の匂い。
肌の感触。
触れられた部分から、愛しさが込み上げてくる。

共に闘い 共に歩む 大切な 大切な人───

愛おしさが凶器ではなく、盾に戻るまで、待っていて。






笑顔の行方 後編
    2008年 カカシBD夢





あれから数日後──

「今日はゆっくり腰を落ちつけられるのか?」

待機所に来たカカシがソファーに座ると、アスマが言った言葉。

「あぁ、まあね」

その言葉に相手を見る事もせず、カカシは答えた。

とは入れ違いで入って来たカカシ。
待機所から出るの姿を遠巻きに見つめて、カカシは中へ入って来たのだった。

が居ないからか?」

アスマは視界の隅にカカシを捕えつつ、窓枠の外を眺めながら問い掛けた。
視野の中に見える僅かな姿でも、言葉の矢が的確に的を得たのが分かる。

その質問にカカシは声を出す事が出来なかった。
図星であるが、変に答えれば誤解を招きそうで、かと言って心中曝け出す気にもなれない。

「お前でも振った女の事は気にするんだな」
「…………振った、オン……ナ? オレが何時、を振ったのよ!!」
「違うのか? 俺達はてっきりそうだと思ってたけどな。今、ゲンマとあいつ」

話の途中でカカシは立ち上がり、アスマを睨みつけ、全てを聞きもせず待機所から出て行く。

睨まれたアスマは微笑しながら眉山を上げた。
悪戯を仕掛けた子供のように。





大切な 大事な オレのお姫様。

守られるばかりが女じゃないと、キミはいつか言っていたけど
男は騎士(ナイト)になりたいんだよ。

切り裂く獣ではなく、姫を守る騎士(きし)に。

壊したくないから
守りたいから
だから 獣から遠ざけた。

獣の面が外れるまで。


交代する為じゃない────






日暮れも早くなり、夕闇が迫ってくる。
秋の虫たちの声も一際大きくなっていた。

「ゲンマ、色々ありがとう。ゲンマの時は私が代わってあげるからね」
「ああ。ってオイ、いつの話だよ。鬼の替わりに俺が笑ってやる。
 それに、俺の替わりがお前に務まるのか?」
「そう云われると…微妙??」

鬼が笑うという来年の話を 薄暗い里内を歩きながらして、は肩をすくめて笑った。


何日か前、一度は聞き流したの言葉だった。

『 ゲンマのお誕生日に任務が入ったら、私が代わってあげるから 』

その後に続いた、カカシの誕生日に、かカカシ、どちらかに任務要請が入ったのならば、
出来る限り代わって欲しいと。
それに付いては勿論有効なのだが。
暗部の仕事なら代わってやる事は出来ないが、今年 奴の生まれた日は満月。
最も闇に紛れにくい夜。
その前後を含めて突発的な事が無い限り、滅多な任務は飛び込んで来ないだろう。
通常任務ならば、カカシの為とは こそばゆくて言えないが、の為になら代わってやれる。

「微妙ってな……それじゃ取引になんねぇじゃねえか」
「そうだね」

はまた笑って答えて。
ゲンマの口の悪い温かさが嬉しいから。
だってほら、こういう言葉が続くゲンマだから。

「そういう時は大見栄張れって」
「はーい。分かりました。でもその前に、彼女が出来ないと無効だからね」
「なんだよ、ソレ。聞いてねぇ」

肩を並べて歩いているけれど、少しある二人の距離。
それは先輩と後輩を越えた友人関係を現している。

「明日だな」
「うん。ゲンマのお陰で良い所が見つかった」

「頑張れよ」とゲンマが小さく言った気がして、が隣を見上げれば、
彼の視線は真っ直ぐに伸びていて、そこから動かなかった。
どうしたのかと前を見れば、苛立ちを露わにしたカカシが立っている。
まだカカシの焦りは、に伝わっていないけれど。

「カカシ!」

の声が出会えた喜びに高ぶっているのを、カカシは分かっていないようで。
いつもの余裕はどこへ行ったのだと。
情報を正確に掴めば、そんな焦りはしないだろうに。
自分達の話を盗み聞く余裕すらなく、気配も露わにしたままとは。
しょうがねえなぁと ゲンマは心の中で腕を組む。

自分に挑むカカシの目つきは、今にも手袋を投げそうな勢いだ。
実際は手袋を投げられるわけでも、それで頬を叩かれる事もなく、
カカシの手はの手首を掴み、自分の元へ引き寄せた。

だったら、いい。
腕を伸ばす事も、その手が何も掴まず、を置いてその場から消えるような事がなければ。
まぁ、その時は 俺が首の根っこを掴んでやるが──と
ゲンマは睨まれた事に動じず、平然とカカシに視線を返した。

「どうした……の? カカシ」

カカシは返事をしないまま、を連れて歩き出す。

「ごめん、ゲンマ。ありがとう。明日ね」

腕を引かれながら振り返り、はゲンマに手を振った。


何処に行くの? と問い掛けても、カカシは無言のまま歩き続け、人気の無い路地に入り込む。
身を翻したカカシの動きと、の瞬きが重なった一瞬。
は素顔を晒したカカシに、両手首を掴まれ、壁に縫い付けられた。

「ちょっ…カカシ! なっ…」
「ゲンマ君と、付き合いだしたってホントなの?」

下を向き、と目を合わせず、カカシは地面に向かって話し掛ける。
意識はに向かっているのに、問い掛けた言葉を直接ぶつけたくなくて。
顔色の変化を見たくなくて。
肯定の言葉を聞きたくなくて。

「何言ってるのよ。大体、私は……」

あなたの恋人でしょう?───
がそう言い終わる前に、カカシの唇が言葉を塞いだ。
軽く触れ合う可愛いキスでも、お互いを絡める情熱的なキスでもなく、唇の動きを止めさせるキス。
触れる唇は柔らかいけれど、冷たくて
カカシが震えてる──
そんな気がした。

唇が離れると、縫い付けられていたの腕がふわりと舞い上がり、硬い壁と背中の間にカカシの腕が入り込む。
力強く、痛いほど抱きしめられて、
その息苦しさが、カカシの心の内にあるものと同じような気がして、
は舞い上がった腕をカカシの背中に回し、同じく抱きしめ返した。

「……?」

自分を包むの腕が、今までと変わらぬ温かさに気づいたのか、カカシは一つ溜息を溢す。
ゲンマと付き合いだしたというのが、早合点だとしても、自分の想いとの想いには大きな差がある。
カカシはそれを口にした。

「………勘弁してちょーだいよ……」
「……え?」
「オレが居なくったって平気、みたいな顔、しないでよ……」

抱きしめるカカシの力が少し緩んで、の頭上に弱いカカシの言葉が降ってくる。

「それは…カカシの方でしょう? 私が待機所に居ると、すぐに消えちゃうじゃない……」

本当に任務なんだと思った。
甘い囁きが出来ない程の状況なんだと、顔色を見て分かっていたけれど。
ずっと待っていたんだから、イジワルの一つ位言わせて欲しい。

「オレはダメなんだ……。を見ただけで、声を聞いただけで、自分でも抑えられなくなる」
「抑えられないって……」

何を?と聞き掛けて、はその言葉を飲み込んだ。
替わりに出て来たのは、「バカ」という単語。
絶句したカカシが密着した胸を離し、の顔色を伺うべく覗きこむ。

「抑える必要あるの? 身体が目的だって、私が思うとでも思ったの?
 私にだってカカシは栄養源なんだから!」

最後は涙ぐんで「バカカシ」とは付け加えた。
でもまだ言い足りないのか、カカシが口を挟む間も無く、は話し始める。

「そりゃね、基礎体力が、違う、からね」

ヒックっと堪え切れず、時々洩れる泣き声。
必至に泣かぬよう、堪えるの姿がそこにある。

「私の方が、先に、バテちゃう、けどね。
 イヤじゃ、ないんだから!! もう、カカシのバカーー!!」

見開いていたカカシの瞳は、の言葉を聞く度に蕩けていき、今では優しいへの字。
バカと連発されているのに、口元も頬も嬉しそうに緩んでる。

「カカシの全部が好き」

そう言うと、今度はからカカシにキスを贈った。

光も闇も、表も裏も、強さも弱さも、全部のカカシが好き。
光があって、闇がある。
表には裏がある。
弱さがあるから、強くなる。
上辺の見える部分だけを好きになったんじゃない。
本当に 全部 好きだから───

「全部なんて言っちゃっていいの?」
「いいの! 格好良いカカシだけを好きになったんじゃないもん」

この言葉には、全身の力が抜けていったカカシだった。

「オレも。の全部が好きだよ」
「本当に?」
「あぁ。……、一緒に暮らさない? ゆくゆくは……オレの……。だめ?」
「お風呂上がり、眉毛薄くてもいいの?」
「そんなの何度も見てるデショ。素顔も大好きだよ」
「イラっとする日もあるから、カカシにあたるかもよ?」
「そんな日はちゃんとフォローする」
「……シワシワになっても?」
「そん時のオレは、ヨボヨボだーね」

二人の額宛てがカチっと音を立てて重なり合う。
おでことおでこを合わせて、笑い合って、カカシはの手を持つと、
薬指に誓いと予約のキスをした。









素顔同士の二人は、素肌を重ね合わせる。
気持ちも身体も一つに溶け合って、身体だけが二つに戻った時、カカシは口にしなかった事を聞いてみた。

「で、ゲンマ君とは一体なんだったの?」
「………………あのですねぇ……ええと……言わなくちゃだめ?」
「隠し事は反則デショ?」
「うーーーーん……でも…話せない場合もある」
「何よソレ。へぇ、オレが一途にを想っている間……そう、はそうだったの」

何を思ったのやら、カカシは腕枕を解き、に背を向けた。

「ちょっと、待って、カッカシ!!」

上ずり、慌てたの声が可愛いけれど、ここは少し我慢して。

「だってね、だって、サプライズって、内緒にするものでしょ!!」

言い終わって、ばらした事に気が付いたは、「あッ」と小さく声を洩らした。
してやったりのカカシは、心の中でニヤリと笑うけれど、そんな顔は見せやしない。
それに今になってやっと、明日が、いや正確には日付けが代わっているから、今日が
自分の誕生日である事を思い出した。
それにはニヤリと笑っていた意地悪カカシも身を潜め、温かい想いが流れてくる。

カカシは黙ったまま体勢を戻して、に向かった。

「おねがいーー。今の、聞かなかった事にして?」
「分かった。消去しておく。その替わり……」


─── もう一曲、お相手していただけますか?姫君


続く言葉はカカシの口から出る事はなく、キスが幕開けの合図で。
はカカシの髪に、指先を沈めた。

「 おめでとう カカシ 」

その言葉が、綺麗な嬌声の隙間に交じって、カカシの耳に、そして胸に響いた小望月。






次の日。
空に浮かんだ まん丸お月さま。

とある店の屋上で開かれたパーティの主役は、はたけカカシ。

そこには、すっとぼけたアスマを筆頭に、もう一人の幹事であるゲンマと、いつものメンバーが揃っていた。

乾杯の酒は、シャンパン。
すぐに飲み干し、ビールや焼酎、清酒に変わるだろうけれど。


「 Happy Birthday!! カカシ 」


夜空へ掲げたグラスがキラキラと煌めき、
主役よりも嬉しそうなの笑顔が、カカシの隣にあった。



                      Happy End




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2008/09/09 かえで




2008年度、カカシBD夢でした。
そして今回、BDに10万打リクエストで頂いたリクを絡めさせて頂きました。
kotaさんリクありがとー♪

頂きましたリクエストは、後編の盛り上がり部分ですv
壁に縫い付けられる等のシチュと「ゲンマと付き合ってるって〜」辺りから、「〜抑えられなくなる」までのセリフ。
そしてゲンマと付き合ってるとの情報は、二人を心配した紅とアスマが仕掛けたもの、と。
抑えられなくなるものは何なのか、それは私なりの解釈で勝手に(笑)(良かったのかしら?これで)
いかなる調理法でも良いとリクエストを頂いた際に仰って下さったので、心置きなくやらせて頂きました。
萌え要素たっぷりのシチュだったので、書いてて楽しかったわv
ただ些細な事でケンカしてという前置きがあったのですが、それが重くなっちゃいまして。
些細な事、考えたんですよ〜色々。
しかーし、私の頭がダメダメな所為で、めっちゃギャグテイスト。
もしくは、軽すぎて行き違いが長引かないものばかり。
でも結果、リクエストを最大に発揮出来た作品になったのではないかなぁ?とは思っています。

リクエストしてくれたkotaさんと、
カカシのBDを祝う全ての皆様に捧げます。

管理人 かえで

BGM 胡蝶の恋心