(眠れねー…)
流川楓は、昼休み後半のクラスの喧噪を避けるように廊下に出た。
いつもならどこでも、どんな状況でも寝られるのが、ある意味特技とも言える流川だったが、なぜだか今日は様子が違った。
(昨日…、寝すぎたか………)
昨日は夕食後すぐに寝てしまって、10時間以上眠った事になる。さすがに昼寝をする必要はないと、体が訴えているのだろうか。
(だからって、いつも寝てる時間に寝ねえっつーのも調子狂うしな…)
人の声を避けるように廊下を歩いていると、いつしか図書室の前にたどり着いていた。中から人の声は聞こえてこない。
(図書室…か。ここなら寝れる…か…?)
図書室のドアを開けると、背の高い本棚の前で、本を片手に必死で背伸びをしている後姿が目に入った。他に人の居る気配はなく、サボリなのか図書委員の姿も見当たらない。
(なんだアイツ…。ちっせー)
ガクランを着ている事から男だという事はわかるが、その後姿は、女子の中に入ればうまく紛れてしまうだろうと思えるほど小さなものだった。
流川は、後ろから無言で彼の本を奪いタイトルを確認すると、『幸せお菓子作り・3』を同じタイトルの2と4の間に差し込み、(こんな、女が読むような本を高い棚に置くなんて、ここの図書委員バカだろ)と思った。
「あ…、ありがとう」
礼を言いながら振り向いた少年は、流川の姿を確認すると大きな目を更に見開いて息を呑んだ。
(おお…、顔も女みてー)
「流…川…君」
「ん………?なんだオメー…」
(知り合い…か?)
だが、バスケ部にこんな小さな部員はいないし、クラスにもいなかったはずだ。…多分。…いや、多分………。
「あ…僕、桜木君と同じクラスで…1年7組のです」
1年生にしてバスケ部レギュラーである流川は有名人で、まして同じように1年生レギュラーでライバルとも言われている桜木と同じクラスでは、流川の名を聞かない日はないほどだった。
「どあほう…」
「え…!?」
(どあほうのクラスメイトか…)
しかし、「どあほう」が流川の中での桜木の呼び方だと知らないには、自分が「どあほう」と言われたようにしか思えなかった。
(そういえば、流川君と桜木君ってあんまり仲良くなかったんじゃ…)
「ご…ごめん」
なにか気に障る事を言ってしまったのだと思い、震える声で謝罪を口にしたに、流川は改めて意識を戻した。
(おお…、なんだ?なんで涙目なんだ…)
本棚に片肘を掛けて、震えるに覆いかぶさるように立ちはだかる流川の姿は、ハタから見るとカツアゲをしている不良のようだった。
「おい…」
「っ………」
流川が声をかけると、揺れる瞳が流川を見上げ、唇が言葉を探して開かれた。ふっくらとした小さな唇がわずかに震えている。
気が付くと流川は、吸い寄せられるように顔を近付けていた。
「!!」
「………」
まるで時が止まったように沈黙が流れる。は先程までの恐怖も忘れ、呆然と流川を見上げた。
「い…今………、どうして…」
流川は考えた。「どうして」とは、「どうしてキスをしたのか?」という問い掛けだろう。当たり前だ。しかし、どうしてかと聞かれても…。
(わからん…)
「知らねー」
そう言い残した流川は、から離れると手近な椅子に腰掛け、机に顔を伏せて寝始めてしまった。
(な…何それ………)
はその場にへなへなと腰を落とした。
(流…流川君って………)
『キス魔』
それが、の中での流川に対する初対面での印象になった。
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