通常の業務を終えて、約束通り真っ直ぐ彼女の部屋へやって来たゲンマを迎えたのは、普段と少し違う彼女。


「おつかれ〜、ゲンマ。」
「ああ。お前、玄関の鍵、開いて・・・た・・・ぞ・・・。」

脚絆を脱ぎ、短い廊下を歩いて、リビングに辿り着けば。
彼女の姿にゲンマの楊枝は動きを止めた。





夏 祭 り 前編






白地にほんのりと淡い水色の薔薇が幾つか咲き、艶のない金糸が細く控えめな撫子を描く。
白と黒、総柄の帯を絞めた浴衣姿のが、とぼけたように笑った。

「ゲンマの為に開けておいたんだよ?」
「・・・。」

いつもならこんな言い訳も、『忘れてただけだろ。』とすぐ切り返してくるのに、今日は反応が悪い。

「ゲンマ?」

彼の名前を呼びながら近づき、小首を傾げながら見上げれば、やっと彼の楊枝が動きだした。

「ちゃんと閉めとけよ。昼間だからって安心するな。」
「ハイ・・・。以後、気をつけマス・・・。」

仕切り直したが、「何か飲む?」と問いかけながらゲンマの横を通り過ぎろうとすると、彼の腕がスッと伸びて行く手を阻む。

「今はいい。」
「そう?」

室内に視線を残したままのゲンマが言葉を零して。

「・・・・・・似合ってる。」

そう言うと、チラリと横眼でを見た。

「え?・・・あッ・・・ありがとう・・・。」

普段は髪で隠れたの耳が、染まって行く。

ねじり上げ、かんざし一本でまとめられた髪。
白いうなじと首筋。

ゲンマの中でドクンと音がした。
表面上の変化は無いものの、内側に滾る熱いもの。
それを素直に解放すれば、きっと後に残るのはのふくれっ面。
怒った顔も可愛いが、今日は楽しみにしていた木の葉神社の夏祭り。
手短になんて済ませられないのが分かる今、悲しむ顔だけは見たくない。
だったら逃げ道を作ればいいと、ゲンマはに伸ばした手をポケットに突っ込んで、室内を見渡した。

「ゲンマとお祭り、うれしいな。」

彼の腕から解放されたは、自作の曲に言葉を載せながら踵を返す。

「ねぇ、ゲンマ。警備とかは本当にいいの?」
「ああ。特上と上忍は里内に居りゃあいい。常駐は中忍。警備は時間交代で殆ど下忍達だ。上忍師はそれのお供で別だかな。」
「そうなんだ。」
「唯・・・。」
「何もなければでしょ。臨機応変に対応するんでしょ?」
「分かってるじゃねぇか。」
「まあね。」

はテーブルの上にあった巾着の中身を確認し、そろそろ行く?とゲンマに視線を送った。

ぶつかる視線の先。
彼女の向こう。
窓の外に掛けられた一枚の大きな布が、風にひらりと揺れた。

「あれは俺んじゃねぇのか?」

ゲンマの捕らえた物が何であるか、吊下げた本人には聞かなくても分かる事で。
皺にならないように。
風に当てるために。
そんな理由で窓外の一番手前に吊下げた。

「・・・平気なの?」

はゲンマを見上げながら戸惑いがちに言葉を投げかける。

「祭りに行くのに、何の問題があるんだ?」
「いいの?」
「良いも悪いもねぇだろうが。変な気回し過ぎだ。」

ゲンマはの頭に軽く握った手の甲を落とした。

「オマエの忍服もいいけどな。やっぱり今日はアレだろ。」
「うん!」

ゲンマの笑いにも笑って。
窓に駆け寄ったは、浴衣の架かった衣紋掛けを手に取った。

「帯なんてきちんと結べねぇぞ。」
「結んであげるから。その前に脱いでよ。」
「それもそうだな。」

紺色の浴衣を壁に掛け、脱いだベストを受け取り、それを隣に掛ける。
振り向いた時には、下着一枚のゲンマがそこに立っていた。

「あっ!」
「なんだよ。」
「裸だからびっくりした。」

そう言いながら、また背を向ける。

「あのな、脱げって・・・」
「言ったのは私だけど、なんか・・・ドキっとしちゃって。」

高い身長に整った筋肉。
今まで会って来たどのモデルよりも、創作意欲を湧かせる身体。
そしてその身体が重なる事で感じる深い悦。
何度見ても心が騒ぐのを押さえられない。

は壁に掛った浴衣を取り、再び振り向いて。
ゲンマの背中に手を回すと、ふわりとそれを掛けた。

すぐ当たり前のように、ゲンマは袖を通す。

目の前にあるゲンマの肌。
紺色の浴衣の隙間から覗く胸に、はそっと触れて頬を寄せた。

「気持ち良い〜。」
「・・・・・・・・・。」

迷ったゲンマの腕が宙を彷徨い、眉間に寄った皺を伸ばすか如く、指先をそこに当てる。

抱きしめたら、の浴衣が皺になる。
脱がせたら、止まらない。

普段なら喜ばしいシチュエーションも、今のゲンマにとっては生き地獄。


―― 分かってやってんのか?
    だったらオマエは拷問のスペシャリストだな。
    肩書き一つ増やすか?
    全くよ・・・ちっとは俺の身にもなれ!


・・・。」
「・・・ん?」

呼ばれて見上げたの頬を、ゲンマは両手でそっと包み込み、軽く唇を重ねた。

すぐに離れたゲンマの唇が、の耳元で言葉を紡ぐ。

「祭りに行きてぇんだよな?」
「うん。」
「花火見たいんだろ?」
「うん。」
「だったらこれで勘弁してやる。」

ゲンマはそう言い終わると、熱い舌を耳の中へ捻じ込んだ。


―― 俺ばっかってのも性に合わないんでな。
    お返しだ。


わざと駆り立てる音を聞かせて、を煽る。
軟骨に沿って舌を這わせたり、軽く啄んだり。

「んッ・・・。んっ・・・ぁ・・。」
「こっちもな。」

ゲンマは素早く反対の耳に喰らい付いた。
同じく丹念に愛撫を贈るゲンマの舌が、水の湧く音を奏でる。
聞こえる水の音と、感じる二つの水。
上から送り込めば、下から湧き出す。

「ひゃ・・・ぁあん・・・ゲン・・・マ・・・。」

ビクリ、ビクリと震えるの身体を抱きしめる事もなく、愛撫を与え続けて。
自分の胸に置かれたの拳をゲンマはそっと包み込むと、自分の身体から遠ざける。

「帯。締めてくれんだろ?」

優しいけれど、意地悪く言うゲンマの声が吐息に交じって聞こえた。

「・・・うん。」

ゲンマは屈んでいた身体を起こして。
はテーブルの上に置いてあった黒い帯を、ゲンマの腰に巻き付けた。


―― あれ?
    前にゲンマ、諜報の仕事の時、同僚に帯の締め方教えてなかったけ?


その時は自分も同じく潜入するくの一に付いており、記憶は薄いのだが…。


―― うん、やっぱり教えてた。
    解け難い結び方。
    これ位覚えとけって言ってた気がする…。


クスリと笑ったが「後ろ向いて。」とゲンマを促す。

「何だよ。」

ゲンマの言葉は何で笑っているのかと問う物。

「え?思い出し笑い。神田結びの方がいいよね?解け難いし。」
「そうだな。」

素直に答えるゲンマに、の顔から笑みが零れて。

「ほら、やっぱり。」

これには照れくさそうにゲンマが答える。

「・・・いいだろ、たまには。」
「全然構いませんよ。」

たまにはゲンマの着せ替えを楽しむのも良い。

「で・き・た!」

結び終わった帯を軽く叩いて。

「こっち向いて、ゲンマ。帯きつくない?」

振り向いたゲンマが、丁度良いと帯に手をやった。



「そろそろ、ほんとに行くか。」
「うん!」

お祭りにも行きたい。
花火も見たい。
だけど二人きりでも居たい。

そんな気持ちが交差するのはいつもの事。


ガチャリと閉まったの部屋に響くのは、遠ざかって行く二人の下駄の音。


の身体は、段々と近づく祭りのお囃子に涙を止めた。



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2007年7月17日



ゲンマー!!お誕生日おめでと〜う♪
全部仕上がらなかったけど、叫ばせてねv
次回後編は別館になります。確実に。(汗)

さてさて、今回のお話ですが、いつもは作品の最後に載せる文章を今回は早めに。
勝手に捧げますので、別館のお話がお口に合わないとまずいですし・・・(なんて 笑)

ずっーと、うちのゲンマを応援してくれていた、ゆきさんありがとう。
(カカシ夢もだけど 笑)
お蔭で忍服屋シリーズが続いています。
感謝ですv

そしてカカシ夢ではありますが、ゴルフウェア姿のゲンマに骨抜きになってくれたよっしぃさん。
その後うちのゲンマにハマってくれたね。
ミラー番号数回、ゾロ目一回といっぱい踏んで下さいました。
今回の着せ替えはどうですか?(笑)

お名前の掲載すら許可なくいたしていますので、お嫌でしたら遠慮なく言って下さいね。

そして、ゲンマスキーさん、ゲンマモスキーさん、全ての皆さまに捧げますv


かえで