19. 見られる

 「おう、にーちゃん。商売はどうだ?」
 男の足下に広がるのは、ガラクタ…いや、売り物の数々。
 路上でアクセサリーを売るその店の主は、かけられた声に顔を上げそこに立っていたのが真選組の隊士で、着ている制服が隊長クラスのものだとわかるとあわてて頭を下げた。
 「へい。さっぱりで…どうです? 簪でも」
 「ッ!? るせえ!いらん世話だ!」
 店主に怒鳴るように言い返した隊士の男は、吸っていた煙草を消して苦虫を噛み殺したような顔で建物へと入っていく。
 途中、肩を怒らせ歩くその迫力に負け広場で子供たちに風船を渡して客集めをしている動物の着ぐるみたちが慌てて道をあけるのを見て、店主は去っていくその背に聞こえないよう呟いた。
 「踏んじゃったんだから、弁償ぐらいしてあげてもいいのになァ」






 ここの所騒々しい日が続いている。
 そう思いながら、建物に入った土方は辺りを見回す。
 この辺りでも一二を争うこのデパートに攘夷志士が現れたと連絡が入ったのは年も終わろうとしている師走のしかも週末。土方自身、その日の報告書を書き終えた夕方の事だった。
 よりにもよって大物の指名手配犯だった為、すぐに監査を放って自らも乗り込んだのだが、辺りは平和そのもので、事件が起こる気配もない。
 賑わう店内を見回しながら歩いていると、外の露天に並んでいたのとは比べ物にならないきちんとした髪飾りが視界に入る。
 「…」
 鬼の副長、若干の自責の念に捕われ思い悩む事数分。

 事の起こりは数ヶ月前の事。
 捕り物の際、関わった女性の落した簪を踏みつけて壊してしまった。パキリとそりゃあもう見事に壊してしまい、使えなくなってしまったのだ。
 新しく買って返そうと眼についた一つに手を伸ばした所で声が掛かった。
 「副長さん?」
 思わずびくりと固まり、そーっと振り返るとそこにはまさしくその原因となった女性。
 ひくりと苦笑いしながらも片手を上げて何気なさを装う。
 「お、おう。…良く会うなア」
 「はい。副長さんもお買い物ですか?」
 「ん? ああ、まあな」
 「私も、急に呼び出されて…。なんか買ってやるって五月蝿いんですよ」
 くすくすと笑いながらもその女性 は困ったように持っていた包みを土方に見せた。
 「…男かァ?」
 それを見た土方はやっと、少し力を抜いて言葉を返す。
 それから、

 良かった。と、思った。

 この場所に現れたと連絡の入った攘夷志士は彼女が関わった奴と今は敵対関係にある。実は、偶然とはいえあまりにも都合良く現場にいた彼女を、ほんの少し疑ってもいたのだ。
 だが、ここにいるという事は、返せばどちらとも関係がないという事になる。もし、そいつに関係していたならば敵がいるようなこの場所には現れないだろうし、ここに現れた人物に関係しているなら前の方を助ける事もないだろう。
 ましてや両方の天敵である自分に声を掛けたりはしない筈だ。もちろん彼女は思わぬ所で身の潔白が晴れた事など知りもしないだろうが。

 きっと、あのお人好しの監査も安心する事だろう。

 「え? いいえ! あ あの、兄…ですっ」
 「そうか。…じゃあ、俺もなにか買ってやろうか?」
 どうせ弁償しようとしていたのだ。ここは渡りに船というやつで新しいのを買って返そうと目の前のショウケースを指差す。
 「え?…あ、この前のですか? それだったら大丈夫です。兄が直してくれるって、持って帰りましたから」
 しかし彼女は反対に申し訳なさそうに笑い、やんわりと断った。
 「職人なのか?」
 直してもらえるなら、こちらもいくらか気が和らぐ。その兄貴とやらには感謝しなければなるまいと土方は小さく息をついた。
 「いいえ。でも手先は器用みたいですよ? …人としてはこの上なく不器用ですけど」
 そんな土方の考えなど思いもよらないのだろう。はくすくすと笑い兄の事を話している。
 「しかし、あんたのようなそそっかしい妹じゃあ、きっと心配事が絶えねえだろうなぁ」
 はそれを聞いてほんの僅か、眉間にしわを寄せた。
 「そんなことないですよう!」
 そのうえ、頬が膨らんできたのを見て苦笑しながらも言葉を直した。
 「や、悪かった。悪い意味じゃねえよ。可愛くて仕方ねえだろうって事だ」
 「ホントですかー?」
 しかし、まだ頬を膨らましたままじっと下から睨むように見上げてくる彼女を見ていると、どうも小動物を苛めているような居たたまれない気持ちになる。
 「ああ。そ、それよりなに買ってもらったんだ? ん?」
 必死でごまかしに掛かり焦る鬼の副長はさながら、拗ねる娘に嫌われないように機嫌を取る父親のようだ。
 「兎のぬいぐるみです。いつまでたっても吃驚するくらい子供扱いするから、人が入れるくらい大きいやつ強請ってやったら困ってました」
 フン。と、可愛らしく息をつき得意げに笑うに、土方は乾いた笑いを絞り出すしかなかった。
 オンナは怖い。
 心底そう思ってしまった土方を誰も責める事は出来ないだろう。





 「おう、にーちゃん。商売はどうだ?」
 路上でアクセサリーを売るその店の主がかけられた声に顔を上げると、そこに立っていた男は、この街で万事屋を営んでいる侍だった。
 もちろんこの男にも先ほどと同じように返す。
 「へい。さっぱりで…どうです? 簪でも」
 「おお、そうだなぁ」
 しゃがみ込んで一つを手に取り男は思案しているようだった。
 贈り物をするような相手がいるのだろうか?
 今まで考えた事もなかったが、もしかしたらボランティア精神の溢れる女性がいるのかもしれない。 …うちのゴリラにも一人欲しいかぎりだ。
 「………どんな方ですか?」
 買うわけはないと思っていても、渡す相手が誰なのかは、気になる。思わず聞いてしまったが、男は気にした様子もなく、へらりと笑った。
 「あー。そーさな 小ちゃくてよ。可愛いんだがこう、なんてーの?思わずしゃぶりつきたくなるような色気もあってだなー…」
 話すうちに、にやにやと締まりがなくなってくる顔で何を思い出しているのかは知れないが、ろくな事ではないだろう。
 「や、もう良いです。 お客さん、これなんていかがでしょうかね?」
 どうでも良い惚気話を打ち切らせて取り合えず高いものから勧めてみる。
 どうせ買わないとわかっていたとしても。
 「んー、そうだな、もっとこう… ああ、アレに似合うよーなのが良いんだがな」
 男が指差す方向を見れば一人の女性がいた。確かに小柄で可愛らしいのに色気がある。
 デパートから出てきた所らしく包みを抱えて、広場の兎の着ぐるみに手を振ってニコニコと笑う姿はとても可憐で、確かにプレゼントの一つもしたくなる。
 よりにもよって、あんな美人か!こりゃ、一方通行の可能性も高そうだ。
 「これにすっかなー」
 暫くして、選んでいたらしい男がそう言って手に取ったのは簪ではなく、銀細工のネックレスだった。シンプルだが可愛らしい作りのペンダントトップは華奢な胸元に似合うだろう。
 「そうですね、これならお似合いですよ」
 着物で隠れてしまうが、簪ではまた落してしまいそうなあの女性には返ってこちらのほうが良いかもしれない。
 「そう思うか?」
 「ええ」
 それに、…らしいと思った。
 きっとこの男は所有の証を他人に見えるような所に付けさせたりしない。
 普段は執着など感じさせないくらい素っ気ない態度を取りつつ、彼女に近づこうとする者だけが気づくような質の悪い牽制をする気がする。
 互いに想い合ってるとすれば。の、話だが。
 絶対に恋敵とかになりたくないなあ。などと思いながら男の表情をちらりと盗み見れば、驚いた事に今まで見た事がないくらい穏やかな顔をしていた。

 そんなにあの女性に惚れているのだろうか?

 「…大切な方ですか?」
 思わず口をついて出た言葉に、言った本人が慌ててしまう。
 「アン?…そうだな。 なにがあっても護りたい女。だな」
 しかし男は気にした風もなく、当たり前のようにそう答え、立ち上がり女性の方へと歩き出す。
 その、いつもの姿とのあまりのギャップに暫く固まっていた店主だったが、代金をもらってない事に気づくと、慌ててその背中に声を掛けた。
 「ちょ、ちょっと旦那!御代は!?」
 「良いじゃねえか。情報料だ」
 「え? な、何の事ですか?」
 「細けーこと気にすんなや ジミー」
 後ろ手に軽く手を挙げ、振り返りもしない男にやっぱり気づかれていたか、と大きくため息を付いた。





 「フラれましたね副長」
 いつの間にかこちらに近づいてきた土方に山崎は声を掛けた。
 「そりゃお前だろうが」
 「良かったなーって思ってます?」
 土方の考えている事を知っていた山崎は、彼の顔がなにげに清々しているのを見て安心した。
 あんな犯罪や戦いとは無縁そうな女性が疑われるのは忍びない。
 「それもお前だろうが」
 そう言って煙草を吹かす土方は何もかもお見通しのようにほんの少し笑う。
 「…そう言う事にしておいても良いですよ?」

 言い返しながら山崎は、あの旦那はどんな顔して彼女にあれを渡すのだろうと、その後ろ姿を見ながら考えていた。








2006.12.25 ECLIPSE



26日改訂。やっぱり10月の続きが実はクリスマスだったってのは無理があるなあ。と(泣)
書いてるうちに日が経ってしまい、そのうえクリスマスだし。と、こじつけちゃったのを激後悔。
ので、数ヶ月後。としてみました!良いの。ご都合主義なの(オイ)

山崎サンタからの贈り物はNEXTでどうぞ。