ある秘かな恋
「いやーしかし、まっことえらい目にあったのおー。 じゃがまあこうして
みんな無事で良かった! あっはっはっはー…ふご!」
「死ネ。腐れ社長」
呑気にそう宣った坂本に、容赦ない陸奥の鉄拳が決まった。
それを見たは慌てて彼女を止めに入る。
あの墜落事件から二日後、無事(?)に坂本はの務める松本医院に収容
され治療を受けていた。
そして、事後処理をという名の坂本の後始末を終えた陸奥と、仕事が入って
いて顔を出せない銀時の代わりに新八と神楽が二人で見舞いに来ていたのだが、
一人少ない程度では騒がしさは変わらず、しかも陸奥の機嫌の悪さも手伝って
は病室を離れられないでいる。
「陸奥!待って、一応怪我人なんだからっ」
「ッ、じゃがなっ…」
ここまで彼女が怒るのには理由がある。
仕事をさぼって逃亡したのはまだ(許してはいないが)ましとしても大事な
の家に宇宙船ごと突っ込んだのは救い様がない。
「大丈夫だから。ね?私は大丈夫だし…、まあ他の人には申し訳ないと思う
けど…」
それをわかっているのでの方も困ったようにしながらも強くは言えない
ようだ。
「でも本当、気をつけてくださいよ!アンタ何回目なんですか、まったく」
その後ろで新八がため息をついた。
「そーアルよ。一体何人に突っ込んだか?」
「や、神楽ちゃんそれはなんか言葉的に合ってるけど…ちょっと」
「おー最近はご無沙汰じゃけ…ぐはっ」
「辰っちゃん。それは教育的指導入ります」
陸奥の拳と同時にのビンタが決まった。
「…それはそうと。コイツらを知っとるのか?」
倒れ込む坂本を他所に陸奥は新八と神楽を指差す。
「…うん。あ、あのね。…えっと…」
以前坂本の所為で銀時たちと面識があった陸奥はしどろもどろになる彼女に
首を傾げる。
そこに、同じように首を傾げた神楽が口を開いた。
「は銀ちゃんとアッチッチになったアルよ?」
「ッ、か 神楽ちゃん!?」
慌てふためくにアガッと口を開ける新八。
「そう言えって銀ちゃんに言われたヨ」
「…一体いくつだよ。あの人」
新八が溜息とともに吐き出した一言に一同が静かに頷く。
「つーか、さんこそ快援隊の方々とお知り合いで?」
「うん。辰っちゃんのとこにもお世話になってたことがあるの」
その言葉から、おそらくは桂や高杉の所にも居た事があるのだろうと、
推測されるが、今は明らかにしない方が良いだろうと、新八は小さく合図値を
打つに止めた。
「救護室で働いてもらっとったんじゃ」
「へえ」
「に会いたい一心で乗組員の仮病と些細な怪我が急増してなー」
「ちょ、そんな事ないよ!?」
「いいや、あるぞ?その所為でわしゃあゆっくり居眠りも出来んかった!」
「…船長自らコレじゃけん」
「ああ。なるほど」
「それに、こう見えてはこのバカとレベルが一緒の時が何気にあってな」
「ええっ!?」
「陸奥ヒドい…」
むうっと頬を膨らましてむくれるに陸奥がくすりと笑う。
「ホントの事じゃろ?悪戯する時なんぞ、二人して先頭を切ってやっとった
じゃろうが」
「食堂の蛇口を一つ水じゃのうてポンジュースが出てくるようにしたな」
「あーあったねえ」
ケラケラと笑う坂本とに陸奥はほらな?と、新八に同意を求める。
それに小さく笑って返した少年は、ふと時計に目をやって面会時間の終了が
近づいてきた事を確認すると帰り支度を始めた。
「もうそろそろお暇しますね、坂本さん。……と、さん。銀さんが仕事
終わった頃に迎えにいくって言ってましたよ」
「…うん」
ついでのように話を振ってしまった新八はこっそり言ってあげれば良かった
だろうかと、少し不安になるが、嬉しそうに微笑みながら頷いた彼女を見て、
余計な心配だったと改める。
ゾロゾロと騒がしい一団が帰っていってようやく静まり返った病室で、坂本
が不意に核心を突いて来た。
「どうやら、上手く納まったようじゃのお」
「えっと、うん。…おかげさまで…?」
その途端に照れてまごつくに笑いながら言ってやる。
「恥ずかしがる事はなかろーに。あんなに泣いとったじゃな…」
「辰っちゃん!」
「…内緒じゃったな」
それは、彼女の傷の深さに気づいてしまったときの事。
ひとしきり泣いた後、誰にも言わないで欲しいとお願いされた。
「辰っちゃんが居てくれたから、私は元気でいられたのよ?」
…ありがとう。
そう微笑まれると、これ以上ない幸福を感じる。
「そーか?」
「うん…でもね、」
不安げな表情になり目の前の瞳に影が落ちた。
「内緒だからね」
「…わかっちょる」
困ったように笑ったがじっと大きな二つの瞳でこちらを見上げてくる。
それに優しく微笑んで返事をすれば、安心したのか、いつもの笑顔に戻って、
ひらひらと手を振って部屋を出て行った。
「じゃあね、辰っちゃん。お大事に」
「オオ」
弱い自分を隠そうとする負けん気の強い所は女に必要ない。などというのは
間違いだと心底思う。
気丈に振る舞うその姿が、なにより可愛い。
けれど、ふとした時に己に寄りかかって流す涙もまた格別なもので。
そこまで考えてから、彼女だからこそ、どんな姿でも愛しく思ってしまうの
だと再確認させられる。
「二人だけの秘密ってのもまたオツじゃのー」
ようやく本当の笑顔を見れた嬉しさを、誰かに打ち明ける事を諦めた坂本は
ごろりと寝転がって、その日の事を思い出す。
桂から連絡を受けてを船に迎えた時には、ちっとも気づかなかった。
坂本があの戦場を離れた時と少しも変わらない笑顔。そして鈴が鳴るような
可憐な声。
実際あの日まで誰にも気づかせず、彼女は巧妙に隠していたのだから。
「おーいー。おるかー?」
陸奥の監視を逃れ、彼女が居る医局に忍び込めば窓に手をついて外をじっと
眺める後ろ姿。
気持ちが離れたわけではないのは知っていた。
けれど、どうして大丈夫だなどと思ってしまっていたのか。
「…」
「…辰っちゃん。私、こんな遠くに来たのに、なんで諦めらんないんだろ」
声はいつもと変わらない。けれど、こちらを一向に向かないその背がやけに
小さく見えた。
「後悔しちょるんか?」
「ううん。私がいたら、きっと銀時に迷惑をかけちゃう」
それは、あの男とて同じ事。
国の為にと戦っていた筈の侍たちは一転して悪者にされてしまった。
その中でを連れて逃げ、危険な目に合わせる事など耐えられなかったに
違いない。
「それは銀時もじゃろ」
「…だとしたら、尚更。吹っ切らなきゃね」
どうして。とは聞けなかった。
離れるべきではなかった。などと、あの場にいなかった自分が言えるような
立場にない。
「無理に忘れる事なんぞせんでも良いんじゃ」
その想いはきっとの糧になる。
「…大丈夫だよ」
「大丈夫でもじゃ」
細い肩に手をかけても振り返らないをガラス越しに覗き込めば、今にも
泣き出しそうな表情が見えた。
だが、気づいてしまったからには放っておくことなど出来ない。
「ここは、地球から遠か宇宙(そら)ばい。…じゃから、。おんしの声
なんぞ決して届かん」
ともすれば、傷つけてしまうような尖ったと言葉だとしても、もうこれ以上
こんなに辛そうな顔をさせていたくない。
言った途端、唇を噛み締め俯いてしまった彼女をやんわりと抱きしめる。
「…ッ」
「聞こえんから、思いきり泣いても良いんじゃ」
「…辰っちゃん」
震える声が自分を呼ぶ。
痛くても、吐き出してしまった方が、少しはマシな筈だから。
「ほれ」
促すと、震える唇が小さく開いた。
「……ッ、 ぎ、…銀時ぃ!!」
「………」
どうして。
「…こ、にも 行か ないでぇ! …ッ」
抱きしめた身体はすっぽりとこの腕の中に納まっているというのに。
どうして。
「銀だけ… ひくっ …で、良いっ!他 には、……いらな いっ」
ほんの数秒前に自分を呼んだその唇で、あの男の名を呼ぶのか。
己の腕の中で泣く女はまるで知らない他人のようだった。
のこんな顔を見た事がなかったから。
…悲し気に泣く姿など幾度も見た。
けれど、いつものあどけなさが嘘のように女の顔で銀時の名を呼び涙を流す。
きっとそんな姿を知っているのはあの白い鬼だけだったのだろう。
図らずも知ってしまったその秘密は坂本に堪え難い苦痛を与えた。
を大事に思っているのは認めるが、他の三人のような色を伴うものでは
ないと思っていたのに。
これではそれに近いものが在るのを認めざるをえない。
しかし、それゆえに軽々しく口に出来るわけもなく、未だ、あの日の彼女は
己の胸の中だけに仕舞われている。
色褪せることのない記憶に浸っていると、ガツガツと無粋な足音が近づいて
きて部屋の前でとまった。
扉の外の気配は良く知ったもので、思わず笑いが漏れる。
「…なんじゃ、幸せ者」
「っせえ、わりーか」
笑い混じりの言葉が気に入らなかったのか、ぶっきらぼうな返事が返って、
思った通りの男が姿を現した。
否定をしない所を見ると、それなりに自覚はあるようだと安心する。
を己の守備範囲に置く事に吹っ切れているのなら、心配する必要はもう
何一つない。
この男なら、何が何でも彼女を護ろうとするだろうし、実際護れるだろう。
「悪かなかが、を連れて帰れなくなったのはつまらんのお」
「ケッ 誰が返すか。つーか がお前んとこに行く事は金輪際ねェから
天地がひっくり返ってもねェから、諦めろや」
フンと鼻を鳴らすとぼけた男に、坂本の珍しく尖った声が重なった。
「それはこっちの台詞じゃ、すっとこどっこいが」
「アン?」
「金時、二度目はないからな。そこんとこ、よーく覚えちょれ」
いまでも、坂本の脳裏に焼き付いて離れない、あの日のの涙。
今にも消えてしまいそうなくらい華奢な肩のライン。
「銀時だっつーの……まあいい、そんなのわかってらぁ」
ガリガリと頭をかいていた男の眼光が鋭く光る。
内に秘めた強い想いがちらりと一瞬見え隠れした。
「もう、何処にもやらねぇ」
そう言いおいて、来た時同様一方的に部屋を出て行ってしまった男を坂本は
苦笑しながら見送った。
「他にはいらない。 か、…うらやましーのお、銀時は」
思い出すのは自分以外は誰も知らない…きっと、本人でさえ気づいていない
だろうこれ以上なく美しく儚い姿。
結局あの二人は誰よりお互いを想い合っていて、他の誰も入り込む余地など
これっぽっちもない。
そんな事はわかりきっていただろうに、想い合うが故、相手の為と身を切る
覚悟でその手を離した。
「真性のバカップルじゃー」
ふと窓の外を見れば、寄り添い歩き帰っていく銀時とが目に入いる。
あの日の彼女を知っている坂本だからこそ、こうして二人がまた共に歩いて
いけるようになった事が何より嬉しい。
願うなら、このまま二人がもう二度と離れる事がないように。
けれど…。
内緒だからね。
と、先ほどはそう言って困ったように笑った。
もしも、銀時があの事を知ったら、先ほどのような涼しい顔など絶対にして
いられないだろう。
なりふり構わず土下座くらいするかもしれない。
…だがそんな罪悪感を上回る、これ以上ないくらいの至福感を同時に感じる
だろう事も容易に想像出来る。
だから、もちろん。
決して、銀時はおろか他の誰にも教えてなんかやらない。
特にこの件に関しては、あえて喜ばす事をしてやる義理などこれっぽっちも
ないのだから。
「…ちっとは、ペナルティーがないとつまらんばい」
それは、大切なを泣かしたあの男への、たったひとつの秘めた仕返し。
2008.01.02 ECLIPSE

アトガキ
明けましておめでとうございます!
さて、新年一発目は昨年無事終わった連載の番外編です。
そこ!「えー」とか言わない!!(焦)
でもまあ内の話は基本同じ設定なんで、アレもコレも続いてるっちゃあ続いてるんですけど。
ちょうど、一周年のアンケートで坂本さんにも奇跡の一票が入ったため、のほほーんとした
二人を書くなら、是非あの後の坂本さんをちょっとお見せしたくなったわけです。
ほっぽったままだったし。暫く入院した後、彼は無事(?)陸奥に強制連行されましたとさ。
と、簡単に終わらせる筈が、なんだかちょっとアレよねやけに刹那系になっちゃって(焦)
全然一緒にいる描写はないんだけど、どんだけ好き合ってんのよ。というのを書きたかった
んです。それを見て坂本さんは…坂本さんだけは嬉しそうにしててくれたらいいなー。
そんでもって、さんは桂さんや高杉さんには甘えれるけど、弱音は決して見せられない
んですねえ。見つかっちゃうときはあるだろうけど、泣くなんて絶対しないんだよ。きっと。
お兄ちゃん立場の二人じゃあやっぱりダメで、友達の位置についてる坂本さんにしかアレは
出来なかったんだろうなあ。と。
そんでもって銀さんにも変な意地張るんだねー。そこが可愛いと思ってるんだよ。あの男。
えー新年早々だらだらと語ってすんませんでした。
今年もよろしくお願いします。