦しめばいい。
…と、思いながらも痛みを代わってやりたいと思う。
楽しいだけの集まりではない事は重々承知しているが、銀時 高杉 桂 坂本
の四人とは本当に一生付き合っていきたいと思うほど心を許せる存在になって
しまったのだ。
酷い怪我を負ってそれでもこうして生きて帰ってきてくれた。
それだけで、どれだけ嬉しかったことか。
もしも、この胸が鼓動を止めてしまったらと思うと…。
「ー!!!!!」
「早まるなっ!」
「あんなのと一緒に寝たら妊娠すんぞっ」
うっかりこちらの鼓動が止まりそうになるほど突然、部屋に駆け込んできた
人々。
「…っな、なんなのっ!?みんなして…」
あまりの迫力に思わず後ずさりながらも、高杉を庇う体勢を崩さないに、
男たちはよりいっそう焦りを露にその細い腕を掴んだ。
「だーかーらっ!危険だっつてんだろうが」
「!お前の好きなアイスをやろう。だから、な?」
「ほれ!アレだ!根をつめるのは身体に良くないっちゅーけん!」
軽々と持ち上げられ強制連行されそうになったは慌てて手近にあった柱
に捕まる。
「やー!!!」
ちょうど空中に浮いたような格好になった情けない姿のまま、抵抗を続けて
いると何かが飛んできて銀時の頭に命中した。
「って!?」
よくよく見れば足下に落ちたのは固結びされた手ぬぐい。
「ッ、晋さん!起きたの?」
「ウルセエ馬鹿共が!」
半泣きのの声に殺気のこもった声が重なった。
***
「……ぐす」
目の前で大きな瞳からぼろぼろと涙の粒がこぼれ落ちる。
これをどう耐えろというのだ。
高杉は心底困り果てながら思わず言ってしまう。
「……泣くな」
騒がしさに目を醒ませば、この女を含めた四人が曲芸の真っ最中だった。
なんとか三馬鹿を引き離して追い出したは良いが、何故かが泣き出して
しまい今に至る。
「っく…だ、って…」
ひくっと辛そうにしゃくり上げて目元を拭う手を捕まえ、代わりに涙を己の
指で受けた。
「もう痛かねェよ」
暖かい頬とその綺麗な涙に痛みが薄れる気がする。
「…包帯巻き直す」
「ああ」
真っ直ぐに見つめてくるに高杉は口元を微かに緩ませて頷いた。
…なのになんでこんなに息苦しいんだ。いやいやそんなわけない気のせいだ。
赤くなった二つの瞳に見つめられながら包帯を巻かれていた高杉はだんだん
と不安を募らせていく自分を必死に励ましている真っ最中だった。
確か自分が傷を負ったのは顔の左側だった筈だが、どうも巻かれていく面積
が徐々に増えている気がする。
「「……」」
そうするうち、出来上がったようなのだが言葉が出てこないまま、二人して
顔を見合わせた。
「どうじゃ、。出来…!?」
「「「…ッブハー!!!!」」」
しかも其処へタイミング良く(悪く?)松本と先ほど追い出した三馬鹿が、
様子を見に入ってきた。
二人の…と言うか高杉の姿を見た四人はその惨劇を目の当たりにして案の定
固まり、そのうち松本は固まったまま。残りの三人は派手に吹き出す。
ちょっと、…いやかなり独創的な仕上がりの高杉の姿を見て。
「うっせー!!!入ってくんじゃねえ!!」
もちろんこうなる事など予想通りだった高杉は、笑い声以上の音量で罵声を
浴びせている。
「…ごめんなさい」
「「「 !!! 」」」
親の固きの如く笑っていた男共だったがの小さな声が聞こえるとピタリ
と笑いが止まった。
「や、…でも、よ 良く見たらナカナカなんじゃね?」
「そ、そうだなッ!上手いもんじゃないかっ!」
「そうじゃそうじゃたいしたもんじゃ!」
「あ、アアそうだな、ちょうど良い感じだぜ?」
本来一番気を使われなければならない側の怪我人までもが揃って、いじけて
しまった姫君のご機嫌取りに勤しむ。
「そんなん言ってくれなくてもいい…」
しかし相当拗ねてしまっているは俯いて首を振った。
四人の背筋に嫌な汗が伝った。
戯れ合って騒ぎ合うのは日常茶飯事だが、大切なを悲しませるのは本望
ではない。
しかもそれで嫌われたりしたら悔やんでも悔やみきれないではないか。
そうするうち、さすがは普段人をまとめている事が多い小太郎が口を開いた。
「だが、合格点にはもうちょっとだな」
ヅラァ!!!!?
残りの三人の声無き声が悲痛なまでにハモった。
「合格は松本先生の仕上がりだ」
「…」
悲し気だが、それでも顔を上げたの頭をそっと撫でてやりながら、桂は
続ける。
「は元々苦手だったんだからたいした成長だぞ?」
コクリ頷いたが小さくはにかむのを見て四人はほっと胸を撫で下ろした。
***
「…つーか、いつまでこの重装備なんだ? 俺は」
なんとか事態が収束してと男たちが連れだって部屋から出て行った後、
高杉は思わず声に出して言ってみた。
どんなに現実から目を逸らそうとも、この暑苦しさとムレは無視出来ない。
考えたくもないがうっすら己の今の姿を想像すると頭痛がするのだ。
しかし、見上げた老医師はよくよく見れば半笑いだった。
静かだったので気づかなかったが、ずっと笑い続けていたようだ。
「 プ 」
必死に我慢していたのだが耐えきれずとうとう吹き出してしまう。
「………」
その途端、殺気が放たれた。
「ゴホッ、…いやスマン」
そうはいってもその姿はどうにも慣れるまでは刺激が強すぎる気がする。
何故って、彼の顔の大半があるモノによって隠されているからである。
「あの娘のご機嫌次第じゃな」
それまで諦めて練習台になってろ。
そういって顔面を包帯でぐるぐる巻きにされた、…まるで、ミイラのような
男を見やれば、盛大な舌打ちが聞こえた。
しかし、なんだかんだ文句を言いつつも、包帯を外そうとすらしない高杉は
満更でも無いのかもしれない。
「…ああ、彼処にも居たわい」
笑いを噛み殺し松本は外を指差してやる。
「アア?」
「練習台がのぉ」
二人の視線の先には、同じように顔を包帯でぐるぐる巻きにされた男が3人。
どうやら自ら練習台に立候補したらしい。
「いつかはきちんと巻いて貰えるじゃろ…」
「…………そんな日くるのか?」
思わずミイラから溢れた呟きは、幸運にも松本一人にしか聞こえなかった。
暫くして、敵陣に四体のミイラが突如現れ、天人を呪いで全滅させたという
噂話が真しやかに侍たちの間で語られる事となる。
しかし真実を知る者達は皆一同に口を閉ざしてしまって、真相は闇の中へと
葬られていった。
それが後に有名な怪談の一つになる事をこの時、誰も知る由はなかったが。
2007.08.18 ECLIPSE