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The Star Festival

『Let me hear your voice』の佐倉智紀と矢追森の場合
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僕、矢追森(ヤオイシン)は夜の7時が近付くにつれ、そわそわと
落ち着かなくなって来た。

「どうした、シン?緊張しているのか?」

僕の恋人である佐倉智紀(サクラトモノリ)が鍋を火にかけながら
そう聞いてきた。
まるで何事も無いかのような態度のトモノリに、僕は少し溜息を吐く。

僕が何故こんなに落ち着かないのかと言うと、今日の夜
二人のお客さんが来るから。
一人は僕が男娼をしていた頃、同じ路地裏で一緒に稼いでいた
芳澤仁志(ヨシザワヒトシ)。
ヒトシは僕より1歳年上だけど結構話が合ういい奴で、お互いタイプが
違うから客も被らなかったし、よく二人で色んな話をしたりしていた。
僕みたいに見た目が柔な感じじゃなく、背も僕より5cm高い173cmで、
どっちかと言えばカッコいいタイプ。
小さい時から路地裏で暮らして来た僕とは違い、実の親から受ける虐待に
耐えられなくなって、中学卒業と同時に家出して来たという事だった。

ヒトシとは気を使わずに何でも話せたので、客待ちしている時に
お互い悩み事なんかも喋ったりしてたんだけど、ある日突然路地裏に
来なくなってしまった。
ああいう仕事をしていると、いつの間にかどこかに攫われていったり
する奴もいたから、どうしたのだろうとずっと心配していたのだけど
最近になってトモノリにその話をした時
実はヒトシがトモノリの同僚である野本弘和(ノモトヒロカズ)さんと
一緒に暮らしていると聞いて心底驚いた。
彼は僕をずっと買ってくれていたお客さんだったから。

ノモトさんが僕を買いに路地裏に通っていた所を、ヒトシが見ていて
好きになったと告白したらしい。
ヒトシは何も言っていなかったから、丸っきり寝耳に水状態だった僕は
とっても驚いたけど、でも逆の立場で考えれば僕に言える事じゃ
なかったんだろうし、もし二人が今幸せならそれでいいと思う。

でもね〜、やっぱりちょっとだけ気まずい……
当然トモノリはノモトさんに僕が買われていた事を知ってるし、
そんな事は今更何の関係もないだろ?とは言ってくれるんだけど。

でも、トモノリが突然ここに二人を招待するって言ったのには訳がある。
僕はトモノリと一緒に暮らすようになって以来、生活の全てがトモノリだけだった。
何もかもトモノリ中心で、他の誰かと遊んだりする事も全く無い。
それをトモノリは心配してくれたらしい。
そんな時にたまたまノモトさんの方から、ヒトシがシン君に会いたいと
言っているって話をされたんだ。
だから、シンにも同年代の友人が必要だろう、とここに二人を
招待する事にしたらしい。
その気持ちはとてもありがたいし、僕もヒトシに会いたかったから
それはそれでいいんだけどね。
でもやっぱり何となく落ち着かなくて、こうやってそわそわしているってわけ。


****************


『ピンポーン』

トモノリが丁度全てのおかずを作り終わって、僕がテーブルのセッティングを
している時、インターホンが鳴った。
トモノリが応対してマンションのロックをはずした後、2分位してから
二人が玄関に到着した。
僕の心臓はすっごくドキドキしていた。
でも正直な所、ノモトさんに会う気まずさと言うより
ヒトシと久々に会うからだと思う。
ヒトシがいなくなったのはもう2年近く前だったから。

「いらっしゃい」

トモノリが二人を迎え入れる。
最初に入って来たのはノモトさん。
記憶にある姿とほとんど変わらず、とても優しそうで
明るい雰囲気のままだった。
僕は結局この人を好きになる事は出来なかったけど
でもただの知り合いとして見ればいい人なんだろうとは元々思っていた。

今日はカーキとグレーのラフなシャツを着て
ブラウンのイージーパンツを穿いている。
縁なしワンポイントフレームの眼鏡をかけ、こんばんは、と
にこにこ笑いながら居間に入ってくる。
屈託無いその笑顔を見た時、昔の事は全く関係なくこの人と話が
出来そうだと思った。
僕も微笑みながら、こんばんは、と返すと、その後ろに
続いて入って来たのがヒトシだった。

少し照れ臭そうに、よぉ、と言って僕に視線を向けた黒い瞳を見た瞬間、
僕は思わず走り寄ってその首に抱き付いていた。
だって、本当に本当に心配してたんだ。
もしかしたらどこかに売り飛ばされたんじゃないかとか
どこかで誰かに殺されてるんじゃないかとか。
元々友達付き合いっていうものをほとんどしなかった僕だけど
その中でもヒトシは特別だったから。
こうやってお互い元気でまた会えて良かった……

首にしがみついて泣く僕に、いきなりいなくなってごめんな、と
背中をポンポンと叩いてくれる。
そのおかげで少し落ち着いてヒトシを見上げると、ヒトシの目にも
薄っすらと涙が浮かんでいた。
僕達が顔を見合わせてフフッと笑い合っていると、
トモノリとノモトさんは苦笑しながら僕達を見ている。
それを見て僕達は慌てて離れ、それぞれの恋人の元に戻る。
するとトモノリが僕の頭をギュッと抱き寄せて、お互い元気で良かったな、と言い、
ノモトさんはヒトシの涙をハンカチで拭ってやっていた。


****************


その後僕達はトモノリが作ってくれた料理を食べた。
トモノリの料理はいつもおいしいのだけど、やっぱり二人で食べるより
四人で食べる方がおいしい気がする。
今日はちらし寿司に海老とアボガドの和風サラダ、それに冷たいトマトのスープや
春巻きスティックなんかもある。
お酒を飲めない僕とヒトシはウーロン茶やオレンジジュースなどを飲んで
トモノリとノモトさんはお土産で持って来てくれたワインを飲んでいた。

お互いの近況などを話し始めて、トモノリが言っていたように僕は
自分の気まずさが取り越し苦労だった事がよくわかった。
皆昔の事を無かった物とするのではなく、昔の事があったからこそ
今があると思いながら話している事がとても伝わってくるし、ヒトシとノモトさんが
お互いをとても大切に思い合っている事はすぐに感じた。

ヒトシはノモトさんが次に求める事を常に先手を打って理解しているし
ノモトさんはよく気が付くヒトシに、その度にさりげなく頭を撫でたり
頬を撫でてあげたりしている。
そしてその度にヒトシが少し恥ずかしそうにしながらも、すごく嬉しそうに笑うんだ。
何だか見ているこっちまで幸せな気分になって、とっても羨ましくなってしまう。

相手を好きだと思う気持ちも、大事にされている度合いも僕だって負けないんだけどな。

そう思いながら、つつっとトモノリの方に少しだけ近寄ると、
やっぱりトモノリには僕の考えてる事がわかってしまうらしく、クスッと笑いながら
殻を剥いた海老を僕の口に放り込んでくれたりする。
それが嬉しくてニタニタ笑っていると、ふとヒトシと目が合い、お互い一緒に噴出した。
多分お互い思ってる事は同じ。
バカップル同士が見せ付け合ってるだけだよなって。

二人でクスクス笑いながら、こうやって一緒に笑える日が来れた事にとても感謝をする。
誰からも放って置かれ、その日その日の食料を、ゴミをあさって
必死に探すだけの日々を送ってきた僕と、
実の親から殴られたり蹴られたり、時には包丁で切りつけられたり、
虐待という虐待をその身に受けて来たヒトシ。
ヒトシの左手の中指から小指までは、一度折れた骨が放って置かれた為に
変な風に固まってしまい、今ではその三本が全く使い物にならなくなっている。
でも、そんな僕達が今はこうやって自分達を本当に大切にしてくれる人と
一緒に過ごして、バカップル振りを自慢しあったりしている。
トモノリにもノモトさんにも本当に本当に感謝しなくちゃ。
僕がそう思っていると、ヒトシも同じ結論に達したらしく、お互いにうんうんと頷きあった。