シリーズTOP



※18禁※

「……ふ…んん……」

ベットに一糸纏わぬ姿で横たえられ、体中に舌を這わされる。
僕が最初に出した、 キスは絶対しないという条件をきっちり守りながらこの人は僕を抱く。
好きになった人以外と、キスだけは絶対したくなかった。
……そのせいで僕は未だにキスをした事がないんだけど。


「は…あぁ……」

毎度の事ながらそのテクニックにのめり込みそうになる。
普通の客はこんな風に優しく僕を抱かない。
まぁ自分の欲望を遂げる為にだけお金を払うのだから 当然なんだけど。
でもこの人はまるで恋人同士のように僕を抱く。
だから余計に感じちゃうんだよ……

シャツの前だけをはだけて僕に覆い被さっているその人物を 盗み見る。
年齢不詳って感じだけど、しっかりと撫で付けられた濃い茶色の髪に いつも仕立てのいいスーツを着ていて、とても落ち着いた雰囲気だ。
顔は好みのクール系で、変なプレイも要求されないし、 お金の払いもいい。
周りの奴らが羨ましがるほどイイ客なんだけど……


この人に買われるのはこれでもう6度目。
初めて買われたのは今から1ヵ月半前の金曜の夜。
その日以来、毎週金曜日の夜7時に必ず現れる。

最初からこの人は無言だった。
僕が何を聞いても何を言っても、一切口を開く事はなかった。
僕がいつも客待ちをする路地裏には、僕以外にも客を取っている 奴が何人かいる。
それなのにこの人は路地裏に入るなりまっすぐ僕の所まで来て、 無言で札を5枚僕の手に握らせた。
そして驚いている僕の腕を掴み、 そのまま今と同じシティホテルに連れ込んだんだ。

通常の何倍もの金額をもらったし、見た目も結構好みだったので、 それなりにテクに自信がある僕は結構頑張ってサービスしたつもり。
それなのにこの人は全く声を漏らす事はなかった。
その上逆に散々朝まで喘がされ、 翌日、相変わらず無言のままテーブルの上にホテル代を置いて 出て行った。


きっともう会う事はないだろうと思っていたのに 翌週の金曜日、また僕の前に現れた。
それ以来、何とかリベンジをしようと毎週僕は頑張るのだけど、 今の所一度も成功していない。
今では他の客とヤってる時でさえ、 あの人はどんな声をしてるのだろう?と気になって仕方がない。
だから今日こそは絶対に声を聞いてやる。


出来るだけその感触に意識を向けないように、 他の事を考えて気を逸らそうとする。
すると、通常と違う反応の僕におかしいと思ったのか、腹を舐めて いた舌を止め、僕の方を上目遣いに見上げてきた。
欲望に濡れたちょっと上がり気味の目。
唾液で光る淫靡な唇。

……ドクン。

それを見た瞬間、僕の体は勝手に反応してしまう。
その様子に満足したのか、僕の目を見詰めたまま僕のモノに舌を 這わせた。

「……うあっ…んっ…」

ヤバイと思うのに、目が逸らせない。

「……や…やめっ……」

思わず僕が口走ると本当に止めてしまい、 視線はそらさないまま立ち上がって はだけていた自分のシャツのボタンを留め始めた。


いきなり中途半端な所で放り出されて、何が何だかわからなかった。

「ちょ、ちょっと。何で止めちゃうの?
 今のは言葉のあやって言うか口癖って言うか……
 ホントに止めてもらいたかったわけじゃなくて……」

上半身を起こしてしどろもどろに言う僕を、黙って見詰めたまま ボタンをする手を止めた。
このままだったら僕は辛いだけだし、お金は前払いで 貰っているんだからここで止めるわけにはいかない。
それに……

僕はいつの間にかお金を貰わなくても声を聞けなくても、この人に 抱かれたいと思っていた。
金曜日が待ち遠しくて仕方がないし、前はお金さえ貰えればどんな 奴とヤルのも我慢出来たのに、今ではこの人以外に触られるだけで 吐きそうで、必死にこの人の顔を思い浮かべては早く終わってくれる のを祈っていた。
名前さえ知らない人なのに……


思わず黙り込んで下を向いていると、パサッと音がして、僕の肩に バスローブがかけられた。
驚いて見上げると、ベットの縁に腰を下ろし、自分の膝を ポンポンと叩く。

……膝の上に座れって事かな?

そう思った僕は、かけてもらったバスローブに腕だけ通し、 ベットの上を四つん這いで近付いた。
でもいざ近くまで行くと、たかが膝の上に座るだけなのに 何だか恥ずかしくなってきて、ちょっと手前で止まってしまう。
するとちょっと首を傾げた後、いきなり僕の両脇に手を入れて 持ち上げ、向かい合うように跨がせた。


相手はスーツのズボンにシャツを羽織っているが、 僕はバスローブに手を通しただけの素っ裸だ。
何だかすごく淫猥な感じがして、いてもたってもいられなくなる。

……今までこういう体位なんか何度もした事があるのに、 何でこんな恥ずかしいんだろ。

思わず赤くなってしまう頬を見られないように下を向くと、 僕の額に額を付け、目を閉じたまま動かない。
目の前にはこの人の唇がある。少し薄めの唇は緩めに 閉じられていた。

……キスしたい……

唐突にそう思った。
客とキスはしないって決めてるのに。この人は客なのに……


気付いたら、僕はその唇にキスをしていた。
体を重ねるだけなら数え切れない位してきた。
でも、そんな僕が唯一守ってきた場所……

自分のバスローブの裾を握ったまま、無理にあわせた唇は 少しずれて、相手の口端に当たってしまった。
でも、正真正銘僕の初めてのキス。
名前も知らない相手だけど、僕は後悔しない。
だって、きっと僕にとって初恋の人だと思うから。


少し経って僕が唇を離す。
そのまま僕は顔を下げ、恥ずかしさと気まずさで顔を上げることが 出来なかった。

「……客にキスはしないんじゃなかったのか?」

突然耳元で掠れた低い声が響く。
いきなりの事に僕は飛び上がる。
初めて聞いた声。
その声は思っていたよりも低く、僕の芯を甘く蕩かしてしまう。

こんな声だったんだ……

ゆっくりと僕が見上げると、答えろ、と更に言われた。

「……キス、したかったから。」

「何故?」

「……何となく。」

「それじゃあ答えになってない。」

即答されて、僕は答えに窮する。
でも、やっと喋ってくれたと思ったらいきなり問い詰められて、 僕はだんだん腹が立ってきた。

「……急にあんたとキスしたくなったんだよ!
 あんたが客だってわかってるし、名前も知らないし、
 声も聞かせてくれないし、
 自分でもおかしいってわかってる。
 でも他の奴には触られたくないし、
 他の奴とヤっててもあんたの事ばっかり考えちゃうし!
 それなのにやっと声を聞かせてくれたと喜んでいたら
 いきなり問い詰められて……
 もういいよ。
 あんたなんか好きになっちゃった僕が馬鹿だったんだ……」

喋っているうちに感情が高ぶってしまい、声は大きくなるし 言ってる事は訳分かんないし、涙は勝手に流れてくるしで散々だ。
さっさと自分のねぐらに戻ってこの人の事は忘れてしまおう、と 僕が膝から降りようとした途端、思いっきり抱き寄せられて 唇を重ねられ、息つく暇もなく次から次へと追い立てられる。


ようやく息をついて唇を離した後、静かに語りだした。

「以前会社の同僚がお前の客になった事がある。
 本気で惚れて何度も抱いているのに、キスをさせてくれないと
 ぼやいていた。
 本命の人としかしないと断られた、と。
 最初はどんな奴かと好奇心だけであの路地裏を覗いたんだ。
 でも、その時からお前が気になって仕方がなくなった。
 何度もお前を見に行くうちに、同僚が諦めたのを見てお前を
 買いに行った。」

……そう言えば結構しつこかった人がいたっけ。
プレゼントをくれたり、お金をはずんでくれたりしたけど、 どうしても仕事以上に思えなくて、最後はもう仕事を請けられないと 断った。

「お前を買う前に、俺は決めていた事がある。
 お前が本当に好きな奴以外唇を許さないように、
 俺もお前が俺の事を好きになるまで一切口を開かない、と。」

僕の体に震えが走った。
僕が知るよりも前から僕を見ていてくれて、その上こんな仕事を している僕を全く軽蔑する事無く求めてくれたんだ……

「……僕は矢追森(ヤオイシン)。あんたの名前は?」

「……佐倉智紀(サクラトモノリ)。」

トモノリ、トモノリ……

「トモノリ、僕にいっぱい声を聞かせて。その声で僕を呼んで。
 そして僕を抱いてよ。」

僕は涙を流しながらそうトモノリに告げた。

「……シン、この仕事を止めて俺だけのモノになれるか?
 俺の家で一緒に暮らして、絶対他の奴にその体を触れさせないと
 誓えるか?」

それはずっとこの仕事で生きてきた僕にとって、とても大きな 決断だった。
でも。

「トモノリが一緒にいてくれるなら、僕はもうトモノリだけでいい……」

流れ続ける涙はそのままに、僕はもう一度自分から口付けた。

− 完 −

2005/05/15 by KAZUKI



誤字脱字や感想等何でもOKです。
一言頂けるととっても励みになります♪(改行できます)
お気が向いたらで構いません。お返事はTHANXページで……