女々しい野郎どものうた。
それは、二度と見たくない光景。
思い出す度、ここ(戦場)に縛り付けられる。
「ッ!!」
がばりと身体を起こした銀時が慌てたように辺りを見回すと、少し離れた所で
見張り番をしている桂と目が合った。
ばつが悪そうにそっぽを向いてみたが、ばっちり見られてしまっていたのには
変わらない。
「まだ時間はある。寝てろ」
その上、気まで使われてしまっては、ますます居心地が悪い事この上ない。
「……」
黙り込む銀時をどう思ったのか、桂は小さく笑うと傍らに置いてあった水筒を
差し出した。
そうされると急に喉の渇きを感じる。のそりと四つん這いのまま這って近づき
銀時はそれを受け取った。
ゴクリゴクリと喉を鳴らして水を飲み、ようやく一息つくと、それまで黙って
いた桂が口を開いた。
「珍しいこともあるものだ」
「…ルセェ」
確かに、自分でもそう思う。
しかも、嫌な夢で魘されて、それを見つかった揚げ句、気遣いを受けてしまう
など情けないことこの上ない。
「銀時」
「アア?」
「不安か?」
今更何を?
とは、口に出せなかった。
「…別に」
だって、もう何も望まない。
どうひっくり返ってもあの人は、あの穏やかな時間は、戻って来ない。
せめてこの友と呼ぶには少々癪な腐れ縁の奴らが早々に彼の人の後を追わない
ように、ただ此処に在るだけだ。
「生きてりゃこんな夜もあんだろ…」
「…そうだな」
そんな銀時を見て、桂は小さく微笑んだ。
何を思ったかはわからないが、きっと胸の中にはそう違わないモノが渦巻いて
いる筈だ。
「まあ、たっぷり食い物盗ってきてやっからよ」
朝になれば銀時は数人を伴って桂と別ルートで敵地に近づく予定だ。
そもそも、銀時たちが陣地の隠れ家からかなり離れた敵地の近くで野営をして
いるのはこの先の敵の領地で食料を強奪する為で。
そんなに大きくない陣営ではあったが、食料庫を擁した其処は銀時たち侍には
厄介な基地の一つで、潰すついでに食料をそっくりそのままもらってしまうと
いう作戦なのだが、浮かない顔で桂がため息をついた。
「盗みというのはなるべくならやりたくはないのだがな…」
潰すついでに盗みまで行うのは侍の誇りにほんの少し咎める所があるのだろう
乗り気ではなかったが、そもそもそれにはもう一つ重要な意味があったので、
仲間の誰も非を唱える者はいないのだ。
「しかたねーだろ? そうでもしねーとあの村が疑われちまう」
「…そうだな」
陣地の近くの村から秘密裏に食料や武器などを調達しているのだか、ここの所
天人だけでなく幕府までもが侍たちに敵意を向けるようになってきた。
食料や武器が勝手に沸き上がってくるわけはないので、きっと近くの村はいの
一番に疑われるだろう。
そこで盗人のように食料や武器を敵から強奪して、村から疑いの目を逸らすと
いうのがこの作戦の真意だった。
「そういえば、村長がえらく気に入ったと言っていたぞ」
先日、銀時がを村に連れて行って紹介した後のことだ。
皺だらけの顔を更にしわくちゃにして笑いながら、妻も楽しみにしているから
また遊びに来させろと言っていたのを思い出し桂は小さく笑った。
と言う娘は、人の心を温め笑顔にさせる不思議な力を持っているようで、
初めは皆扱いに困っていた筈が、今では彼処になくてはならない存在になって
いる。
「そうかい」
その効果が最も顕著に現れているのが今、桂の目の前で珍しく声を漏らして
笑っているこの男だった。
こんな顔で笑うのを見たことがない。
その穏やかな笑みに己で気づいてないのだろうか?
「あっちは大丈夫かねえ?」
「心配あるまい。高杉と彼奴の鬼兵隊が残っているからな」
「そーだな」
盗賊まがいのせせこましい食料調達より、陣地に残って最近頻繁にやってくる
宇宙船を墜落させる方を選んだ高杉の楽し気な目が二人の脳裏に浮かぶ。
思わず苦笑が漏れた。
「ったく、カッコつけやがってよお」
カッコつけというより、より暴れられる方を選んだだけなのだろうが、銀時は
顔をしかめたまま、ぶつぶつと呟いている。
「ひとりで目立とうってのが気に食わねェ…」
しかし、そのしかめっ面がそれだけではないのは傍目にも明らかで。
「…気になるか」
「気になる?…何を?」
きょとんとした顔で桂へと顔を向ける銀時は、しらばっくれるつもりというより、
本当に分かっていないようだった。
「彼女が…の事が気がかりなのだろう?」
くすりと笑う桂にの名前を出されて目の前の男は暫し固まった。
「そんなんじゃねーよ」
「無意識か」
ようやく返ってきたその声にまた笑うと珍しく言い返して来ない。
「…ああ、それでか」
「ん?」
「ムイシキってのは怖えーな」
どうやら己のことを言っているようだが、他人事のように笑った銀時に、桂は
首を傾げた。
「銀時?」
「いつもってわけじゃねえんだ。…けど、こんな時アイツの顔を思い出すと、
ふっと気持ちが和らぐ」
「……」
良かった。と、その時 桂はわけもなく思った。
あの悲劇の日に壊れてしまった自分たち。 その中で、もっとも傷ついた筈の
この男の心が、ほんの少しだが癒されていることが分かったから。
***
月が眩しい夜だった。
は空を見上げそっと目を閉じる。
此処数日、銀時たちが此処を離れて戻って来ない。
戦いの事には関わっていないので何処に行ったのか、何をしているのかさえも
わからない。
ただ、きっと戦場に身を置いていることだけは確かで、その無事を祈らずには
いられなかった。
それに…
「こんな夜更けに何している」
かけられた声に思考を止めて振り返れば、高杉晋助が立っていた。
こちらの方も初めに助けてもらってから、その後殆ど話す事はなかったのだが
月明かりに照らされこちらに近づいてくるこの男からは、普段の近寄りがたい
雰囲気はいくらか薄らいるようで、はニコリと笑ってみた。
「お帰りなさい。ご無事でなりよりです」
この男も今日は帰りが遅かった上、共に出陣した隊の怪我人も多かった。
心配でならないのはこの目の前の男も同じで、聞けば宇宙船を一隻墜落させて
きたらしい。
無茶ばかりする彼らにの心労は絶えない。
「……」
「高杉…さん?」
「や、なんでもねえ」
黙りこくる高杉に首を傾げればほんの僅か戸惑ったように慌てて顔を逸らす。
「あの…」
「ああ…。 それで?お前はここで何してんだ?」
夜こうして一人でいた為に心配されてしまったのだと思ったは申し訳なく
思いながら言葉を探す。
「早く…無事に帰って来れるようにって」
「…あいつらか」
納得したのか、そう言った顔が何時もの不機嫌な物に戻ってしまった。
「それから、高杉さんも」
「俺?」
「鬼兵隊の皆さんはここ数日無茶ばかりだから」
抗議の意を込めて睨んでみたのだが、効いているのかいないのか男は固まって
動かない。
「俺もか」
「もちろんです!銀時も桂さんも坂本さんも!!みんな無茶ばっかり」
「くくく。 …そりゃ悪かったな」
言い募れば、目の前の男は力が抜けたように笑い出した。
「もう!笑わないでくださいよう」
「くくっ」
悪い悪いと言いながらも笑いを止められないらしい高杉は、そっと腕を上げて
低い位置にあるの頭を撫でる。
「もー!高杉さん!!」
「…晋助でいい」
「え…?」
「アイツが「銀時」と、そう呼ばせてんだろ? なら俺も晋助で良い」
そう言って自分を見つめる顔は何故かほんの少し怒っているようにも見える。
どうしてそんな顔をしているのかはには分からない。
それでも自分より大人びた印象の高杉を簡単に呼び捨てするのは戸惑われて、
暫く考え込んだ。
「し…晋…さん?」
これならまだ呼びやすい。…気がする。
伺うように見れば高杉が満足げに笑った。
「…上等だ。 」
***
その二人の姿を、通りがかった坂本が見つけた。
「あのという娘はほんに珍しーおなごじゃー」
高杉にあんなに穏やかな表情をさせる者など、他にいないだろう。
笑いながら、厠へと足を急がせる。
***
「…一体何があったんじゃ?」
厠で用をたした坂本が再び二人がいる場所を通ると、いつの間にやら酒の準備
がされていた。
何故、あの雰囲気から一転して酒盛りに傾れ込むのかは、突飛な考えで周りを
困惑に陥らせるのが得意な坂本にもさっそう考えが及ばない。
「良く言った! オラ!きょうだいの杯かわすぞ!」
「ウッス!」
しかも、話しが見えない。
どうしてさっきのアレから兄弟の杯を交わすことになるのか?
ぐいーっとお猪口の中身を飲み干し、微笑み合う二人。
坂本にはもう、何処からどう見ても仲の良い兄妹にしか見えなかった。
***
満身創痍。
疲労困憊。
そんな四文字熟語を背負って銀時と桂が仲間と共に帰ってきた。
「…何があった?」
そう言う銀時の気持ちは分からないでもない。
「晋さーん。これ見て見て!すごいの!」
とたとたと走って来たが嬉しそうに笑いながら高杉に手の中の物を見せる。
「アアン? …ああ、そうだな」
微かに笑いながら、己にまとわりつく小動物をそのままにさせているその光景は、
とてつもなく珍しい。
優しく笑い小さな頭を撫でるその姿を見た桂が「槍が降るな…」と呟いた。
「…ッ、晋さんだあ!?」
苛ついた銀時が ぎりぎり と歯ぎしりするが、皆 諦めたように首を振るばかり。
「辰馬ッ!!」
「あー…。 説明すると長いんじゃがのー」
呼ばれた坂本は苦笑にながら珍しく言いよどんだ。
「簡潔に言え!」
「無理じゃ」
「アア? どういう事だ!?」
「アレはたまに抜けとーけん。わしゃ知らん」
空を仰ぐ坂本に食って掛かろうとした銀時をの尖った声が遮る。
「銀時、辰っちゃんを苛めないで!」
「辰っちゃん!?」
「…まあいろいろあってなー」
「なんでそーなんだ!!」
頭をかきむしり絶叫する銀時。
「餌付けの賜物だ」
「…ハア?」
の細い肩を包みこむように引き寄せた男が、人の顔で笑った。
2008.05.20 ECLIPSE