T want to be loved
前編
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「お疲れー」
「お疲れ様」
 ライブ後の興奮も冷めやらぬ楽屋で、は着替えたばかりのステージ用衣装をバッグに詰め込んだ。そして、ペットボトルのミネラルウォーターで、酷使した喉を潤すと、ふーっと大きく息を吐き出した。
 心地良い疲労が全身を満たしていく。
 はこの瞬間が最も好きだった。
 もちろん、ライブ中の観客と一体となる興奮も、何物にも代え難いものではあるが、最高のライブをやり終えた後の満足感は、また格別だった。
「今夜も最高だったな〜!打ち上げどこ行く?…っと、おい、庵!」
 一人、無言で楽屋を出ようとした庵を、ギターでバンドリーダーのキリが呼び止めた。
「俺は行かん」
 庵は、振り返りもせずにそれだけ言うと、楽屋を出て行ってしまう。
「おいおい〜…」
 打ち上げと称して盛り上がりたかったらしいキリが、興が殺がれたように肩を落とすが、は慌てて、飲んでいたペットボトルの蓋を閉めると、荷物を引っつかんで立ち上がった。
「ごめん、キリ!僕も今日は無理っ!」
「は!?なっ、ボーカルのお前が…って、オイ!」
 キリの呼び止める声に心の中で謝罪して、は庵の広い背中を追いかけた。


「庵っ」
 走りながら声をかけると、無言で振り返った庵に、なぜか鼻で笑われた。
「フン…、詐欺だな」
「へ?さ、詐欺!?…何が?」
 再び歩き出した庵に問いかける。
「身長」
 振り向きもせずに言い放たれた言葉に、庵が言わんとしている事がわかったは、グッと言葉に詰まる。
 ライブ中のは、ヒールの高い靴を履いているため、庵との身長差はほとんど無くなるが、実際の身長は170cmそこそこしかない為、普段のローヒールの靴に履き替えてしまうと、庵との身長差は格段に広がる。
(ひ…、人が気にしてる事を〜………)

「?わっ」
 名前を呼ばれて顔を上げると、ひゅっという音と共に、何かが飛んでくる。慌てて両手で掴むと、それが冷たい缶である事がわかる。
「ビ…、ビール?」
 いつの間に買っていたのか、道路脇の自動販売機からもう一本ビールの缶を取り出すと、庵はその場でプルタブを開け、グイッと呷った。
「ありがとう…」
「家、来るんだろ?」
「ん、うん…。行っていい?」
 受け取ったビールの缶を開けながらが問いかけると、庵は無言のまま歩き出した。
(…いいって事だよね?)
 庵は、嫌な時の意思表示はハッキリしている。何も言わないという事は、YESと取っていいだろう。
 は、比較的ゆっくりと歩く庵の隣を、チビチビとビールに口を付けながら歩いた。










「おじゃましま…っン!」
 庵のマンションの玄関に入った途端、腕を引き寄せられ唇を塞がれた。
 まだ中身の残るビールは、庵の手に奪われ、下駄箱の上へと置かれる。
「い…、庵っ…」
「こういうつもりで来たんだろう?」
「っ………」
 違うとは言えない。
 は、庵の部屋に来ればこうなるであろう事は予想できていた。それに、庵とは既に『そういう関係』なのだ。今更、嫌だと言う気はない。
 しかし…。
(今日は、聞きたいことがあって来たんだけどな…。まあ、良いか、後で)
 抵抗した所で、力で敵うわけがない。はおとなしく庵の首に腕を回し、その口付けに応えた。


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