Promise 後編
は仕上がった服を持って、執務室前の廊下を歩く。
時計を見ると、約束の二十分前。
まだちょっと早いな。
廊下の窓を開けて、外を見下ろした。
ん〜気持ち良い。
此処まで歩いて来て、少し上がった体温を微風が冷ましていく。
「何してん〜の?特上の執務室の前で。身投げって訳でも無さそうだけどね〜」
後ろを振り返るとゲンマと同じ身長、体格はゲンマより少し細めの男性が立っていた。
「あっ・・・こんにちは。」
「はい、こんにちは。」
露出の低い任服に、更に斜めに巻かれた額当てが、彼の顔を隠す。
僅かに見える右目が、の警戒心を解くように、弧を描いていた。
「ちゃんだっけ?」
「はい。です。」
「俺、はたけカカシ。よろしくね。」
「こちらこそ、宜しくお願いします。」
は深々と頭を下げた。
「私の名前・・・知ってるんですか?」
「新しい忍服屋さんでしょ。警備の関係もあるからね。皆知ってるよ。」
「あっ・・・なるほど!一般人がウロウロしてたら、怪しいですもんね。」
「まあね〜。怪しい人には見えないけど。ゲンマ君に用事?」
「はい。依頼された服を持って来たんですけど、約束の時間より少し早かったので・・・。」
「それで時間潰してたの?」
「まあ・・・そんなとこです。」
「律儀だね〜。そういえばちゃん、ゲンマ君とは付き合い長いんだって?」
「そうですね。親同士が親友で、引っ越す前までは、ずっとゲンマが傍に居て・・・。」
へぇ〜なるほどね。
カカシはの僅かな表情の変化に気づく。
「あの〜はたけさん。」
は自分より頭一つ分以上、背の高いカカシを見上げながら話した。
「カカシでいいよ。な〜に?」
「お会いしたばかりの方に申し訳ないんですけど・・。
今、現行のインナーを少し改良しているんです。口布タイプの。
出来上がったら、試して貰えますか?ゲンマに渡しておきますから。」
「俺なんかで良ければ、何時でもどーぞ。
ちゃんの忍服は気持ち良いって評判だから、楽しみにしてるよ。」
「有難う御座います。カカシさん。」
微笑み合っていると執務室の扉が開き、の記憶より低くなった声が聞こえた。
「カカシさん、何やってるんですか?こんな所で。」
「ん〜。」
カカシは首だけで振り向き、
「ゲンマ君の彼女をナ・ン・パ。」
と答えた。
「ゲンマ〜仕事一段落した?」
カカシの後ろからひょっこりと顔を出す。
「!・・・今、迎えに行こうと思っていた所だ。」
「そうなんだ、ありがとう。」
はカカシの横を通り過ぎると、ゲンマの隣に並んだ。
「ゲンマ君の彼女、時間には早いって、此処で時間潰してたのよ。」
「なんだ、そうなのか?」
「うん。」
「入ってくればいいのによ。
それには俺の女じゃないですから。幼馴染ってヤツですよ。」
あららら・・・
ちゃんの顔が曇っちゃったよ。
そんなに強調しなくても、いいと思うんだけどねぇ・・・。
それに俺の後ろからちゃんが出て来た時のゲンマ君の顔、鏡で見せてあげたかったよ。
「まっ、そういう事にしておくよ。じゃあね、ゲンマ君。
ちゃん楽しみに待ってるよ。」
「はい。その時は宜しくお願いします。」
「・・・何の話だ?」
ゲンマが問い掛けている間に、カカシはの開けた窓から出て行った。
「流石、忍だね〜もういないよ。」
は窓を閉めながら、外に出ていったカカシを探す。
「・・・?ゲンマ何か言った?」
「いや・・いい。それより服は出来たか?」
「うん。」
「そろそろ、くの一も来る時間だ。部屋に入ってろ。」
「は〜い。失礼します〜。」
ゲンマはが執務室に入ると、ドアノブを握り締め、カカシの出て行った窓を睨んだ。
「特に直す所は無いみたいだな。どうだ?着た感じは。」
別室で着替えていた、くの一が戻ってきた。
「とっても着心地が良いです。さんの服。」
「そう?ありがとう。」
服の裾周りを確認しながら微笑んだ。
「ちょっと飛んでみてくれる?」
くの一はが傍から離れると、高く飛び上がり、空中で一回転すると、着地した。
「裾捌きも平気そうね。」
「これなら何か遭ってもすぐに動けます。」
「良かった。」
「今日はこれで上がっていいぞ。明日任務に出る前に最終確認するからな。」
「はい。では失礼します。」
「任務気をつけて下さいね。」
自分を見送るに彼女は、
「今度普段着る忍服も作って下さいね。お店に伺いますから。」
と言い残しその場から姿を消した。
「勿論だよ〜ってもう居ない・・・。やっぱり皆すごいな。少しはこの速度に馴れなくちゃね。」
「何なら後で体感させてやるよ。」
後ろを振り返ると、いたずらっ子の面影を残すゲンマの瞳。
「へ?どうやって?」
「あとで分かる。じゃ、そろそろ行くか。」
「うん。」
建物を出て、人通りの少ない道に出ると、の体がフワリと宙に浮かんだ。
「えっ?は?ちょっと何?ゲンマ。」
「だから体感させてやるって言ったろ、忍のスピード。」
をしっかりと両腕に抱き、屋根の上まで飛び上がる。
「まあ、それは聞いたけど、こうなるとは聞いてない〜。」
「ごちゃごちゃ喋って、舌噛んでも知らねーぞ。しっかり俺に捕まってろ。」
「う・・うん。」
忍本来のスピードよりも、やや遅く家々の屋根を飛ぶ。
最初は体験した事のない、速さと高さに驚いたけど、吹き抜ける風がとても心地よくて、
夕日が何時もより近くに見えた。
ゲンマの腕に収まる自分が少し不思議で。
記憶のゲンマは、自分より少し大きい男の子だったのに、すっかり離された身長。
忍服越しでも分かる鍛え抜かれた体と、力強い腕に鼓動が早まりつつも、
さっきの言葉が頭の中で繰り返す。
『・・・それには俺の女じゃないですから。幼馴染ってヤツです。』
再会したばかりで、離れていた時間はまだ縮まっていないけど、
胸にチクッっと痛みが走る。
やっぱり幼馴染で終わってしまうのかと・・・。
「どうした?怖え〜か?」
「うううん。平気。」
本当に怖くはなかった。
ゲンマは舌噛むぞなんて言っていたけれど、着地の衝撃はゲンマの膝が吸収してくれてる。
そして、それは・・・やはりゲンマだから。
安心して身を任せられる。
「着いたぞ。」
ストンと降ろされた先にあるのは、懐かしいゲンマの生家。
「ありがとう。重かった?」
「お前の一人や、二人、ど〜って事ねえよ。さて、入るか。」
「うん。久しぶりだな〜。」
「俺も正月以来だな。」
はゲンマの家族に暖かく出迎えられ、楽しい時間を過ごした。
不知火家の帰り道、藍色の夜空に満天の星が閃く。
きっと今頃、年一度の逢瀬に胸躍らせているはずの織姫と、彦星。
子供達にとっては願いを叶えてくれるかもしれない七夕様。
恋する者達にとっては、不変の愛を司る神となっても良いのにな、
と思いながらは夜空を見上げた。
「送ってくれてありがとう。」
「ああ、今日は色々と疲れただろ。ゆっくり休めよ、じゃあな。」
「うん。お休み〜。」
ポケットに手を突っ込んで歩く大きな背中を暫く見つめ、は家の中に入って行った。
静かに閉まる扉の音。
それを背中で聞いたゲンマは、一度振り返り、部屋の明かりが灯ったのを確認すると、
音を立てる事なくその場から姿を消した。
数日後。
二度目の諜報部の仕事を終えて、ゲンマと食事をした帰り道。
人通りの多い道を避け、静かな小道を歩く。
「へ〜この道って此処に繋がってるんだ〜。」
「夜は一人で歩くなよ。大通り歩け。」
「は〜い。あっ!ここってゲンマのアパートの近くだよね。」
「ああ、何かあったら、何時でも来い。」
何かあったら・・・か・・・。
深読みしてしまう自分の思考がイヤだった。
「う〜ん。何かあったらね。でもゲンマの彼女と鉢合せしたらやだなぁ。」
もしゲンマに彼女がいたらと思うと怖くて・・・。
それを後で知って傷つくのがイヤで・・・。
つい確かめるような言い方をしてしまった。
「あ?今付き合ってるヤツは居ねーぞ。お前こそ、どうなんだ?」
「えっ・・・いないよ。・・・好きな人は・・・居るけどね。」
「そうか。」
の家に着くと、
「今日はありがとう。
あっ!ちょっと待ってて。渡して貰いたい物があるの。取って来るから。」
と言い残し、中に入って行った。
「これね、カカシさんに渡してほしいんだ。」
出て来たは小さな紙袋をゲンマに渡す。
「口布タイプのインナー。もう夏だし、少し改良してみたの。
荷物になっちゃうけど、よろしくね。出来たら感想も聞いておいてくれると嬉しいんだけど。」
「・・・分かった。頑張れよ。」
何時もはゆっくりと帰るゲンマが、「じゃあな。」と手を上げると、すぐ闇に姿を隠した。
次の日。
に諜報部の仕事が無い時は、時間を作ってフラリと店に現れるゲンマが店に来なかった。
約束をしている訳でもなくて、仕事が忙しければ、来ない日だってあるのに、
昨日、別れ際に言われた「頑張れよ。」が気になってゲンマに会いたかった。
もしかしたら、誤解されたのではないかと。
『好きな人がいる』は、精一杯の告白だったのに。
宵の口、太陽が昼間の暑さを連れて沈んだ頃、自分の背後にある窓から、慣れた男の気配。
相手の方を見る事なく、ゲンマは書類に目を通す。
「どうしてあなたは何時も、どっからか湧いて来るんですか?」
「ひどいねぇ、ゲンマ君。人の事をボウフラみたいに言わないでよ。」
「言われたくなかったら、ちゃんと入り口から入ってきて下さい。」
カカシは部屋に入ると壁に凭れ掛かった。
「それより、俺に用事って何よ。」
「から預かってます。感想聞かせてくれって言ってましたよ。」
ゲンマは机の中から、小さな紙袋を出すと、カカシに手渡した。
そういう訳か、ゲンマ君の機嫌が悪いのは。
人の心の機微には聡いのに、ちゃんの事となると、どうしてそうなっちゃうのかね。
「ゲンマ君ちょっと待っててくれる。」
カカシはそれだけ言い残すと、瞬時に姿を消し、再び執務室に現れた。
「何なんですか?」
「ん〜ちゃんの作ってくれたインナーに着替えてきたのよ。
此処で着替えても良かったんだけどね。見たかった?俺の着替え。」
「馬鹿な事言ってないで下さい。」
呆れ顔でカカシを見ると、ゲンマは書類に視線を戻す。
「流石、ちゃんの作った忍服だね。噂通り気持ち良いよ。涼しいし。」
「それアイツに直接言ってやって下さい。喜びますよ。」
「そっ?でもゲンマ君が伝えておいてよ。」
「何で俺が言わなきゃならないんですか。」
「ねぇ、ゲンマ君。今でもちゃんの事は、幼馴染としか見てないの?」
「何なんですか、いきなり。」
ゲンマは堪らず目線を上げ、カカシを見据えた。
「だってね〜好きなら、さっさと言っちゃえばいいのに。横から掻っ攫われても知らないよ。」
「それってカカシさんの事ですか?」
「・・・イヤ、一般的な話。ちゃん、しっかりしてるし、可愛いし。」
「の事なら俺が一番良く知ってます。
・・・それに好きなヤツが居るって言われましたから。」
さっきから全く進まない書類に再び視線を戻す。
「あのさ、それが誰の事か分からないゲンマ君じゃないでしょーよ。
分かってるんでしょ、ちゃんの事は。
まっ、俺に言えるのは此処まで。ちゃんにありがとうって伝えておいてね。」
先程とは異なり、カカシは執務室の扉を開くと、静かに出て行った。
全く進まない仕事。
書類に目を通せば、ふと思い出す、カカシの言葉と、の事。
我に返り、最初から読み出すも、再びその視線は宙を見る。
あれこれ考えるのは、後だ。
取り合えず仕事を先に終わらせねーとな。
普段は一時間で終わる仕事が倍、掛かった。
ゲンマの足は自宅ではなく、の家に向かう。
見上げると、カーテン越しに漏れる明かりとの気配。
その時、部屋の明かりがフッと消えた。
もう寝ちまったか。
こんな時間に女の部屋に行くもんじゃねーしな、出直すか。
日を改めて来ればいいと、踵を返す。。
その後すぐ、部屋からが出て来た事には気づかずに。
一人で考えていてもしょうがない。
しかも明日はゲンマの誕生日。
その前にはっきりさせたい。
はゲンマの部屋の扉を叩く。
「ゲンマ・・・だけど。遅くにごめんね。」
何をする訳でもなく、ただソファーに座っていたゲンマは、急いで玄関のドアを開けた。
「夜遅くにごめんね。」
と謝るに、兎に角、中に入れと部屋に促す。
初めて入るゲンマの部屋は、きちんと整理された彼らしい部屋。
「どうした?」
「何かあったから来た。私にとっては・・・。
昨日のゲンマ、何時もと違ってたから。それに最後の言葉が気になって・・・。」
「それで態々来たのか?」
両肩を震わせ、搾り出す様には話す。
「・・・だって私には重要な事だもん。私の好きな人・・・は・・・。」
「逃げるなら今の内だぞ。」
「えっ?」
「好きな女、目の前にして、抑えられるほど俺は出来ちゃいねぇ。」
「好きな女って・・・。」
「お前の事だよ、。」
咥えていた千本が壁の的に刺さると同時に、ゲンマはを抱き締めた。
「私もゲンマの事が、ずっと好きだった・・・。」
「好きだった?過去形か。」
「違っ・・う。昔から、ずっとゲンマが好き。」
「変わってねーな。昔も今も。
お前の花嫁衣裳作らすのも、着させんのも、俺だ。これは誰にも譲れねえ。」
「ゲンマ・・・覚えてるの?」
「あ?俺の記憶力をなめんなよ。」
その時、機械的な音がピピッと一度鳴り、は音のした方向に視線を延ばすと、
時計の針が十二時を指していた。
「十七日になったね。ゲンマお誕生日おめでとう。」
自分を見上げ、祝いの言葉を囁くの唇に、自分の唇を重ねた。
「ありがとな。やっぱに祝ってもらうのが一番だ。
・・・でもまだ足りねえな。お前の大事なもん、もらってねえし。」
ゲンマはの膝裏に手を回し、抱き上げると、ベットに向かう。
「抑える自信はねえって、さっき言ったろ。」
「・・・うん。」
「どうなっても知らねえぞ。」
「・・・うん。」
はゲンマの首にしがみ付き、耳元で答える。
「途中で、イヤだっつっても、止まらねえぞ。」
「言わないよ・・・そんな事。」
「まあ、何かあっても、責任は取るけどよ。」
二人はこの世に生れ落ちた姿に戻り、愛を深め合った。
ねぇ、ゲンマ、本当はあの時、ゲンマのお嫁さんになりたいって書こうとしたんだよ。
幼い頃の約束。
短冊に秘めた想い。
それが叶う日も、そう遠くない未来。
遅くなっちゃったけど
ゲンマ、お誕生日おめでとう♪
いい訳は7月24日の日記にて(苦笑)