シリーズTOP



9月12日月曜日


「小テストを始める。」

いきなりそう言った数学の先生の言葉に、教室中が一瞬ざわめく。
僕、橋元忍(ハシモトシノブ)も『やだやだ』と小さく呟きながら
机の上に乗せていた教科書を引き出しにしまい始めた。

僕のクラスの担任は最近変わった。
仲良し4人組の一人、大友暁(オオトモサトル)の恋人である淀川雅史
(ヨドカワマサシ)先生の事件があったせい。(※Star Of Rainy Night)
あの事件後1学期の間は教頭先生が担任代わりをして、2学期の
始業式と同時に今教室の前方で小テストを配っている、数学教師の
三浦(ミウラ)先生に代わったんだ。
授業がわかりやすいベテランのおじいちゃん先生なんだけど、
何せ小テストが多いのがたまにキズ。

前からまわって来た小テストの紙を1枚取った後、後ろの皆瀬司
(ミナセツカサ)君に渡した。
『テストやだね〜』と苦笑いしながら話しかけたんだけど、ツカサ君は
何も言わずに机の上に置いたテストに視線を落としてしまった。
顔を下げた為に僕の方に向けられた、ムースなのかジェルなのかで
固められて、あちこちに立ち上がっている頭のてっぺんを見ながら、
小さく溜息を吐く。
そして『始め!』という先生の声にあわせて前を向き、シャープを
持ち直した。


僕の席は廊下側から3番目の後ろから2番目。
だから僕の後ろはツカサ君だけ。
つい2ヶ月前に他県から転校して来たツカサ君は、見た目が
ちょっとだけ不良っぽいし学校を休みがちのせいで、あまり
いい噂が無かった。
夜になると繁華街をうろついているとか、前の学校で女の子を
妊娠させたから転校になったんだとか。
それに夏休みを挟んだ上、ほとんど口を開かないから友達も出来ない
ようで、いつも一人でいる姿しか見た事がない。
だから何となく気になって、何かの度に話しかけたり
してるんだけど……

教室中に、カリカリ、という字を書く音だけが響いている。
僕も頭を悩ませながら10題の設問を必死で解く。
僕の後ろからも、ツカサ君がシャープを動かしている音が
聞こえていた。

ツカサ君は髪をあちこち立たせていたり、制服のズボンをパンツが
見えそうなほど下げて穿いているような、そんな見た目に似合わず
実はすごく頭がいい。
たまに学校をサボってしまったりはするけれど、それでもテストの
成績は常に学年トップクラス。
どちらかといえば体を動かす方が好きな空手バカで、成績も
中の下な僕は、ただただ凄いなと感心するばかりだった。

それからツカサ君の噂について、僕が信じてるものは一つもない。
確かにその見た目とか、190cmはありそうな身長で上から
見下ろされると少し怖い気もするけれど、それでもその瞳は
いつも透明だから。
曲がりなりにも格闘技をやっている僕は、相手の目を見ながら
次の動きを予想したり、どんな技を仕掛けてくるつもりなのか、
常に意識する癖がついている。
だからその目の奥で相手がどんな思いを持っているのか、少しは
わかるつもり。
ツカサ君の目の奥には曲がった光はない。
だからこの人は信用出来る人なのだろうと、最初から思っていた。