Promise 前編
   不知火ゲンマお誕生日特別夢



 「ちゃんは大きくなったら、何になりたいって書いたの?」
 「ゲンマ君はやっぱり優秀な忍かしらね。」

 不知火家の縁側に座っている二人の女性。
 彼女達は親友同士。
 親が親友という事は、子供同士も会う機会が増える。
 歩く事さえ、ままならない頃から、遊んでいた。

 不知火家の庭に置かれた大きな笹。
 そこに幼い手で一生懸命作った、短冊と飾りを取り付けている、ゲンマと

 「え〜とね、お洋服を作る人になりたいって書いたの。あとは・・・。」

 最後に飾ろうか躊躇っている短冊が一枚。

 「あとは何だ?まだ持ってるのかよ。貸してみろ。」
 「えっ、え〜!」

 ゲンマはが後ろ手に隠し持っていた短冊を取ると飾り始めた。

 「お前・・・。」

 短冊を見て怪訝そうな顔をするゲンマ。
 見られるのは、幼子でも少し恥ずかしい内容だけれど・・・。


 『じぶんのつくったおようふくをきて、およめさんになりたい。』


 「何か文、変だぞ。」
 「そうなの?ゲンマ君。」
 「この場合、自分の作った花嫁衣裳でお嫁に行きたい、だろ。」
 「あ・・・そうか。」
 「書き直せ。」

 ゲンマが持ってきた筆で、短冊の裏に書き直す。

 「こればっかりはな、相手が居ねーとだめだけどよ。
  まあ、この願いが叶わなかった時は、俺が嫁に貰ってやるよ。」
 「ホントに?」
 「ああ、約束だ。」


 そんな約束をした五才の夏。

 それからも遊んでいたけれど、月日は流れ、ゲンマは忍者学校に入学。
 は普通の学校に入学した。
 隠れ里と言っても、そこに住む全ての人間が忍という訳ではなく、の両親の様に一般人も多い。
 の父親はある企業に勤めるサラリーマン。
 そしてこの事が、二人を引き離す事になる。




 お互い別の学校に入学して、会う機会も少なくなってきた。

 ゲンマは忍者学校を首席で卒業し、今は下忍として任務に付いている。


 そんな夏のある日。
 の母親がを連れて、不知火家を訪れた。

 
 「ゲンマは今日お休みなの?」
 「ああ。任務は無い。その代わりみっちり修行してきたぜ。」
 「ゲンマは夢、叶えたんだね。」

 不知火家の庭に毎年飾られる笹。
 今はゲンマの事を兄と慕う子供達の手によって、色取り取りの飾り付けている笹を眺めながら呟いた。

 「まだ半分だけどな。父さんみたいな特別上忍になって、俺が諜報部を引っ張って行く。」
 「ちょうほうぶ?」
 「諜報部ってのはな、敵の情報を探るんだ。任務で情報は大事だからよ。」
 「そっか・・・。すごいね。」
 「何だ?なんか元気ねーぞ。」

 その時ゲンマの母親の絶叫が不知火家に響き渡った。

 「転勤ー!!!!」
 「そうなの・・・華の国だって。」
 「華の国って言ったら遠いじゃない!おいそれとは行けない距離よ。」
 
 普段冷静な母親達の声が震えていた。

 「、引っ越すのか?」
 「うん、そうみたい。」
 「そっか。」
 「・・・この里を離れるのは寂しいよ。話を聞いた時は泣いちゃったもん。
  でもね、引越し先、華の国だから。一杯勉強して私も夢、叶えるよ。」

 華の国。
 ファッションと芸術の街。
 流行の最先端。
 
 「ゲンマにリードされちゃったからね。私もがんばる。」
 「、お前強くなったな。生きてりゃ何時でも会えるさ。」
 「ゲンマ、任務で失敗しないでよ。」
 「あったりめーだ。」


 そうしては引っ越して行った。
 お互い胸に芽生えていた小さな恋心。
 それを封印したまま・・・。





 は華の国で、様々な資格を取った。
 デザインから、縫製まで全て自分で行なう事が出来るようになり、木の葉隠れの里に舞い戻った。

 が一生の仕事として選んだのは、女性を引き立たせる服でもなく、
 花嫁をより一層幸せにする衣装でもなく、忍の服。

 表は隠居する知り合いから引き継いだ忍服屋。
 里に帰ったら一から自分の店を開くのもいいかなと思っていたけれど、
 是非にとの申し入れだったので有難く受けた。

 標準服、暗部服は確立されている為、僅かな手直しのみだが、
 くの一達や、標準服を纏わない者達の、オーダーなども手掛ける。



 そして裏の仕事の誓約書を書く為に、火影邸を訪れた。


 「おお、お主か。先代から話は聞いておる。この仕事の内容、分かっておるな。」
 「はい。潜入捜査時における、衣装の調達と制作ですね。」
 「そうじゃ、諜報活動の内容は決して漏らしてはならぬ。
  まあ・・・ゲンマのヤツが、アイツなら大丈夫です、っと太鼓判押してたがな。」
 「ゲンマが・・・」
 「でも一応な、形式上これに署名と捺印してくれんか。」
 「はい。勿論です。」

 は誓約書にサインをすると、判を取り出し、見つめる。
 そして判は押さずに仕舞い、代わりに裁縫セットの中から、一本の針を取り出した。
 針を親指の腹に突き刺すと、最初は小さな赤い点だった傷から、ぷっくりと赤い血が湧き出す。
 それを親指の腹に塗り付け、自分のサインの後ろに押した。
 血判。
 忍ではないの忠誠の証。

 「ほお・・・。」
 
 火影は優しく微笑みながらを見つめた。

 「流石ゲンマの言っとったおなごじゃのう。」
 
 も微笑み返し、「これから宜しくお願いします。」と頭を下げた。

 「今迎えをやっとる。諜報部の様子も見てくるといい。」
 「はい。」

 しばらくすると、扉を叩く音と共に、一人の男性が火影の部屋に入って来た。
 金茶色の髪に、一風変わった巻き方の額当て。
 そして咥えられた千本。


 ゲンマ・・・?


 華の国に行っても、時折思い出していた彼の姿は、別れたあの日のままの子供姿で。
 自分が大人になっても、記憶の彼は幼くて・・・。
 成長した彼の姿に、心臓が跳ね上がった。

 「特別上忍。諜報部、不知火ゲンマじゃ。紹介するまでもないかの。」
 「・・・・あっ・・はい。」
 「、これからよろしくな。」
 「宜しくお願いします。」

 は反射的に頭を下げた。
 その姿を見て笑うゲンマに、も照れくさそうに笑った。


 火影の部屋を後にし、執務室へ向かう。

 「久しぶりだな。十年以上か。相変わらず、ちっちぇえな。」
 「ゲンマが大きいんだよ。」
 「そうか?」
 「そうだよ。ゲンマ、特上になったんだね。話には聞いてたけど。」
 「何年か前にな。お前も服屋になれたじゃんか。忍服屋になるとは思わなかったけどな。」
 「・・・はは。私も。」

 そんな風に答えてみたけれど、随分前から忍服には興味があって、自然とこちらの道に進んだ。
 生まれ育った里に恩返しとまでいかなくとも、役に立ちたいと思ったし、この話を受けた時、
 ゲンマと一緒に仕事が出来るんだと思うと、期待で胸が膨らんだ。

 「此処が俺の仕事部屋だ。」
 「へ〜。」

 初めて入る執務室。

 「早速で悪いが、明日の朝までに、このくの一の服を作ってくれ。出来るだけ色っぽくな。
  何時襲われるか分かんねえから、動きやすさは確保しといてくれよ。」

 言いながら渡された、くの一の写真と書類。

 「了解。」
 「採寸とかしなくていいのか?」
 「此処に身長は書いてあるし、この写真って何時の?」
 「ついこの間撮った。」
 「ならいい。分かるから。」

 下積みの頃、一体何人の採寸をしてきたか分からない。
 作り手となってからも、寸法はとても大事な事で、何時しか相手の体を見れば分かる様になっていた。

 「それだけ優秀って事か。期待してるぞ。」
 「任せといて。此処座ってもいい?」

 ゲンマが頷くと、は執務室のソファーに座り、スケッチブックを取り出すと何やら書き始めた。

 「そういや、お袋が今晩、と一緒に食事しないかって、連絡よこしたんだけどよ。」
 「わ〜おばさんに会うのも何年ぶりだろう。一回遊びに来てくれたんだけどね。それ以来か・・。楽しみ。」
 「じゃ、夜にでも迎えに行く。仕事は平気か?」
 「ん〜もうすぐ十一時でしょ。頼まれた服は夕方にでも出来上がると思うから、此処に持ってくるよ。
  したらゲンマのダメ出しにも対応出来るしね。何時なら平気?」
 「五時頃なら仕事も落ち着く頃だ。今日はそんなに忙しくねぇし。」
 「分かった。じゃあ五時に伺います。
  ・・・と出来た。デザインはこんなのでどうでしょうか?不知火ゲンマ特別上忍。」
 は書き上がったデザイン画をゲンマの方に向ける。

 「悪くねーな。流石、先代が引き抜いただけある。夕方このくの一も呼んどく。」
 「はーい。じゃあね。」
 「送らなくて平気なのか?」
 「何時までも子供じゃないよ。一人で帰れる。じゃあね〜。」
 「ああ、頼んだぞ。」

 手を振りながら、執務室の扉を閉めた。

 帰りに忍者学校の前を通ると、大きな笹がカサカサと風に靡いていた。


 あっ・・・もう今日は七夕だっけ。
 毎年ゲンマの家に行ってたな。
 ・・・ゲンマ、お互い願い事叶ったね。

 私はもう一つしたけどね・・・。
 ねぇ・・・ゲンマ、覚えてる?
 
 は笹を見上げクスリと笑った。