そんなに広い部屋じゃないから、真っ直ぐに視線を伸ばすと、そこにが居る。
カカシがベットから降りて立ち上がっても、はそれに気付いていない様子で、コンコンと何かを叩く音が幾度か聞こえた。
次には左手を添えて、手に取った菜箸をぐるぐると回してる。


当ててあげる。
卵焼きを作ってるんでしょ。
──ほらね。


態とたてる足音と、テーブルをコツンと触る音は、背後から覗きこんだ時、がびっくりしないように。
出来れば大きくなった姫君を後ろから抱きしめたいところだけれど、今は我慢のイイ子で、カカシはを驚かせないように声をかけた。

「おはよ」
「あ、おはよう、ゴザイマス……」

目の前のの身体が跳ねたのは、カカシの声に驚いたからじゃなく、近づいたカカシの身体が間近にある事が分かったから。

「あの……えっと……」

は手に持っていた物を流しの上に置いて、くるりとカカシの方へ向いた。
その顔は、恥ずかしそうで、照れくさそうで。
まだ二人に深い身体の関係はないけれど、何をそんなに恥ずかしがっているのだろうか。
初めて男を部屋に泊めた朝だからか。
カカシの部屋で迎えた朝もあるというのに。
チラリとカカシの脳裏に浮かんだそんな疑問は、すぐに答えを出してくれた。

「どうかした?」
「……あのですね……」
「ん?」

妙に改まって言うから、カカシもなんだか背筋が伸びて。

「言うタイミングがずれちゃって……えっと……おかえりなさい」
「うん、ただいま」
「あの……」
「さっきからどうしたの?何か言いたそうだけど……」
「あのね…………ぎゅ、って………抱き……きゃ」
「こう?」
「………はい」

なんだ、こんな事と。
抱きしめたかったのは、カカシも同じ。

はカカシよりも早く起きて料理をしながら、カカシが目覚めた時の事をシミュレーションしていた。
言いたい事、してあげたい事、して貰いたい事、頭の中では思うように描けるのに、いざ行動するとなるとたどたどしくなる。
こんな風に恥ずかしがるがすごく可愛いから、カカシはを抱きしめて、髪に何度もキスをした。

「無事で良かった……もう、ホントに心配したんだから!!」

カカシの背中に回したの手が、固まりを作って、ぽかすかと殴っている。

「ごめん、ごめん」

どんなに殴られたって、文句を言われたって、構いやしない。
それだけ、想いが深いわけだから。

カカシはの事を嬉しそうに抱きしめたまま謝っていた。

「今日はお休みだよね?」

がそう聞けば、すぐに返事を返す。
体力には自信があるし、の傍で深く眠ったからか、とても身体が軽い。

「天気もいいし──」

任務に赴く前にした約束は、景色の良い所へ行く事。
手造りのお弁当を持って。

「──行く?」
「うん!!」

眼をキラキラさせて見上げるには、あの頃の面影。

昨日まで、子供心を忘れた大人の様になってしまっていたが、子供心を持つ大人に生まれ変わったような。
まだ確信はないけれど。
穏やかで、時には壊れそうなも好きだけれど、これが本当の

今は笑顔の君が、たまらなく愛しい。

「でもその前に。風呂入って、着替えて来てもいい?」

コツンと額を合わせて、カカシは言った。






夏の雷、秋の稲妻 最終話







カカシが自宅で用を済ませている間に、はせっせとお弁当の準備をして、出来上がったところで、王子様のお迎え。
色々詰まった袋を持ったカカシと手を繋ぎ、高く澄んだ青空の下を歩く。
でもしばらくすると、カカシは悪戯な目でにこっりと笑った。

「時間の短縮ね」
「は…………………い?………きゃーーーあ」

公道で抱きしめられて戸惑っていれば、風が周りをぐるぐると回って、身体が浮かんで。
最初は小さな竜巻の中に居るようだったけれど、すぐに二人は風になって、目的地に付いた。

「ここでいい?」

地に着いた足とカカシの声にが目を開ければ、そこは木の葉の外れにある田園地帯。
稲刈りはもう始まっている時期だけれど、この辺りの田んぼはいつも最後。
間に合わなくなってきて、毎年アカデミーに依頼が来るから、上忍師だったカカシはよく解ってる。
黄金色に揺れる稲穂をに見せたいから、カカシは此処を選んだ。

「うわ〜〜〜〜なんで分かったの?田んぼが見たいって」
「え?あ…オレだから……かね?」
「なにそれ」

はくすくすと笑って。
だってカカシの言いたい事を言ったら、真っ赤になって明後日の方向を向いてしまいそうだから、彼は封じ込めたんだ。
の事ならわかるよ』って言葉を。

そしてカカシは多くを語らないけれど、の中でもこれで確かな物が生まれた。
お互いの線と線が繋がりあっている事を。

「きれ〜い。ここの刈り入れはまだなんだね」
「ここはね、いつも最後。前に田植えから稲刈りまで全部やったんだよ、ここの田んぼ」
「カカシさんが?」
「あ、オレは少〜しね。本当は、ほとんど生徒達だけど」
「そうなんだ〜。でもカカシさんのカミナリが落ちたお米、食べたかったな〜」
「オレのカミナリ?」
「うん。おまえら〜〜〜遊んでないで、さっさとしろ〜とか」
「…まぁ、当たらずも遠からずってトコかな」

黙々と進めるサクラに、些細な事でもめるナルトとサスケ。
それに拳を震わせ、我慢の限界にきたサクラが怒鳴り始めたり、カカシに注意しろと首を二人に振るだけで意を示したり。
仲良く遊んで作業が中断という感じでは無かったけれど、ドラ猫同士のじゃれ合いにも似てた。
そんな生徒たちに、最後には溜息のオマケが付く弱い雷を落とした事は何度か。

「雷が落ちるとお米が美味しくなるんだって。知ってます?」

体を傾げてカカシを覗き込んで、が笑ったその訳は。

「そうらしいね」
「昔、私を助けてくれた人から教えてもらったんです。だからそんなに怖がらなくてもって。あの日から雷が怖くなくなったの。その人はね、私のヒーローなんですよ。今も昔も」
「……?」
「ね、カカシお兄ちゃん」

今となってはその呼び方にかなりの照れを感じるけれど、一先ずそれは置いておいて。

「思い出したの?」
「はい。カカシさんの雷── あの千鳥が光って弾けた後、一気に忘れてたものが流れ込んできて。私、気絶したんですよね?」

カカシは黙って頷く。

「脳がオーバーヒートしちゃったのかな。でも思い出しました。両親の事も、カカシお兄ちゃんの事も」
「あのさ……」
「なんですか?」
「その呼び方はよそうよ……」
「カカシお兄ちゃん?」
「そう、それ」
「カカシお兄ちゃんカカシお兄ちゃんカカシお兄ちゃんカカシお兄ちゃんーーー」
「ちょっと?」
「昔言う筈だったのに、言えなかった分です」

生まれ故郷に帰って、アカデミーに入学する筈だった時の分だと、は笑いながら言う。

「アカデミーに入ってたら今頃は、はたけ隊長とか呼んでたのかなぁ?」

居心地が悪そうに苦笑いをしていたカカシも、この言葉には表情を曇らせてを見た。

「……悔やんでる?」

口に出してから、言ってしまった事をカカシは後悔するけれど、それはもう遅い。
今更何を聞きたいんだと、自分自身に問いかけた。

の潜在能力は高い。
今から修行をしたとして、くノ一に成れない事もないだろう。
が、しかし。
それには今ある環境を捨てなければならない。

「座ろっか」

カカシの問いかけが聞こえている筈なのに、は全く違う言葉を口にした。

頷いたカカシとシートを広げて、仲良く並んで座る。
その昔したように。
あの頃と違うのは、伸びた二人の背と、黄金色の稲穂。

「忍になるのが夢だったんです」

同じ隊で任務に就きたいと、別れ際に言っていたっけ。

あの頃のを思い出しながら、カカシは頷いて。

「お母さんみたいなくノ一になりたいって、思ってました」
「今から修行して、なってみる?」

この質問には、はすぐに首を振った。

「くノ一にはなれなかったけど、今の仕事も大好きだから」
「……そう」

カカシは静かに微笑んだ。

「それにしても、今からアカデミーに入ったら最高年齢ですよね。でも昨日のでこりごり。筋肉痛だもん」
「昨夜の記憶もあるの?」
「…うん。内側から自分を見ている様な、乗っ取られた身体の中から見てるみたいな変な感覚でだけど。私、屋根の上走ってたんだよね?カカシさん見た?」
「遠くからだったけど見たよ」
「どんな感じだった?」
「まるで大泥棒の逃走劇」
「ひっどーい!そこはくノ一みたいにって言うんじゃないの?」

目線を空に上げて惚ける顔したカカシの事を、が小突いて。

「もう。カカシさんのイジワル!……でもありがとう。何度も助けて貰って、思い出も蘇らせてくれたんだもん。辛い思い出もあるけど、もう大丈夫……」
……」
「だってカカシさんが居るから。……だけどね」
「ん?」
「私も忍の娘だから、出来ない約束があるのは分かってるんだけど……」
「もう一人にはしないよ」

カカシがそう言った途端、の目はウサギの目。
真っ赤になって、その瞳を潤ませた。
一滴涙が零れば、カカシはの頬を包むように片手を添えて、親指でそれを拭う。
けれどそれは、後から後から零れて来て。

「カカシさん………」

は抱き寄せられたカカシの腕の中で、いっぱい、いっぱい、泣いた。

不安で心配で、押し潰されそうだった毎日を思い出しては泣いて。
カカシが帰って来た事への安堵と喜びに泣いて。
これから先も一緒に居れる、そんなカカシの言葉にも泣いた。

そしてあの日、途中で止められてしまった涙の分も。
両親やその仲間たちの死に向き合い、泣きたいだけあの時泣けてたら、きっと今が違ってた。


「呼び方は変わらないんじゃないの?」

まだ時折しゃくりあげる泣き声が聞こえるけれど、も大分落ち着いて来たから、肩を抱く腕はそのままでカカシは話し始める。

「……?あ…さっきの話?じゃあ、はたけ隊長じゃなくて、カカシお兄ちゃん?」
「そっちじゃなくて」
「カカシさんの方?」
「そう。きっと、その“さん”も取れてるよ。ねぇ呼んでみて」
「………カカ……シ?」
「だってオレ達、こうなってたと思わない?」

カカシのキスを受けながら、が小さく頷くと、また涙が一筋零れた。

少し寄り道をしちゃったけれど。

どんな風に再会しても、二人の初恋は実った事だろう。

お腹の底に響く雷が怖くて怖くて。
大っ嫌いだと泣いていた少女は、少年の放つ雷に助けられ魅了される。

その少女が言った数々の言葉に、少年は心を打たれて目覚めた。

そして不幸と不運に見舞われ、記憶を失くした少女の苦しみは、大人になったあの時の少年の手によって解放される。
彼の手から繰り出される青白い雷は今も昔も変わらず、守護と希望の光。
暗闇(こどく)の中から、そこへ伸びて来る紫の雷(きょうふ)から、守り、そして未来へと導く。


「ねぇ、があの日、綺麗だって褒めてくれたあの術ね。今は雷切って言うんだよ」


              夏の雷、秋の稲妻 完




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2009/03/20 かえで



長きに亘るお付き合い、ありがとうございました。
気付けば連載開始から一年半ですね;;

書いてみたいと温めていた連載に、丁度良いリクエストを頂きました。
頂いたのは十五話の最後から、十六話冒頭のシーンです。
そうこのお話の山場!!
萌え不足だった流れに、最高のスパイスv
絢子さん、どうもありがとうございました。

絢子さんと、このお話を好きなってくれた皆さんへ、捧げます。

BGM 桜月