かぞえうた



 出陣の支度を終えて人から鬼へと銀時の纏う気配が変わりかけた時、不意に
名を呼ばれた。

ひとつ。

 「銀時ッ」
 駆け寄ってくる小柄な娘。
 何かあったのだろうか、酷く深刻そうな顔のまま自分を見上げてくる。
 「、どうした?」
 「…今日も、…遅いの?」
 慌てて殺気を引っ込め、その顔を覗き込むとは小さな声でそう言った。
 「…」
 その問いには、答えられない。
 そもそも、帰って来れる約束すら出来ないというのに。
 「此処んとこずっと遅い日が続いてる…」
 絞り出すように言いながらの瞳が潤んで来たのを見て、なんとか彼女の
納得する答えを出そうと普段ろくすっぽ使わない頭をフル回転して言葉を探す。
 「…今日は、満月だからな」
 「満月だから?」
 しかし、それ以上の言葉は出て来ず、素知らぬ顔で脇を通り過ぎようとした
薄情な友の腕を思わず掴んだ。

ふたつ。

 「ッ!?」
 うっかり捕まってしまった男は渋々と言った様子で、ほんの少し考えてから
口を開いた。
 「…いくら闇に紛れても、見つかりやすくなる」
 「だから?」
 「余計な体力は使っても意味がねえ」
 そう言って腕を掴まれた男ー高杉は、諦めたようにを振り返った。
 と、同時に自分の半歩前を行く友の袖を捕まえる。

みっつ。

 「攻めてばかりが戦ではない」
 捕まえられた袖をそのままに、桂は目を伏せ言葉を探す。
 「…」
 そうは言っても、一度戦いに出ればある程度かたが着くまでは帰れない。
 中途半端に敵の余力を残してしまっては、逆にこちらに攻め込まれてしまう
だろう。
 万が一にも、この場所を危険に曝すことは出来ない。
 「日が沈んだら、撤収する事にしよう」
 だが、不安に揺れたままの瞳を覗き込みながら桂はそう言った。

よっつ。

 「本当に!?」
 勢い良く顔を上げたを見て男たちは思わず苦笑を漏らす。
 それは困っているわけではなくて、いや、困ってはいるのだが、それ以上に
必死になって自分たちを心配してくれる彼女が、愛しくてたまらないと言った
ところだった。
 しかし、それを言葉に出来ない3人に代わって、
 「たまには、と晩飯食ったってバチは当たらんじゃろ!」
 反対側を歩いていた坂本がその頭をそっと撫でた。

 その言葉を聞いたはやっと少し安心したように微笑む。

 「ご飯 栄養のあるものを用意して待ってるから!」



***



 「のやつ、今日は珍しく諦めが悪かったなァ」
 無駄口を叩きながらも、銀時の振るう刀は寸分の狂いなく敵の急所を突いて
いた。
 「まあ、気持ちもわからんでもないがな」
 普通に会話をしている場合ではない筈なのに話しかけられると無視出来ない
生真面目な性分の所為なのか桂がそう返す。
 「…なんでよ?」
 「わからんのか?」
 その言葉を理解出来ない銀時が思わずそちらを向けば、すっと、男にしては
綺麗な指が自分を指していた。
 「アン?」
 「酷い顔をしているぞ、銀時」

 たしかに、ここの処休みを殆ど取らないまま戦い続けている。
 気にもとめなかったが、さぞかし迫力のある人相になっていることだろう。
 しかし、そんな顔を見ても怯えるどころか反対に心配して早く帰ってこいと
詰め寄ってくるの温かさがあるから、限界を超えても立ち上がれる。
 …彼女にとっては迷惑なことかもしれないが。

 「…男前が上がっちゃってる?」
 思わず頬が緩んだのを誤魔化す為に軽口をたたけばあっけなく打ち返された。
 「ああ、そうだな夜の井の頭公園を歩いたなら完璧に職質されるな」
 「オイイッ! どんな男前だよっソレ!!?」
 「そういうヅラもキューティクルがかなり落ちてるぜ」
 「マジでか?」
 「変え時だな」
 「お前らヅラじゃないと何度言ったらわかるんだ!!!」





 たとえ、どんなにギリギリの精神状態でも、こうして軽口をたたける仲間が
いて、日が暮れれば愛しい人が待つ帰る場所がある。
 それが彼らの救いであり拠り所だった。



***



いつつ。

 昼間彼らに約束してもらったことがあまりに嬉しかった為か、思わず可憐な
唇から小さな歌声が漏れた。

 本当は戦いのことに首を突っ込むのは良くないとわかっている。
 けれど、ここ最近は戦いの頻度がいつになく激しくて、銀時たちが憔悴して
いくのを何も出来ず見ているだけなのが辛かった。
 少しでも休息を取って欲しい。
 その一心で口を挟んでしまったけれど、一晩でもゆっくり休めれば、少しは
疲れも癒せるだろう。

 「楽しそうじゃのう」
 歌声を聞きつけたのか松本が診察室に顔をのぞかせた。
 「今日は満月だから日が暮れたら帰るって!」
 嬉しそうなの姿を見て頬を緩ませた老医師は、手頃な椅子に腰掛けると
残りの仕事を確認する。
 「そうか、ならここはもう良いから、晩飯の手伝いでもしてくると良い」
 「ハイ! 先生ありがとうございます!」
 ありがたい言葉に甘えさせてもらいは勢い良くぺこりと頭を下げると、
夕食の準備の手伝いをするため台所へと小走りで向かった。

 戦いをやめて欲しいなどとは、口が裂けても言えない。
 彼らは彼らなりの信念を持って此処に居る。
 けれどその命の炎が消えてしまうのが、何より怖い。
 ただ祈り待つことしか出来ないけれど、

 「それでも、信じてるから…」

 きみが、少しでも早く…なにより無事に帰ってくるのを。



***



 日が傾いて、残った敵も少なくなってきた。
 今日一日でどれだけ斬ったのかなどわからない。
 たとえ敵だとしても幾千もの命を奪う自分らに、この先救いがあるなどとも
思わない。
 けれど、この命、代わりにくれてやるわけにはいかない理由が在る。
 あの娘が笑顔で待ってるあの場所になんとしても帰らないといけないのだ。

 「ッ、銀時…時間だ。引くぞ」
 少し離れたところで自分を呼ぶ声に気を取られることなく、目の前の標的に、
切り掛かった。
 「ぐあああああっ!」
 深々と刺さった刃が流れ出す血を吸って紅く染まる。
 「……」

 何度見ても、気持ちの良いものではない。

 「銀時ッ!」
 再度名を呼ばれ、返事をして見回せば辺りには屍の山。
 「…アア」
 銀時が刀を抜き去ると、其れも同じように力無くごろりと足下に転がった。
 これなら自分たちの後を追って来ることなど出来るまい。

あといくつ。

 命を奪って、獣と化して、狂気に身を委ねて。

 それでも、彼女の元へ…、

 いつでも思い浮かべるのは可憐に微笑むの姿。
 光が溢れる場所が似合う彼女の隣に、何時までもいられるなどと思っている
わけではない。
 けれど、もう暫くだけ。

 「わりーな。俺らもう帰らないといけないのよ」

 ただの肉の塊と化したその物体にそう声をかけ、獣は元来た道を引き返す。



 …必ず帰る。







2008.01.19 ECLIPSE






アトガキ

はいどうも。
そうはいっても比較的余裕のある日常の一コマでした。
これがもっと切羽詰まった戦いになってくると、こうはいかないでしょうから、
まだ良い方なのだと思います。
狂気と正気の間を行ったり来たりしながらもそれをもうどうとも思えなくなって
きている銀ちゃんを上手く書けず無念です。
文中あまりよろしくない表現があったりして、苦手な方がいらしたら申し訳ない
です。この場をもってお詫び申し上げます。