12月24日午後7時半。


「かんぱ〜い!」

6つのグラスがチーンという小気味良い音を立てて軽くぶつかり合った。
ここは高梨家の居間。
22日に2学期の終業式を終えて既に冬休みに突入している俺達は、奏の提案で24日にクリスマスパーティーをやろうという話になった。
だが雅史も皆瀬も仕事、俺は酒屋のバイト、高梨と忍は部活、という事で、自ら申し出てくれた奏の好意に甘え、奏が作ってくれた料理やケーキを高梨家で囲む事にした。
奏は元々料理がうまいが、父親の所に料理を持って行き、今日の夕方から夫婦水入らずでクリスマスを過ごしているという双子の母、真澄さん(おばさんと言うと叩かれる)が一緒に作ってくれた事もあり、飛び切りのご馳走だった。

カナッペやらローストチキンやらサラダやら、普段お目にかかる事の出来ない豪華な食事を前に奏と真澄さんの気持ちに感謝し、みんなうまいうまいと言って食べ始めたものの、何故か奏は一人で浮かない顔をしている。

「どうした〜、奏?
 全部一人でやらせたから疲れたのか?
 何だか悪かったな、お前だけに負担かけて。」

申し訳ない気持ちになりながら声をかけると、忍達も一斉に奏に視線を向け、口々に感謝と侘びの言葉を言い始める。
すると奏は 『いや、そうじゃなくて……』 と首を横に振りつつ小さく溜息を吐いた。
一体どうしたのだろう?とみんなで顔を見合わせながら首を傾げていると、奏の隣の高梨が、窓際にあるクリスマスツリーの横に置かれていた紙袋に視線を向ける。
そしてきらびやかな金色のリボンが付けられたクリスマスカラーのでかい紙袋を指差し、『本気だったのか?』 と奏に小声で声をかけた。
奏がそれに頷くと、何故か高梨まで深い溜息を吐いて頭をがっくりと落としている。

7時過ぎに俺と雅史が到着した時には既にあの紙袋は置かれていたし、お互い負担になるのでプレゼント交換は初めからしない事にしていた。
だから人様の家の物をいちいち気にする事はなかったのだが……

「ねぇねぇ奏、その紙袋、何が入ってるの?」

不思議そうな顔をしながら忍が奏に尋ねる。
するともう一度溜息を吐いた高梨が立ち上がってツリーの方に歩み寄り、紙袋を両手で持ち上げておもむろに破り捨てる。
それと同時にドサドサと音を立てて床に何かが落ちた。
唖然と見ていた俺達の前に現れた赤と白のそれは……サイズやデザインの違う3着のミニスカサンタの衣装。
おまけにトナカイの被り物まで三つついている。
これは一体……


そう言えば奏が料理をすると申し出てくれた時、材料費は奏以外のメンバーで集めて当日渡すからと言ったのだが、『いや…ちょっと……あまりにも申し訳なくてそれはもらえない』 と意味不明な発言をしたので 『申し訳ないってどういう事だよ?』 と聞くと 『そ、それは当日わかるから』 と言っていた。
奏の意味不明な発言の理由は知らないが、どちらにしろ奏一人に何もかも負担させるわけにはいかないので、俺は雅史にも忍にも忍を通して皆瀬にも、材料費は当日集めるからと伝えていた。
雅史は自分が全額払うつもりで金を用意していたらしいが。

「……奏、まさか申し訳ないってこれか?」

「申し訳ないって何だよ?」

隣の雅史が俺に尋ねてくる。
その途端 『みんな、ごめん!』 と言って頭を抱えた奏を、溜息を吐いている高梨以外の全員で訝しげに見たものの、その後、奏の話を聞いて頭を抱えたのは俺達の方だった……


****************


原因はあの龍門祭のコスプレ。
あの時に撮った写真は各自それぞれで持っていたのだが、もう一度見たいと言った奏に俺達のも忍達のも貸してあった。
それをどうやら真澄さんにみつかってしまったらしい。
あの写真を見ればそれが誰なのかも、それぞれが恋人同士だという事もすぐに気が付くだろう。
俺と忍は何度もここに遊びに来ているからその時に会っているし、もちろん忍と付き合っているとは言ってはいないが、その時に皆瀬の話題も出ている。それに雅史は奏の担任だからわからない筈がない。
奏は慌てて隠したそうだが、既にしっかりとそれを見た後の真澄さんは、面白いもの見付けちゃったわ〜、と言いながら楽しげに一つの交換条件を出したという。

だがそこまで話した後、その肝心な交換条件の中身についてなかなか奏が言おうとしないので、それまで黙っていた皆瀬が口を開く。

「大友と淀川の事を学校に言うような人じゃないんだろう?
 だったら何と何が交換条件なんだ?」

もっともな疑問だ。
真澄さんは俺達の事を学校に報告したりするような人じゃない。
だが、真澄さんの趣味を知っている上に、ここに来る度に双子のラブラブっぷりを無理やり聞かされてきた俺は、ものすご〜く嫌な予感がしていた。
今まで一緒に同じ目に合って来た忍も、どうやら俺と同じ結果に辿り付いたらしい。

「まままままさか、奏……」

床に落ちている衣装を指差してどもりながら言った忍に、奏は俺よりもでかい体を必死に小さく縮めて、また 『ごめん!』 と言う。
マジかよ……


皆瀬と同様いまいち話が飲み込めていない雅史が、『結局どういう事だ?』 と訝しそうにしていると、高梨が溜息を吐きながら右手でサンタの衣装を、左手でトナカイの被り物を拾い上げた。

「うちのお袋は特殊なんだよ。
 俺達の関係を認めてくれる分、変な趣味があって……
 暁達の事を学校側に告げ口するような真似は間違いなく
 しないが、その代わりにそれぞれの馴れ初めだのなんだ
 のを根掘り葉掘り聞かれる。
 だからそれをされたくなければこれを着て撮った写真を
 見せろって事だ。」

雅史も皆瀬も、さすがに高梨が持っているモノを見たまま固まっている。

俺達6人は別に普段の付き合いについてそれ程話している訳ではないし、特に話されて困るような事もあまりないとは思う。 (高梨家の階段の壁にあるシミについては、楽しそうに話す真澄さんから無理やり聞かされたが……)
だが付き合うまでの過程はお互いに良くわかっているから、雅史の昔の件を含め当然このメンバー以外に知られたら困る事もある。
けれど高梨ならばまだしも、奏はあの真澄さんの追及の手から逃れる事は出来ないだろう。
だから奏は写真を撮るという交換条件を飲んだんだろうが、まったく厄介な事になったもんだ……

……個人的には雅史のミニスカサンタを見たくない事はない。
いや、見たいと言った方がいいかもしれない。
普段可愛げのない憎まれ口しかきかない雅史だが、今高梨が持っているあの赤と白の衣装を着せれば、間違いなく赤くなって恥ずかしそうにするだろう。
可愛い雅史は見たい。
確かに見たいが、その隣にトナカイの俺?
有り得ない……
忍は確かにハマルだろう。
だが奏は俺よりでかい178cmの大男だぞ?
高梨は見たいのかもしれないし奏にも悪いが、正直俺は見たくない。
それに高梨にも皆瀬にも、キャラ的にトナカイの被り物はないだろう。

……頼むぜ、双子の母ちゃん……