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The Star Festival

『under the moon』の葛城宗と木下柚月の場合
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平日の木曜日だというのに人でごった返しているデパートで、満載に詰め込まれた
エレベーターに乗り、催事場のある9階を目指す。
一番奥に立っている私、葛城宗(カツラギシュウ)の前には紫色に髪を染めた
60代位の女性がおり、前から押されるのが苦しいのか、私の方にギュウギュウと
体を押し付けて来る。
甘ったるい香りが鼻腔を刺激し、香水を瓶ごと頭からかぶっているのではないかと
思うぐらいの強烈な香りを嗅ぎながら、混雑しているのだから仕方がないとは
思いつつも心の中で溜息をついた……

今このデパートでは七夕市という催事を行っており、全国各地から七夕にまつわる
物産品・装飾品などが集められている。
そしてそれと同時に、近隣の子供達が描いた絵画コンクールが1週間前から
行われていて、その特別審査員として風景画家であり私の恋人でもある
木下柚月(キノシタユヅキ)さんが招待されていた。
今は社長業の時期で多忙な為、ここしばらくなかなかユヅキさんと会う時間が
取れなかった私は、やっとの事で今晩から月曜の朝まで時間を作った。
七夕当日の今日が催事の最終日なので、ユヅキさんも今日さえ終われば来週まで予定はない。
だから催事が終わる5時にあわせてここに迎えに来たのだが、
普段こんな所に出入りしないのであまりの人の多さに少々ゲンナリしていた。

このデパートは会社の提携先の一つではあるが、以前に数度仕事で訪れた時は
裏口から入って従業員用のエレベーターを使用させてもらったので
今みたいな羽目に陥る事はなかった。
けれど今は仕事ではなく私用で来ているので、さすがに我が儘も言えないし
仕方なくこのエレベーターに乗っている。

エレベーターは途中の階で止まる事なく、チーン、という音と共に
私が目指す9階で止まった。
わらわらと前方から順に人が降りて行き、私の前にいた紫色の髪の女性も
降りていく。
その事に安堵しながら私もエレベーターを降り、『七夕絵画コンクール』と
書かれた看板を目指した。


伝統的な七夕の装飾品などが陳列されている奥にその会場があり、そこに
近付くにつれて親子連れの数も増えていき、思わず私は足を止める。
母親と手と手をしっかり繋いで心許なげに歩いている子や、
父親に何かしらねだっている子の姿などを微笑ましく思いながら見ていた。

私は元々子供が好きな方だし、ユヅキさんと出会うまでは普通に
自分の家族というものを夢に見ていた。
私の子供はどんな顔をしているのだろうと思ったり、息子だろうか
娘だろうかと思ったり。
けれど一生を共にする相手に同性を選んだ以上、当然それは
捨てなければならない夢だった。
その事に全く後悔はしていないし、そんな事でユヅキさんへの思いが
変わる事も当然ない。
子供に自然と目が行ってしまうのは事実だけど、それはあくまでも
子供という存在自体が好きだから。
とても辛い事だけど、異性と結婚しても子供が出来ない事だってある。
けれどそれでも夫婦で仲良く暮らしている人達を沢山見てきた。
だから私とユヅキさんの間に子供が出来ない事は、全く何の障害にもならない。
というより、どんな障害があった所で、もう二度とユヅキさんを
手放すつもりなどないのだけど。

そんな事を思っている私の方を、いつの間にか私に気付いて近寄ってきた
ユヅキさんが、不安そうに見ている事には全く気がついていなかった。


****************


「シュウさん、わざわざ迎えに来てくださってありがとうございます。」

その声に振り向くと、いつものラフな服装とは違う、紺の三つボタンスーツを着た
ユヅキさんが私から少し離れた所に立っていた。
何だか就職活動中の大学生のようで、とても新鮮で可愛らしい。

「まだ少し早かったですね。大丈夫ですか?疲れてませんか?」

そう聞くと、大丈夫です、と答えるが、僅かに顔を逸らしていて
私の方を見ていない。
どうしたのだろう?
いつも私といる時は、少し恥ずかしそうにしながらもしっかりと
視線を返してくるのに。
そう思ってユヅキさんのすぐ目の前まで近付く。
すると一瞬顔を歪めて、シュウさんのコロンじゃない、と小さく呟いた後

「……この後急に予定が入ったので、僕、シュウさんの所に
 行けなくなっちゃいました。
 だからシュウさんも僕に気兼ねなく週末を過ごしてください。
 せっかく迎えに来てもらったのにごめんなさい。
 じゃあ僕、最後の審査が残ってるのでこれで失礼します。」

と私を通り越してコンクールの会場に足早に向かっていった。

……なんだ?どうしたんだ?
今日はこの後駅弁でも買って電車の中で一緒に食べながら
私の宿に向かうつもりでいた。
せっかくの週末だから宿でゆっくりしようと、昨日の電話で
確認しあったばかりなのに。

何が何だかわからないまま、呆然としながらその小さな背中を見送った。


その後どうしようか迷ったものの、何故急に駄目になったのか
ちゃんとした理由を聞くまではやはり帰れないと思った。
なのでコンクールの会場に行き、沢山の親子連れの一番後ろに立って
最終審査の様子を見ながらユヅキさんが終わるのを待つ事にした。

会場の一番奥に仮舞台が設置してあり、白いクロスがかけられた長テーブルに
ユヅキさんを含めた4人の審査員が並んで座っている。
10人の最終審査に残った子供達が、天の川の絵や笹の絵、
そして織姫と彦星の絵などを持って次々と自分の描いた絵の説明をしている。
他の審査員はそれを見ながら何やらメモを取っているが、ユヅキさんは
一枚一枚の絵をジッと見るだけで一切メモなどは取らない。
そして最後の一人の説明が終わり、審査員が集まって打ち合わせを始める。
その時ふとユヅキさんが私の方を見た。
一瞬驚いたような顔を見せたのは、きっと私が帰ったと思っていたからだろう。
微笑んで返したのだが、何故か少しだけ悲しそうにすぐ視線を逸らしてしまう。
その様子を見ながら、ふぅ〜、と小さく溜息をついて、
私が何かしたのだろうか?と考え込んだ。

「カツラギ様、どうされたのですか?こんな所で。」

突然声をかけてきたのは、このデパートの広報部長だった。
確か『斉藤』とかいう名前だと思ったが、何度か会った事があった。
いかにもやり手な感じの女性で、きびきびと仕事をこなしていく姿には
結構好感が持てた記憶がある。

「こんにちは。今日は仕事で来てる訳ではないですよ。
 たまたま私用で立ち寄ったら面白そうな催しをされていたので
 思わず足を止めてしまったんです。」

審査中という事もあり、ざわざわとざわめく会場内ではお互い声が聞こえ辛く、
私は頭を下げて彼女の方に少し口元を寄せて話をした。
すると彼女も私の耳元に口を近付けて答える。

「それはありがとうございます。楽しんで頂けたのでしたら幸いでしたわ。
 それから偶然お会いしたついで、と言っては申し訳ないのですが
 先日貴社にお伺いをたてた企画について少々補足があるものですから
 今少しだけお時間を頂けませんか?」

私は小さく溜息をつく。
やっと仕事を片付けて来たばかりだというのに。
それに彼女が言っている件に関しては手元に企画書が届いてはいるものの、
まだまだ社長である私が口を出す段階ではない。

ふと彼女から視線を逸らして審査員席に視線を戻すと、既に審査が終わって
何人かの子供達が賞状を受け取っている所だった。
しかしユヅキさんはそちらを見ようともせずに、先程よりも更に
悲しそうな顔をしながら唇を噛んでじっと私を見ている。

あの顔は……もしかして泣きそうなのを我慢している……?

「その件に関しては改めてうちの営業の宮元に時間を取らせますよ。
 私はこの後用事があるもので。申し訳ないですね。」

ユヅキさんの元に走り寄って行きたい気持ちを必死で抑えながら
それだけを答える。

「わかりました。こちらこそ突然申し訳ありません。
 それでは宮元様にご連絡させていただきます。」

彼女がそう言って会場を後にすると同時に、会場内で大きな拍手が沸き起こった。
きっとグランプリが決まったのだろう。
これでユヅキさんも仕事は終わりな筈だ。
あの泣きそうな顔は、もしかしたら私と彼女の会話する様子を見て
何かあらぬ誤解しているのかもしれない。
宿に来るのを断った理由はまだわからないけれど
一刻も早くそっちの誤解は解いてやらなければ。


会場から出てくる人波に逆行して会場の一番奥に向かう。
ユヅキさんはグランプリを取ったらしき小学校4年生位の少年に声をかけていた。
私はさりげなく傍まで近付く。

「……とても素晴らしい絵だったね。
 今度はクレヨンじゃなく、絵の具を使って描いてみたらどうかな?
 きっと君ならもっともっとうまくなると思うから、頑張ってね。」

少し緊張気味の少年に、柔らかい前髪を揺らしながら優しく話しかけ
握手をしていた。
きっとユヅキさんは彼が最初からグランプリになると思って
メモを取ったりなどしなかったのだろう。
その後少年の両親からも握手を求められ、顔を赤くして照れながら握手を返す。
その様子がやはりとても可愛くて、早く私の腕の中に閉じ込めたくて堪らなくなる。

少年と両親が頭を下げて会場を出た後、ユヅキさんは関係者らしき人と
いくつか言葉を交わす。
そして、お疲れ様でした、という声に微笑みながら会場を後にしようとして
初めて私が傍にいる事に気がついたらしい。
一瞬目を丸くして私を見上げた後、顔を逸らしてそのまま私の前を
通り過ぎようとする。
私はその細い腕を掴み、抵抗するのも無視したまま、『関係者以外立ち入り禁止』と
書かれた扉の中に入っていった。

「ちょ、ちょっと、シュウさん、こんなとこ入ったら怒られますよ?!」

私がユヅキさんを引っ張ってきたのは従業員専用のサンルーム。
このデパート自体は12階建てなのだが、途中の9階から出られる場所に
小さな空間が設けられている。
以前ここに来た時に相手先の社長自らが案内してくれて、余り人がいないので
その社長もたまに息抜きで来るのだと言っていた。
今は丁度デパートも忙しい時間だし、人が少ないだろうと思って来てみたのだが
案の定誰もいない。
それをいい事に、私はさっさと扉の鍵をしめた。

私に腕を掴まれながらおどおどと周りを見ているユヅキさんの様子が
怯えた小動物のようで、思わずクスッと笑いが漏れる。
私はユヅキさんの腕を放し、自分の腰に両手をあてて顔を覗き込む。
すると少し赤くなりながらパッと顔を逸らしてしまった。

「ユヅキさん、今日は一体どうしたのですか?
 突然約束をキャンセルしたり、泣きそうな顔で私を見たり。
 ユヅキさんと週末を過ごす為に、必死に仕事を片付けてきたのですよ?
 ちゃんと理由を話してくれるまではここから1歩も出しません。」

我ながら意地悪い物の言い方だとはわかってはいるが、そうでもしなければ
理由も言わずに一人で勝手に悩んでしまうだろうと思った。
だからその口からきちんと理由を言って欲しかった。
すると少し間を置いて、ごめんなさい、と言った後、黒目がちの瞳を伏せて
小さな声で話し出す。

「……最初シュウさんが子供達を微笑ましそうに眺めているのを見て
 やっぱりシュウさんは大会社の社長さんなんだし、跡継ぎが必要だよなって
 思ったんです。
 でも僕はシュウさんの子供を生んであげられない。
 だけどシュウさんが僕を望んでくれるなら、それならそれで養子をもらうとか、
 いくらでも方法はあるって自分で自分に言い聞かせたんです。
 なのに……」

「なのに?」

私が聞き返すとその大きな目に涙が沸いて来る。
思わず抱き寄せたくなるが、最後まできちんと言葉にしてもらう為に
あえてそれを我慢する。

「……なのに、シュウさんは女性物の香水のニオイをさせて
 Yシャツにはファンデーションをつけてるし
 おまけにすごく綺麗な女性ととても仲良さそうに喋ってるし……
 だからやっぱり女性の方がいいのかなって思って……」

香水とファンデーションって……
香水は自分ではわからなかったが、Yシャツを見下ろすと丁度胸の辺りに
うっすらとファンデーションがついている。

……エレベーターに乗った時だ……

私は大きく溜息をつきながらも、やきもちを焼いていてくれたのだとわかって
嬉しかった。
今にも零れそうになっている涙を親指で拭ってやり、そのまま抱きしめる。

「やっ…やだっ……離して……!」

そう言いながら必死で手を私の胸に突っ張って腕の中から逃れようとするが
もちろん逃がしはしない。
更に力を込めて抱き寄せると、私の力に抗う事が出来ずそのまま胸に
顔を埋める格好になった。
だが、それでもまだ暴れようとする。

「……ユヅキ」

耳元でそう囁くと、急に抵抗を止めた。
汚い手だとわかってはいるが、私に呼び捨てで呼ばれる事に弱いという
ユヅキさんの弱みを利用する。

「もしかして私がユヅキ以外とこうやって抱き合っていたんじゃないかと思った?」

胸に顔を埋めたまま、小さく頷く。

「それで不安になってしまったんですか?」

また頷いた。

「香水もファンデーションも混雑したエレベーターの中でついたものですよ。
 それに先程話していた女性はこのデパートの広報部長で
 偶然会ったので仕事の話をしただけです。
 でも不安にさせてしまったのは事実ですから
 それは私が悪かったので謝りますね。
 ですが、これ以上ない位ユヅキに夢中な私が
 ユヅキ以外とこんな事をする筈がないでしょう?」

返事はなかった。
なので私は右手でユヅキさんの顔をあげさせる。
……耳まで真っ赤に染めて、本当に可愛いんだから……

「私が言った事を信用しますか?」

唇が触れそうな位顔を近付けて言うと、更に顔を赤くしながら小さく頷く。
なので『それは良かった』と言いながら、思う存分
その柔らかい唇にキスを落とした。