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The time of supreme bliss(至福の時)

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一緒に店に戻ると、ユウ君は私をカウンター椅子に腰掛けさせ、
昔と同じ場所に置かれていた救急箱を取り出してきた。
そして私の前にしゃがむとバラをカウンターに置かせて、掌に刺さったバラの棘を刺抜きで一本一本丁寧に
抜いていく。
私は黙ってその光景を眺めていた。
伏せ気味の黒い睫が、記憶しているよりも濃くて長かった事に気が付いてドキッとしたり、
私の方が背が低いので今まで気が付かなかったけど、つむじが少し右寄りなんだ、と思わず
クスリと笑ったり。

全ての棘を抜き終わって消毒をした後、包帯を巻いてくれる。
そして、これでよし、と言って私の両手をカウンターの上に置いてから救急箱をしまい、隣の椅子に座った。
少しそのまま下を向いて黙っていたが、やがて向かい合うように座りなおし、
私の両手を自分の両手で包んでゆっくりと口を開いた。

「さっき、手紙が何の事かわからないって言ってたけど、本当に手紙を見ていないの?」

その言葉に、うん、と頷く。

「バラとジャケット以外見当たらなかったし、ユウ君から手紙が送られてきた覚えもないけど……」

「……そのジャケット、どうした?」

何となく答え辛くて、あ〜、と言った後

「あの、大分汚れていたし、持ち主のユウ君が戻って来ると思わなかったから……捨ててしまったけど」

と年甲斐もなく少し赤くなって答える。
ユウ君もちょっと気まずそうに一瞬だけ視線を逸らしたが、それからもう一度聞いてきた。

「捨てた事は別にいいんだけど、ポケットの中は見なかったの?」

その言葉に、昔を振り返ってみる。
けれどあのジャケットに触れるだけで胸が潰れそうになって、ポケットなんか探った事はなかったように思う。
なので私は首を横に振った。
するとユウ君が、はぁ〜、と深い溜息をつく。

「俺、あのジャケットに手紙を入れて置いたんだけど。
 全部の事情を説明した分厚い封筒だったから、
 まさかマコトが気が付かなかったなんて想像もしてなかったよ……」

「……ご、ごめん……」

ユウ君が黙っていなくなったのではなかった事がわかってすごく嬉しい反面、
気付けなかった事が申し訳なくて、赤くなりながら下を向く。
するともう一度溜息をつきながら、自分の両手で包んでいる私の指先にキスをする。
一瞬ぴくっと反応してしまったけど、私はそのまま黙っていた。
ユウ君は何度か軽く指先にキスを繰り返した後、じゃあ最初から説明するね、と言って話し出した。


****************


ユウ君の家は元々華族だか何だかの系統なのだそうだが、それはあくまでも名前のみで、
お父さんに経営能力は無かった。
けれどプライドだけは高いので、誰かの下で働くという事が出来なかったお父さんは、
事業をやっては失敗し、また新しい会社を起こしては倒産。
それを繰り返した挙句に莫大な借金を残し、お父さんはユウ君が高校3年生の時に自殺した。
いくらかは生命保険金で返済したのだが、まだまだ借金全額には及ばない。
大学に行くのを諦めて働こうとしたものの、
高卒で何の経験も無い人間が社会に出て働いたところで、到底返せる金額ではなかった。
一度も社会に出て働いた事がない母親と、当時小学生だった弟を抱えて途方に暮れていた時
助け舟を出したのが、借金先の会社の社長だった。

小さい頃から何度か会った事はあるものの、あまり良い印象が無かったその人物は
借金を免除し家族の生活を保障した上、大学の学費も出してくれると言う。
しかし当然うまい話ばかりな筈がなく、母親を妾として差し出した上、
大学卒業と同時に彼の孫娘と結婚して会社を継ぐ事が条件だった。
社長の息子夫婦は事故で亡くなっていたから、跡を継ぐ人が必要だったらしい。
それも、文句を言わずに100%自分の言い成りになる人物が。

ユウ君自身は誰と結婚しようが何をやっているのかわからない会社を継ごうが、それは構わないと思ったが
母親を差し出す事だけはどうしても出来なかった。
すると相手は、それならば母親の代わりにお前の体で我慢してやると言う。
当然もう高校3年になっていたのだから、その意味がわからなかったわけではない。
けれどそれ以外に方法が思いつかなかった。
結局ユウ君は家族にその内容を告げる事無くその条件を飲み、以降呼び出される度に
既に70歳近かったその社長に黙って従った。

相手も約束を破る事はなく、母親と弟は元の家でそのまま生活出来るようにしてくれて
ユウ君の学費もアパート代も出してくれた。
けれど余りにも雁字搦めの生活が嫌で、将来の為の勉強になるからとバイトをする事を納得させたらしい。
ユウ君がうちでバイトを始めた頃、付き合っていると私が思っていた女性はその孫娘だったらしく
ただ様子を確認しに来ていただけだという事だった。

「親父が死ぬまでは色んな女の子と付き合ってきたし、当然男なんか好きになった事は無かった。
 それにその後男に抱かれるようになってからも、一度も男がいいと思った事は無い。
 だけど、マコトだけが特別だった。
 いつも穏やかに笑っていて、時々照れたりする様子が可愛くて、何度勘違いだって思っても
 やっぱりマコトが好きになってたよ。
 マコトも俺の事を好きでいてくれたってわかった時は、それこそ天にも昇る気持ちだったし、
 この店にマコトといる時だけが俺の最高に幸せな時間だったんだ。
 ……だけど一歩ここから出れば、俺は手も足も見えない鎖で繋がれた奴隷でしかなくて、
 そんな汚い俺がマコトを抱く事なんて出来なかった。」

何も言葉が出てこない。
けれど、ユウ君が私を抱かなかった理由が今になってようやく理解出来た。
私をとても大切に思ってくれていたんだという事も。
ユウ君はまた私の指先にキスをする。

「卒業が近付くにつれ、俺はある決意を固めていた。
 いつか自分に絡みついた鎖を断ち切って、必ずマコトを迎えに来ようって。
 だけど何年かかるかわからなかったし、一度は別れなければいけない。
 だから、俺は泣きながら『10年待ってくれ』って手紙を書いたんだよ?
 なのにマコトはその手紙の存在に気付きもしないで捨てちゃうし。」

ちょっとふくれた様に言うユウ君の言葉に、私は気まずくて下を向いてしまう。
すると、フッと笑いをもらした後、片手を伸ばして私の髪を梳き始めた。

「卒業後すぐに約束通り孫娘と結婚した。
 でも、当然相手は俺とジイサンの間に何があるかわかっていて、俺の事を軽蔑していたんだ。
 だからお互いに触れ合う事は一度も無かった。
 それは俺にとっても好都合だったから、必死で仕事に打ち込んだ。
 裏では色々汚い事をしているけど、それはきっとどこの会社も似たような物だろうし、
 最初は平社員だったけど仕事自体は面白かったよ。
 奥さんが堂々と浮気をしているのは知っていたけど、そんなのは最初からどうでも良かったし
 27歳で社長を継ぎ、その後30歳でジイサンが死んでからは、とにかく夢中で働いて会社の業績を伸ばして
 昔の借金の何倍も稼いで金を返した。
 小学生だった弟も25歳になって安定した金を稼げるようになったし、
 母親も弟と暮らしながら趣味で開いた料理教室で、自分なりに生活していけるようにもなった。
 だから、俺は奥さんの浮気相手に社長の座を譲った後、離婚して会社を辞めたんだ。
 そしてその足で今日ここに来た。」

開いた口が塞がらなかった。

……離婚?仕事を辞めた?

「迎えに来るなんて偉そうな事を思ってたけど、俺は自分で持っていた貯金も財産も全て置いて来た。
 それが離婚の条件でもあったからね。
 だから今は無職で無一文で宿無しだよ。」

ユウ君は両手を私から離してスーツの胸ポケットから白くて細長い封筒を取り出し、
それをカウンターの上に置いた。
宛名も何も書いていない白い封筒には、左端に赤い文字で『履歴書在中』と書かれてある。
私は震える手を伸ばしてその封筒を開け、中身を取り出した。

名前、学歴、職歴、そして。
住所の欄にここの場所が書かれてある。
目を見開いて見詰め返す私に、だめかな?と首を傾げて見せた。
それを見た途端、せっかく止まっていた涙が堰を切ったように溢れ出す。

「俺、マコトの所に永久就職してもいい?」

その言葉に私は何度も何度も頷いた。
自分で築き上げてきた全ての物を捨てて、こんなオジサンの所に戻って来てくれたユウ君。
こんな贅沢が他にあるだろうか……

ユウ君は私が持っていた履歴書をカウンターの上に置いた。
そして私の手を取ってゆっくりと立ち上がらせる。
されるがままに立ち上がって、向かい合ったユウ君の目を見上げた。

「最後にここに来た時、本当は抱くつもりなんか無かったんだ。
 だけどマコトの顔を見たらどうしても我慢出来なかった。
 辛かっただろ?今更だけど、ごめんな?」

私はブンブンと首を横に振る。
確かにあんな状況だったのだから、辛くなかったとは言わない。
だけど、それよりもユウ君と結ばれた事の方が嬉しくて幸せだったから。

私はユウ君の首に両腕をまわした。
すごく恥ずかしかったけど、今はそんな事も関係なかった。

「……ずっと……一緒にいてくれるかい……?」

ユウ君が優しく抱き締めて来る。

「もちろん。昔も今も、マコトの傍にいる時が、俺にとって一番の至福の時だから……」

お互いの気持ちを確かめ合うようにしっかりと抱き合って、私達はキスをした。


****************


喫茶店の上にある自宅の狭いベットで、私達は13年振りに結ばれた。
昔とは違ってとっても大切に抱いてくれたユウ君を、私は年甲斐もなく何度も何度も求めた。
でもやはり歳には勝てず、最後はシーツに沈み込んでしまった私を、ユウ君はクスクス笑いながら
後ろから抱き締める。
そのまま私の髪に軽いキスを落とし続けるユウ君に、ふと疑問に思っていた事を聞いた。

「ねぇユウ君、何で昔も今回も2本の赤いバラだったんだい?」

するとキスを止めて、2本の赤いバラの『蕾』でしょ、と言う。
……『蕾』が何か大事なんだろうか?
そう聞く私に、やっぱりわかってなかったか、と呟いた。

「赤いバラの花言葉って有名でしょ?」

「うん、確か……『情熱』とか『愛情』とかだと思ったけど。」

私は現在夢中で読んでいる植物辞典を思い出しながら答えた。

「そう。『あなたを愛します』っていうんだよ。じゃあ赤いバラの蕾は?」

「蕾?蕾にも花言葉があるのかい?」

「赤いバラの蕾には『純潔』『あなたに尽くします』っていう意味があるんだよ。俺はその意味を込めて
 わざわざ蕾を送ったんだけど。」

思わず、カァ〜っと赤くなる。
まさかあのバラにそんな意味があったなんて、考えもしなかった……

「我ながら気障だとは思ったんだけど、他に何を言ったらいいかわからなかったんだ。
 でも、マコトともう一度やり直したかったから、俺の気持ちをわかって欲しかった。
 まぁ所詮マコトに意味が伝わるとは余り期待してなかったけどね。」

苦笑しながら、包帯を巻いてくれた私の掌にチュッと音を立ててキスをする。

手紙の事といいバラの意味といい、私がちゃんと気が付いていれば
あんなに捨てられたと悩む必要はなかったんだよな……

何だか自分の間抜けさに呆れてしまって、思わず溜息が漏れる。
ユウ君は私が思っている事に気が付いたのか、『マコトのぬけた所も好きだよ』と笑って囁く。
私もそれに苦笑して返しながら、その腕の中で優しい笑い声に包まれて眠りについた。


翌朝二人で開店準備をしていると『花をお届けに参りました』と言って、
大きな花束を抱えた女性が入ってきた。
何だかわからず驚いている私を尻目に、ユウ君が花を一本一本確かめた後、受取書らしき物にサインをして
花を受け取っている。
女性は一度頭を下げた後店を出て行き、ユウ君は私に『誕生日おめでとう』と
両手に抱えきれない位の花束を渡してきた。

受け取ったのは今が盛りとばかりに真っ赤に咲き誇る43本のバラ。
甘くふくよかな香りを漂わせるそれを私は左腕に抱え、添えられていた小さな白い封筒を開けて
中に入っていたカードを広げる。


『Puts the fun in together, the sadness in apart, the hope in tomorrow and the joy in my heart.』
(共に喜び、悲しみを分かち合うことを誓います)


……結婚式の誓いの言葉……

英和辞書がなくても理解出来た。
呆然としている私に、相変わらず気障なんだけど、と苦笑しながら言う。

「今日はマコトにちゃんと咲いているバラを贈ろうと思って、前から手配してあったんだ。
 昨日は一瞬振られたかと思ってキャンセルしなきゃいけないと焦ったんだけど、
 どうやら大丈夫そうでホッとしたよ。」

と言って笑い、バラの花束ごと私を抱きしめる。
その温もりを感じながら、歳と共に随分涙もろくなったものだ、と自嘲気味に笑って
またしても涙に濡れる顔をバラに埋めた。

どうか今私が感じているような幸せが、全ての人に訪れますように。
そして、全ての人に至福の時を…………

− 完 −

2005/07/02 by KAZUKI



そらや様、この度はキリ番GETしていただいて、誠にありがとうございました!

『登場人物が同じ喫茶店の常連だったら』マスター受

  「登場人物の幸せでほのぼのな姿を40歳台のマスターが暖かい目で見守っていて、
 そのマスターは20歳台の頃切ない別れの経験があって、話の最後には別れた恋人が
 偶然喫茶店に入ってくるみたいな話」

とのリク内容でしたが……いかがなもんでしたでしょうか……?
うちの小説の子達の登場が中途半端だったりする割には、4ページも書いちゃってすいません……
でも、合間のそらや様とのメールのやり取り、とても楽しかったです♪
何卒何卒これからもよろしくお願い申し上げます!