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Declaration of war(宣戦布告)
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最近僕、矢追森(ヤオイシン)はバイトを始めた。
とは言ってももちろん前みたいに体を売るっていうんじゃなく、
前からちょくちょく通っていた花屋さんで花を売っている。
バイトの男の子が辞めた時、たまたま店に花を買いに行った僕に店長の
長尾(ナガオ)さんが、バイトしてみないかと誘ってくれたんだ。
僕は恋人である佐倉智紀(サクラトモノリ)の家に居候しているんだけど
トモノリにお世話になりっぱなしなのは嫌だと思っていたし、自分でも
新しい何かに挑戦したいと思っていた。
だから早速トモノリに相談したんだけど、あまり無理せず週3日位なら
いいって言ってくれたので、3ヶ月前から月・水・金曜日の午前10時から
午後5時半まで働いているんだ。

最初は慣れない事の連続で沢山失敗もしたけど、今では花束を作るのも
結構うまくなってきたし、店長からも褒めてもらえるほど接客も
上手になってきて、とても楽しくやっている。


****************


「やぁ、シン君。今日も花を買いに寄らせてもらったよ。」

「あ、榊(サカキ)さん、こんにちは〜!いつもありがとうございます。
 お母さんの具合はどうですか?」

僕に声をかけて来たのは榊政也(サカキマサヤ)さん。
多分30歳前後で、背はトモノリより多分高いと思うから180cm位かな。
店長の話だと、この商店街の近くで公認会計士をやっているらしい。
体調が悪くて入院しているお母さんの為に、いつもここで花を買って
くれるんだ。
それも僕がバイトをしている曜日と同じ曜日にお見舞いに行くらしく、
仕事が終わる5時ちょっと過ぎにここに来る。
いつもこの時間は店長が配達に行っているので、必ず僕が
応対していた。

「心配してくれてありがとう。最近は笑う事が多くなったんだよ。
 きっとシン君の花のおかげじゃないかな。」

「僕はただ売っているだけですよ〜。
 でも早く良くなるといいですね。」

そう答えながら店の奥に入り、サカキさんが指定したピンクの
チューリップをカウンターで花束にする。
するとサカキさんは花束を作っている僕の向かいに立って、
真剣な顔で話しかけてきた。

「ねぇ、シン君。一つお願いがあるんだけど、いいかな?」

「え?何ですか?僕に出来る事だったらいいですけど?」

そう言う僕に、サカキさんは少し言い辛そうに口を開く。

「実はうちの母親、あまりいい状態じゃないんだ。
 だけど、手術をしたら良くなる可能性はまだまだある。
 本人もそれを知っているんだけど、どうしても『手術=死』という
 イメージが抜けないせいで、なかなか首を縦にふらなくて。
 僕としては良くなる可能性があるならそこに賭けたいと思っている。
 だからどうしたら手術をするかって聞いたんだけど、もし最悪の
 結果になっても、僕の将来を安心していられるなら受けるって言うんだ。
 僕がこの先一緒に生きていく相手に会っておけば、自分も覚悟が
 決まるって言うんだよ。
 でも僕にはそんな相手がいないから、最初は、そのうち連れてくる
 からってはぐらかしてたんだけど、ここ最近どんどん体調が悪く
 なってきててね。
 ……だから図々しいお願いなんだけど、シン君に僕の恋人のふりを
 してもらえないかと思って。」

「……え?僕が、ですか?
 ……でも僕は男だから、お母さん、逆に吃驚しちゃうんじゃ
 ないですか?」

驚いてそう言うと、サカキさんは少しだけバツが悪そうな顔をする。

「実は母親がしつこく誰かいないかと聞くもんだから、思わず
 『いつも花を包んでくれている男の子だよ』ってもう言っちゃったんだ。
 最初は驚いていたけど、でも本当に僕が好きな人なら、って理解して
 くれてね。
 だからもう嘘だって言えなくなっちゃって……」

「……だけど、それはお母さんを騙す事になるでしょ?
 あまり気が進まないけど……」

僕が困ってそう言うと、サカキさんはカウンターに手をついて僕に
頭を下げた。

「手術が終わるまででいいんだ。
 それさえ終われば、後は僕がきちんと嘘だった事を話して謝るから。
 何回か少しの時間だけ顔を見せてくれるだけで構わないから。
 僕は少しでも今より良くなる可能性を捨てたくない。
 だからどうか協力してくれないか?」

僕は少し考え込んでしまった。

……恋人のふり、か……
でもそれでサカキさんのお母さんが手術を受ける気持ちになって、
良くなる可能性があるのなら、やっぱり協力してあげたほうがいいんだと
思う。
トモノリ以外と、フリだけとは言え恋人っていうのは、何だかいい気持ち
じゃないけど……

……でも、僕の母親はアル中だし、僕の存在を全く気にもかけてないし
どうにもならない親だけど、それでもきっと母親に何かあれば
僕は迷わずに何が何でも助けようとすると思う。
こんな僕でさえそう思うんだから、サカキさんみたいに大事にされてきた
人ならもっともっと切実にそう思うんだろうな……

僕は小さく溜息を吐き、心の中で『トモノリ、ごめん』と言いながら
サカキさんを見返した。

「わかりました。いいですよ。
 でも、本当に手術が終わるまでですからね?」

「本当かい?ありがとう!
 これでやっと母親に手術を受けさせる事が出来る。
 シン君、本当に助かるよ。
 じゃあ早速なんだけど、次回のバイトは明後日の金曜日だったよね?
 その後でも一緒に病院に行ってくれるかい?」

「あの……本当に少しの時間で良ければ……」

「うん、もちろん。君には出来るだけ迷惑かけないようにするから。
 じゃあまた金曜日に来るよ。」

サカキさんはそう言って僕の作ったチューリップの花束を持って
出て行った。
人助けの為だし、少しの間だけだし。
そう自分に言い聞かせながら、トモノリに買ってもらった自転車で
家に帰った。


トモノリが帰って来てから、僕はある程度正直にトモノリに事情を話した。
いつも来てくれるお客さんのお母さんが、とても体調が悪い事。
手術を受ければ良くなる可能性がある事。
その為にはいつも花束を作っている人に会ってみたいと言っていて、
なんとか手術を受ける勇気を持たせる為に、しばらくの間お見舞いに
行ってほしいと頼まれた事。

花屋さんに会いたいなんて、すっごく苦しい言い訳だとは思ったん
だけど、さすがに恋人のフリをする事は言えなかったし、かと言って
出来るだけトモノリに嘘はつきたくなかったし。
でもトモノリは少しだけ考えてから、いいぞ、と言ってくれた。

「ところで頼んで来たのはどんなヤツなんだ?」

「ん〜と、確か商店街の近くで公認会計士をやってる
 サカキさんっていう男の人だよ。」

「……そうか。」

「トモノリ、知ってる?」

一瞬間が空いたので、もしかして知っているのかと思ったんだけど、

「いや、知らない。」

と言ったので、それ以降僕達の間でその話をする事はなかった。