こもりうた



一向に状況は良くならない。
それどころか悪化の一歩を辿るばかりで、侍たちは日に日に追い詰められて
いくばかりだった。
此処三日野営が続いているし、の居る隠れ処にも一ヶ月帰れないでいる。

あの娘は今何をしているのだろう。
…きっと自分たちの無事を祈って同じ空を見上げているに違いない。
それは容易に想像が付く事だった。

「…
こんな血なまぐさい戦場を選んでしまった運の悪い一輪の華を想い、銀時は
小さく彼女の名を呟いた。

アレは此処に居てはいけない人間だ。
幸せに生きて。毎日笑っていれば良い。
戦いなどない世界で。
それなのに、自分たちの存在が彼女をこの戦場に縛り付ける。
彼女が本来生きるべき場所に一刻も早く戻さねばならない…のに、どこにも
やりたくないと、心の奥底でもう一人の自分が叫ぶ。
彼女が隣にいてくれたら「人」らしい生き方が出来るのではないだろうか?
あり得ない事なのに、望んでしまいそうな自分がいる。
これ以上は、きっと危険だ。



***



「銀時」
呼ばれて顔を上げると、桂が立っていた。
「んだよ」
「何を考えている」
「…何も」
顔を覗き込んでくる視線を避けて、銀時は身体を反転させる。
「ぼおっとしている場合ではないだろう」
しかし真面目一筋の幼なじみはそう簡単に許してはくれない。
「…」
「分かっているのか?今おのれの置かれてる状況が」
「さあてね」
のらりくらり質問を受け流すのはお手の物だ。
それにきっと相手も答えは期待してない。
「お前はこの陣の要だ」
「…鬼兵隊やお前んとこもあるだろうが」
「それとこれとは話が別だ」

白夜叉が居れば、仲間の志気も上がる。
お前の存在が支えなんだ。

常の桂なら絶対口にしないような言葉に、追い詰められているのは自分だけ
ではないのだと気づく。
「…そんなの幻だ」
「……」
そう言うと、桂は黙ってしまった。
「なあ、もう無理だってホントはわかってんだろ?」
先ほどは反らした視線を合わせて言葉ごと、現実を突きつける。
「負け戦に、一体何人巻き込むつもりだ」
俺たちだけで良いじゃねえか。
と、絞り出すように呟くと、それを遮るように名を呼ばれた。
「…銀時」
「戦う事だけじゃない。痛みも、悲しみも、悔しさも、…虚しさも」
しかし口から溢れ出す言葉は止まらない。
「そんなのは俺たちだけで十分だ…」
「銀時!」
その言葉に思わず声を荒げた桂は、すぐに はっ と我に返り、常の己を取り
戻すかのように一度大きく息を吸って音量を落とした。
「…人が来る」
「じゃあな、ヅラ」
必死で怒りを耐えるような桂の姿をじっと見つめた後、相変わらずの無表情
で銀時はその場を離れた。
「………」
背中に突き刺さるような視線を感じながら。


終わりは、もうそこまで近づいてる。





***





ドタバタと慌ただしい足音と共に数人が松本の元に駆け込んでくる。
日が暮れて、戦いに出ていた侍達が帰ってくる時間だ。
「先生!こっちです!!」
特に今日は人数が半端じゃない。
聞けば、遠征していた部隊が帰って来たとの事だった。
治療の準備を整え重傷者と軽傷者を判断して所定の場所へ運ばせる。
こっちを頼む!」
「ハイ!」
忙しく動きながらも、は今日帰って来た者たちの中に銀時たちが居ない
かどうか探していた。
もう彼らとは一ヶ月は顔を合わせていない。
無事でいるのか、怪我などしていないか、毎日 考えない日はなかった。
その時、桂に肩を支えられながら、銀髪の侍が担ぎ込まれて来た。
「銀時!」
「大丈夫だ…」
そうはいっても腹部から大量の出血をしていて、明らかに重症だった。
「すぐ手術の準備を!」
もう片方の肩を支えながらは松本のもとへと急いだ。



***



「よくまあ、無茶をしおる…」
「るせえ」
久しぶりに顔を合わせた若い侍は、酷く憔悴しているようだった。
普通ならこれだけの傷を負って意識を保っている事すら奇跡だ。
だがこの若者は他とは少し違っていて、人より丈夫と言えば良いのだろうか、
とにかく特殊だった。
その彼が、これほどまでに深手を受けるという事は、それだけ戦場が過酷に
なっているという事を意味する。
「…ジイさん早く縫ってくれや。飛び出しちまう」
赤く染まっていくガーゼをじっと見つめ銀時はそう呟くように言った。
しかし、その顔には表情がない。
痛みも感じていないのか、無表情で滴り落ちる自分の傷口を見つめている。
「心配せんでも、内臓はそんな簡単に出て来たりしやせん」
安心させるように松本がそう言えば銀時は首を横に振った。
「違ェ」

この胸の奥に隠したモノがある。
ちっとも制御が出来なくて膨れ上がる一方、相手にぶつけてしまうわけには
いかなくて…けれど消してしまう事も出来なくて。
自分でも抑えきれないほどに暴れ回る其れは、穴なんて開いたらきっと出て
来てしまうに決まってる。

「…閉じ込めておきたいモンがあるんだ」
「何かあったのか?」
意味深な言葉に眉をひそめた松本は心配げに顔を覗き込んだが、銀時の答え
はなかった。



***



その日の夜。
ようやく治療が一段落付いた夜更け、銀時が心配でならないは寝る前に
一目だけでも姿を見ておこうと、部屋へ向かった。
そっと中をのぞくと、布団の上で身体を起こしている姿が目に入る。
「銀時!」
慌てて駆け寄ったを見上げる銀時は傷からくる熱のせいか、ぼんやりと
しているようだった。
「…か」
「寝てなきゃ駄目だよ」
額に掌を当てると銀時の熱がへと伝わった。
傷は開いていないようだが熱が高い。
身体を倒すように促すが、女の力では銀時の身体はびくともしなかった。
「さっきまで寝てた」
「身体を起こしちゃ駄目って言ってるの!」
「わかってる。ちょっとだけだって…」
「…もう」
「……」
そのまま黙り込んでしまった銀時は、どこかいつもと雰囲気が違っていた。
まるで魂が抜けてしまってるような。
「銀時…?」
不安になって呼ぶの声を銀時の力ない声が遮る。

「…この二つの手だけで護れるモンなんてたかが知れてる」

そう言ってじっと掌を見つめる横顔はどこか悲し気で、見ていて辛かった。
私なんかじゃ、銀時にしてあげられる事は殆どない。
けれど、その悲しみを少しでも和らげることが出来たらと、大きな掌の上に
は自分のそれを置いた。
「じゃあ、私のも使って?」
深く考えずに言った言葉がまずかったのか、驚いたような顔が向けられて、
それからすぐ見開かれていた瞳が細くなり、仕舞には小さな笑い声が漏れる。
「なに?」
笑われるような事をしたのだろうか?
と、が首を傾げると、銀時はとても優しい目でこちらを見ていた。
「良いのか?」
「うん」
当たり前じゃない。と、頷く。
「ったく、オメエはほんとに予想外の事ばかりしやがる」
「そ?」
「まあ、でもありがとうよ」
「いっぱい使っていいから!あと、辰っちゃんや小太郎さんや、晋さんのも
貸してあげるから」
「ああ、そうだな」
なぜそんなに驚かれるのかはわからないが、少しでも楽になってくれるなら
それで良い。
「眠るまで側にいるから、もう横になって」
休んで欲しい一心でが銀時の肩に手をかけて、身体を倒すように促すと、
逆にその手を取られ抱きしめられてしまった。
「銀ッ?」
突然の事に慌てて声を上げるが、腕の力は少しも緩まない。
「…なれるかねェ」
「え? なん、に?」
嫌な予感には小さく震え、抵抗をやめ思わずその胸にしがみついた。
それをどう思ったのか、銀時の腕の力が微かに強くなる。

「鬼に」

言葉にできない恐怖が ざわり と胸に広がった。
けれど答えなければいけないような気がして、必死で震える声を絞り出す。
「……それが、銀時にとって必要なことなら」

きっと、銀時は鬼になる。
護るもののためなら。

それを止める権利は、誰にもない。








2010.02.07 ECLIPSE






アトガキ




はいどうも、お待たせしました。
うたシリーズです。
早く終わらせたいのに、なかなか進まない。
原作でも過去はほとんど書かれないので、捏造に捏造を
重ねないといけないのが、痛いところです。
しかもこれちっともあまあまじゃねえ…(泣)