風光明媚な木の葉隠れの里。
豊かな緑に多種多様な動植物。
春には春の、夏には夏の表情がある。

見慣れた景色でも、同じ様な空でも、
木の葉の数、雲の形が違うように、
日一日と移り変わるそれらは、毎日見ていても飽きはしない。

これは、
そんな大好きな木の葉の里を写す一人の女性写真家と、里を愛し守る忍の物語。






point of focus 前編







チチチッと小鳥たちが歌いながら空を舞う。
その中の二羽が仲良く枝に止まり、羽根を休めだした。

演習場の中でもそれは背の高い木で、小鳥たちが止まる枝は地上から三メートル程の高さがあるだろうか。
ファインダーを覗いてシャッターを押すと、三回の連続音。
今度はもっと絞って。
何枚か撮ると、もういい?とでも言っているように、小鳥は首を傾げた後、空へと飛び立った。
その姿を追いかけて、羽根を広げ風に乗る姿を写す。

するとさっきとは別の木に、何かを見つけた。
キラリと光る銀色のかたまりは、随分高い所に。
肉眼では小さなかたまりも、カメラの望遠を使えば容易に見る事が出来る。
倍率を上げてそれを捉えた瞬間に出た、くしゃみ。
揺れた手がピントをずらし、覗きこんでも緑が見えるばかり。
一旦倍率を下げて、覗きこみながら、近づいて。
さっきは此処に、ふわりとした何かが居た筈なのにと、懸命に探してみるも見当たらず。

そんな時、真横から声が飛んで来た。

「そ〜こ」と。

低く呑気に伸びるその声は、通常ならば自然に流れ込み、脳内に溶けてゆくだろう。
でも目的物を追いかけ、否、探す事に集中していたの身体は、その声にビクリと大きく反応した。

カメラを構えたまま、首だけを動かして、声の方向に視線を飛ばす。
するとそこには、忍服姿の男性が一人立っていた。

「ごめんね、驚いた? でもそこ危ないよ」

彼が視線を送った先に目を向けると、の歩幅であと三歩分程度前方の土が、丸く色を変えている。
自分の立つ地表より幾分柔らかそうな。

「さっきまでそこに、人が埋まってたから」

男は恐ろしい事をサラッと言ってのけた。

「人ですか?」
「そう、人。首だけ出してね、それを見た女の子なんか気絶しちゃったのよ」
「え?……うそ……」
「ホ〜ント」

のんびりと話してはいるが、内容はとっても衝撃的で。
木の葉の標準ベストを纏っているから、多分この里の忍。
そして、中忍以上である事は分かる。

「い、今も埋まってるんですか?」
「今は家に居るかもね」
「そうですか……」

は視線を下げ、目の前の地面に向って手を合わせた。

「もしも〜し」

のんびりとした口調で、男は問い掛けの言葉をかける。

「……はい?」
「なにしてるの?」
「だって此処に、亡骸が……あったんでしょう?」

男との距離はの身長分位あるだろう。
それでも、自分を覗きこむ彼の目が丸くなって、次にはへの字曲ったが分った。

「ピンピンして家に居ると思うから大丈夫。朝早かったし、疲れて寝てるかもしれないけどね。あ、ちなみに埋めたのはオレだから」
「え…あの……その方はこの里の?それとも侵入者とか……」
「オレの生徒」

ニコっと笑った彼の目に、の緊張が解れて。
次には何か閃いたようだ。

「修行だったんですね」
「まぁそんなトコロかな」
「なんだ〜良かった。てっきりご遺体が埋まってたのかと思って……」
「この話の流れじゃ、そう思っても無理ないか」
「結構早とちりで、私。すいません」

頭を下げたが、そんなに危ないんですか?と言葉を付けたした。

一見ただ、色の変わっただけの地面。
でも良く見ると、掘り起こされたような感じだ。

「試してみる?」

悪戯に笑う彼の言葉に、は苦笑いを浮かべながら、何度も首を横に振った。

「ま、小さな落とし穴みたいなものかね」

ポケットに手を突っ込んだ彼は、そこに近づき色の濃くなった地表を踏み付けた。

「あっ!」
「ねっ」

簡単に凹んだ地面。
そこには、足首が半分程隠れる穴が一つ出来た。

「埋めたんだけど、此処だけ土が緩くなってる。だからキミみたいに上ばっかり見て歩いてると、転ぶよ」

男は踏み込んだ足を移動させ、立ち位置を戻した。

「ありがとうございました。絶対躓いて転んでます、私」
「コレ作った犯人はオレなんだけどね。驚かせちゃって悪かった」
「いえいえ、だって此処は演習場ですもん。私が注意しなくちゃいけないんです。すいませんっ」

は軽く頭を下げて。

「トラップは無いけど、隆起してる部分が多少ある。だから気を付けて」
「はい!転んで商売道具傷つけちゃったら大変ですもんね」
「カメラ……仕事なの?」
「まだ駆け出しでなんですけど、一応」
「そっか。ここら辺は陽が落ちると真っ暗だよ。それも頭に入れといて」
「分りました。色々ありがとうございます」
「じゃあオレはこれで。今日からオレの生徒になった子供達の報告をしないと、上司がうるさいから」

片手を上げて笑ったその忍は、空高く跳んだ。
鳥のように空中を跳ぶ男を羨ましく思いながら、は手を振り彼の消えた空をカメラに納めた。


── 今度キミの撮った写真見せてね


風が運んで来た彼の声に、微笑みを返しながら。








任務の授々に訪れた忍を励ます文字が書かれた受付所には、今日もいつもの面子が揃っている。
赤と白の装束に身を包んだこの里の長、三代目火影。
その隣にはアカデミーの教師と会計係り。

下忍になって約一か月と少し。
最近請け負った任務に少々の不満を漏らす金髪の少年と、内心同意しているだろうと思われる黒髪の少年。
そして、ピンク色の髪の少女と、それらを束ねる銀髪の上忍師が入って来た。

「じいちゃん!でっかい任務とかねぇのかってばよ」
「ナルト!火影様でしょうが」

すいませんと片手を自分の頭に添えて、金髪少年の師は頭を下げた。
部下の無礼は己の無礼でもあるかのように。

そのやりとりを部屋の隅で見ていたは、請け負ってくれるのがあの人達だったらいいのにと、彼等に目を向けた。

「まぁよい。波の国での護衛任務で、多少の成長が見られたのも事実だからな」
「だろ、だろ。うずまきナルト、日々進化する男だってばよ」

火影の言葉に腕を組んで大威張りのナルトは、上忍師から無言の鉄拳を喰らい、アカデミーで担当教師だった男からも御小言を喰らった。

「調子に乗るな!!ナルト」
「痛ッて〜〜〜ひでぇよ、カカシ先生。何も殴る事ねぇじゃんか」
「うるさいよ、オマエ。少しは静かにしてろ」

火影はゴホンと咳払いをして、その場を諌める。

「本日カカシ隊第七班の任務は、Dランク。そこに居るお嬢さんに付き添って里外の森を探索してもらう」

火影の目配せに気が付いたは、広い受付所の隅にある椅子から立ち上がって、彼等の近くへと歩み寄った。

「よろしくお願いします」
「キミは……」

カカシがそう言い掛けた時、痛みに頭を押さえたナルトが一番前に踊り出た。

「あーーー姉ちゃん!!」
「こんにちは、ナルト君」
「なんじゃ、お主等知り合いか?」

火影の問い掛けに、カカシとサスケの間から顔出したナルトは、「うん、うん」と明るく頷いた。
勿論カカシも、ナルトの解説が気に掛る。

「あれだよあれ。じいちゃんに忍者登録書の写真、撮り直せって言われただろう。そん時に撮ってくれたのが、この姉ちゃんなんだってばよ」

あの時は手間を掛けさせてしまったと、火影はに詫びを入れた。
そんな事はないですよと、微笑むの傍で、カカシの生徒達が騒ぎ始める。

「あんたナニ?また可笑しな事やらかしたんでしょう。さん、こいつ何かしたんですか?」

ナルトにはキツイ口調の少女も、には優しい。

「サクラちゃんも知り合いなのか?」
「忍者登録書の写真、アカデミーで撮ったのよ。一斉に。その時のカメラマンがさん。ねーサスケ君」
「…ああ」
「なんだーそうだったのか」
「アンタ出遅れたでしょ」
「オレん時ってば、おっちゃんだったぞ」
「それ、同僚です。今年度のは私が担当だったんだけどね。あの日は別の仕事が入ってて。でもあの人、今までここの写真撮ってたのよ」
「へぇ〜〜そっか」

ナルトは後頭部で手を組み笑う。

「気心も知れているようじゃし、丁度いいだろう。イルカよ」

火影は机に肘を着いて隣に座るイルカに視線を投げた。

「はい。任務内容は先程説明があった通り、里外の森の探索援助、及び撮影補助となります。依頼期間は三日間」

よろしくお願いしますと、イルカはカカシに任務依頼書を手渡した。

「それでは行きましょう」

カカシは依頼人であるを出口に促し、微笑んだ。

「はい。その節はどうもありがとうございました」

二人の会話に、イルカからの激励を受けていた三人が割り込んで来る。
正確に言えば、ナルトとサクラだが。

「なんだよ、カカシ先生も知り合いなのか?」
「やだーー。先生も隅におけな〜い」

冷やかしつつ、はしゃぐ二人と、大人しくしては居るが、耳がこっちに向いているサスケ。
やれやれと溜息だけを付くカカシの代わりに、が質問に答えた。

「道を教えて貰ったの」
「えーーそれだけ?」
「そうだ。寝袋と忍具一式を持って、大門前に一時間後」

変化したカカシの口調に引き締まった三人は、幼く見えるけれどもう忍者。

「了解!!」
「では解散!!」

カカシの合図に三人は走り出し、そして消えた。

「すいません。騒がしい奴等で」

こちらもまた、依頼主と請負人という関係が成立したからか、以前出会った時と多少口調が異なる。

「いえいえ。改めまして、です。よろしくお願いします」
「上忍のはたけカカシです」

どちらからともなく笑いが零れて。

「ナルト君達の先生だったんですね」
「ええ、あの日が最終試験だったんですよ」
「じゃあ埋まっていたのは、あの三人内の誰か?」
「サスケです」

ポケットに手を入れたカカシが、ニコリと微笑んだ。









障壁にぐるりと囲まれた里から出るには、唯一の道。
“あ”と“ん”の書かれた門がある入口で、下忍三人は依頼主と自分達の師を待った。
次いで来たのは隊長のカカシ。
そして待ち合わせ時刻ギリギリに来たのは、依頼人のだ。

旅慣れた忍達の荷物は少なく、それでもカカシの荷物は普段より多い。
いつものリュックに、もう一つのショルダーバックを下げている。
下忍達三人はリック一つずつ。
寝袋が入っている所為か、普段よりも膨らんでいるけれど。

「カカシ先生、その荷物なんですか?」

サクラが興味深げに見つめながら聞くも、カカシは夜になれば分かると答えただけだった。

生徒達の中に居て、頭一つ分飛び出しているに、自然とカカシの目が移る。
動き易い服装は問題ない。
けれど、カメラを首から下げて、リュックを背負い、肩にはカメラバック。
彼女の荷物を持ってあげよう、そう思った矢先に金色が動いた。

「姉ちゃんの荷物持ってやるってばよ」

よりも背の低いナルトが屈託の無い顔で手を伸ばす。

「重たい物は慣れてるから……」

恐縮している風なに、ナルトは笑顔で言葉を繋げて。

「写真、撮るんだろ?そんなに持ってたら邪魔だって」

そう言いながらのカメラバッグを肩から外し、背負ったリュックに手を伸ばす。
ナルトの手に掛ったカメラバッグを言葉を発する事無く手に取ったのは、カカシではなくサスケの方だった。

「俺が持つ」
「ん、あぁ。サンキュ、サスケ」

サスケはカメラバッグを襷掛けにして、のリュックはナルトの胸。
前と後、二つのリュックに挟まれたナルトは窮屈そうに見えるけれど、本人は全く気にしていなそうで。

「ガサツなお前に持たせて、何かあったらマズイだろ」

きっと自分の持つバックには、レンズやらもう一つのカメラなどの壊れ物が入っているのが、サスケには分かるのだろう。

「なんだとー!!」

サスケの皮肉にナルトは拳を振り落とすが、難なくかわされる。

「遅いっ」

空気のように、軽やかに。
余裕綽々のサスケに対し、ナルトは言葉に成らない唸り声を上げて悔しがって。

「やめなさいよ、アンタ達」

サクラが間に入るけれど、周りが取る印象とは違い、この二人は“それ”を楽しんでいるようにには見える。
きっと初めて目にした者は、仲の悪いチームという印象を持つかもしれない。
でもは、彼等の根底にある関係を、ちゃんと感じ取ったのだ。

「仲が良いんだね、みんな」

の発言に辺りは静まり返って。
カカシの瞳孔は開き、下忍三人も動きを止めた。
一番最初に動きだしたのはサクラ。
引き攣った笑いと共に。

「そんな事ないですよ〜喧嘩ばっかり」

でもすぐにその顔は、嬉しそうな笑みに変わって。

がナルトとサスケにお礼の言葉を掛けると、サスケは「大した事じゃない」と照れくさそうに言って前を向いた。

「姉ちゃん、気にする事ないってばよ。その代わり、良い写真撮ってくれよな」
「うん」

歩き出したサスケに続くナルト。
それを追うサクラ。

「オレ達も行きましょう」
「はい」

カカシがに声を掛け、後方の二人が動き出すと。
チラチラ後ろを振り返っていたナルトが笑って。

「出発ーー!!」

両手を空に振り上げ、大声で叫んだ。






日程は三日間。
里の障壁から約一キロメートルの周囲を撮影する予定。
ただ闇雲にではなくポイントは押さえてあるが、にとっては地図上の知識しかない。
だから良さそうな場所があれば、時折足を止めていた。

木の上や、切り立った崖。
高所での撮影は予定になかった。
自力で登れる範囲しか撮影は出来ないと、カメラに興味を持った頃から思い込んでいたから。

どうやって撮られたのだろうと、不思議に思った写真と幾つも出会った。
鳥に頼むわけにも、いかないのだから。
でもその疑問が解消された気がした一日目。

「あそこから見た景色はどうなんだろう」

そうポツリと漏らしたの呟きに、ナルト達が反応を見せたからだ。
だったら、俺達が連れてってあげると。

狭く低い範囲での移動はナルトに背負われて。
広く高い崖では、さしずめは騎馬戦の騎手。
騎馬役の三人に背負われて、断崖絶壁の頂点へ。

高い場所が苦手では無いにしても、彼女は終始笑顔だ。
下忍三人に命を預けているというのに。
偏見も畏怖も何も無い。
彼らの生い立ちを知っているのか、いないのか。
アカデミーと契約を結ぶ撮影所だ。
今までは知らなく共、きっと今年の生徒の中にはと、耳に入っているだろう。
それでも。

「怖くなかった?」

戻ってきたに、カカシは声を掛け。
彼女は笑顔でこう答えた。

「みんなが居てくれたから、怖くなかったです。良い写真が取れましたよ」
「そう。なら良かった」


安心と、信頼と。


崖下で荷物番という、お留守番をしていたカカシ。
勿論万が一の場合、即行動に移れるように待機はしていたが、全く出番は無かった。

「ありがとう。ナルト君、サスケ君、サクラちゃん」

満面の笑みで礼を言う彼女。

自分の教え子達の成長を逞しく、そして喜ばしく思うカカシの胸には、上忍師としての充実感と小さな小さな何か。
例えようの無いその小さな粒を胸に残し、カカシは四人の後を歩いた。







2008/01/25 かえで



BGM Luce