Nihil aliud est ebrietas quam voluntaria insania.

 ――アレン、おまえ、ティムは好きか...


 それはまるで、彼の愛情を試すような質問だと、なぜか私は思ったのだ。




 24時間体制での“14番目のノア”アレン・ウォーカーの監視任務。それは彼の後ろに付いて、イノセンス回収/アクマ破壊を目にする日々だった。それは時に彼の横に並んで、食事をし風呂に入り少しだけ話をして眠りにつく__そういう日常だった。彼の前に立って彼を護ることはない生活だった。


「君らは反りが合わないのだな、」 と私は彼に向かって云った。神田ユウと彼が組まされた任務に同行した、初めての夜のことだと記憶している。シャワーを済ませ、ベッドの端に腰掛けて髪を拭いていた彼は、そう告げた私を不思議そうに見上げた。
「...僕と神田のこと?」 まるで__お前がそれを云うのか、と文句を付けられたような気がした。 「見たまんまですよ。まさかもっと仲良くしろなんて云いませんよね?」
 彼はほんの少しだけ口元を歪ませた。この少年には到底似合わなそうな、皮肉げな笑みだった。
「...過剰に親しくなれと云うわけではないが、任務に支障をきたさない程度に友好的になってはどうなんだ、」
「リンクっておかしなことを云うんですね!」 彼は短い笑い声を上げた。 「云ったでしょ、見たまんまですよ。貴方の云うとおり僕と神田は絶望的に反りが合わないんです。譲歩の価値なんてもうこれっぽっちも残されていやしないんですよ!」
 子どものようなことを云って反論してくる__いや、アレン・ウォーカーは(推定)15歳のまだほんの子どもだ。だがしかしその左胸に薔薇十字を飾っている限り、彼は戦士であるのだ。それは逃れられない運命だ__私が負っている黒い羽と同様に。
「任務はじゃれ合いの場ではないのだぞ、ウォーカー。常に気を引き締めていなければ...」
「油断は死を招く、って云うんでしょう。リンクってほんとそういうところ師匠とそっくり似て――」
 ふいに彼が口を噤んだことで、言葉は尻すぼみに消えた。彼が何を想ってしまったのか、私にはすぐに察せられた。この数ヶ月間、伊達に彼と時間を共にしてきたわけではない。だが、だからと云って彼に今掛けるべき言葉がすぐに浮かぶかと云えば、まったくそうではないのだ。
 クロス・マリアン元帥が失踪してから、彼は元帥からの隠されたメッセージを見つけた。私が所用で少しのあいだ彼から離れている間に、だ。戻ってくれば彼はその透き通った銀の両目を見開いて、ただ呆然と金のゴーレムを見つめていたのだった。どうかしたのか、なにかあったのかと尋ねる私に、彼はひどくたどたどしい言葉で答えたのだ__師匠が、マナを...ぼくを...
 泣くのかと思った。だが彼は涙を零しもせず、ゴーレムの羽をただしずかに撫ぜたのだった。短い雑音、録音されて幾分か掠れた低い声、クロス・マリアンからアレン・ウォーカーへのことば――
 それを彼の傍で聴いたとき、私は鳩尾のあたりに違和感を覚えた。理由は知れない。私にも心当たりがない。体調管理は完璧であったし、...今もそうだ。私の視線から逃れるように顔を逸らした彼を見て、そんな彼に何も云えないと焦っている自分をもうひとりの黒い自分に嘲笑されたからといって、どうして...こんな...
 苦しい想いをしているのは彼のほうではないのか。
 私はずっと見てきた。出逢ってから今まで、この子どもを。彼自身と、周りの者たちとを。ティムは好きか?__試す言葉/揺れる彼の心を。
 苛立ち、悲しみ、絶望__そして恐怖。溢れて渦巻き、彼を苦しめるのだろう。なのに泣きもしないこの子どもは、果たしてつよいのか。ああ私だってイラッとする。こんなにも胸のあたりがすっきりしない。気分が悪い。体調だけでなくメンタル面でも万全でなければいつかきっとつまらない失敗で死ぬに決まっているのに。
「...私をあのろくでなしの男といっしょにしないでもらいたい、」
「...否定はしませんけど、仮にも自分が師事していた人をそういうふうに云われると、なんか...」
「屈辱ですか、私もだ」
「リン...っ?!」
 組み伏した身体は驚くほどちいさかった。本気を出せばそのまま片手でも縊れそうなほど細い首筋に手を当てる。ウォーカーの両目はふしぎな色を弾けさせた。薄暗いランプの光のせいかもしれない。部屋の隅でうとうとしていた金のゴーレムが、物音で目を覚ましたようだった。私の下で暴れるウォーカーを案じたのか、後ろ髪に噛み付かれて引っ張られる。
「ティム、ティム...!」 ぽとりと力なく顔の脇に落ちていったゴーレムの名を彼は呼んだ。小うるさいゴーレムの羽の動きを私が封じたからだ。首を絞める手に力を込める。今すぐ彼が、“14番目”が正体を露わにしたならば、一切の弁解も遠慮もなくこの身体を引き裂いてやれるのに。そうしたならば、そうすれば、彼は...
「このゴーレムは好きなのか? クロス・マリアンは? ...“マナ”は? 君は云ったな、“マナが大好きだ”と。では……君が、」
 息を呑む気配がした。揺れる銀が私を見つめる。狂おしい愛に飢えた色が、私をじっと見つめてくる。
 泣いて訴えればいいのだ。子どものように。なぜなら彼は子どもだからだ。
 僕を愛して、僕をあいして、ぼくをあいして!
 音にならない声は私の鼓膜をすり抜けて心臓を叩く。ぼくをあいして!
 なんて凶器だ、なんて狂気だ、なんて狂喜だ!
「いやだ、いやだ、リンク! 聴きたくない! ききたくない...」 動けず転がったままのゴーレム、隠されたメッセージ、録音されたクロス元帥の言葉は哀願むなしく流れ続ける。いやだ__わめいて彼は首を振った。身を捩った。私は首から手を離し、混乱の極みに至る彼の両頬をできるかぎりのやさしさで包み込んだ。
泣けばいい...そうしたらきみを、愛してあげよう




(原作沿い/リン→アレちっく。師匠の声聴きながらぴーぴー泣いてるアレンくんをリンクが無理くり抱いてる妄想が本誌見た瞬間浮かんだので)