この宮の主、イールフォルト・グランツの従属官であるは、所在無く宮の中を歩き回った。
グリムジョーらと共に現世へと出掛けたイールフォルトはまだ帰らない。
何だか嫌な予感がした。
「やあ、」
「!!…ザエルアポロ…、なぜ貴方がここに…」
何のつもりか霊圧を消していたらしく、突然目の前に現れたザエルアポロの姿に、は思わず身構えた。
この男が、自分の主であり恋人でもあるイールフォルトの弟だとは当然知っているが、はなぜかザエルアポロがとても苦手だった。
自分でも理由はよくわからない。だがこの男の視線は、いつもを居たたまれない気分にさせた。
今も、ザエルアポロはに舐めるような視線を絡ませていた。
「ふふふ、そんなに警戒しないでほしいね。せっかく面白い情報が入ったから君にも教えてあげようと思ったのに」
「面白い…情報、ですか?」
「情報」という言葉にが反応すると、ザエルアポロはニヤリと唇を歪めた。
「ああ。兄が死んだ」
笑い顔のままでサラリと言われたセリフに、頭が混乱する。
「………な…、誰が…何ですって…?」
「聞こえなかったのか?兄だよ。僕の兄、イールフォルト・グランツが死んだ」
「何を…馬鹿な。…嘘だ………!」
一瞬、冷ややかな表情を見せたザエルアポロは、鼻で笑うとに嘲笑うような視線を向けた。
「僕に向かって「馬鹿」だなんて今後は間違っても言わない事だね。良いだろう、まだ現実を理解していないらしい馬鹿で可愛い君に説明してやろう。僕は以前、奴の傷を治療するついでに、録霊蟲を身体中に仕込んでおいたんだよ。そしてつい先程、奴の身体の霊蟲が教えてくれた。イールフォルトは死んだ、とね」
は余りの事に言葉も出なかった。
ガクガクと震える脚は身体を支える役目を放棄し、その場に崩れるように腰を落とした。
そんなの姿を、ザエルアポロは楽しそうに口元を歪めて観察した。
「ふふふふ…。僕は君の事もよーく知っているよ」
ザエルアポロの言葉に、はゆっくりと顔を上げた。
これからザエルアポロが言うであろう言葉を、既に予測できている顔だった。
「ふふ、勘の鋭い子は好きだよ。…そう、全部知ってる。君が奴にとってただの従属官じゃなかった事も、君がどんな声で鳴くのかも、奴に抱かれてどんな風に乱れていたのかも、全部知っている」
はザエルアポロの視線の理由が、今はっきりと理解できた。
彼は見ていたのだ。自分が彼の兄と連夜行っていた行為を、録霊蟲を通して…。
目眩がした。
余りにもショッキングな情報を、一気に脳に流し込まれたは心底楽しそうにを見ているザエルアポロの姿を、自分の意識が闇に飲まれる瞬間まで、ただ呆然と見ている事しか出来なかった。
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