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The time of supreme bliss(至福の時)

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喫茶店『wrapped in rose』のマスターである私、明野卓(アケノマコト)は
カウンター席の一番端に座って本を読み、開店前の一時を過ごす。
うちはボックス席6つとカウンター席5席しかなく、決して大きいわけではないけれど、
その代わり常連で来てくれるお客さんが多く、おかげで明日43歳になる男一人、店を切り盛りしながら
何とかやって来れている。
この店を始めて16年になるが、開店前と閉店後、こうやってコーヒーを飲みながらゆっくりと本を読むのが
私の最高の贅沢だった。


「叔父さん、お待たせ〜!」

そう言って元気に店に入ってきたのは私の姉の息子、高梨奏(タカナシカナデ)。
何故かうちではバイトの子が長続きをしてくれない。
まぁうちは『CAFE』というよりは『喫茶店』だから若い子にはつまらないのかもしれないけれど。
なので最近はバイトの子を雇うのもやめ、忙しい時には甥であるカナデに助けてもらう事が多かった。

「悪いね、奏(カナデ)。また手伝ってもらって。」

「叔父さんからバイト代貰えるんだし、別にやる事も無かったから気にしないで〜」

「ありがとう。今日は言っていた通り3時まででいいからね。
 それからカナデ、一応お客さんの手前もあるし、店では叔父さんじゃなく名前で呼んでくれるかい?」

私が笑いながらそう言うと、カナデはベージュのエプロンを着けながら苦笑した。

「あぁ、ごめんごめん。でもタクさんはもうバイトの子は雇わないの?」

私の名前の『卓』という字はなかなか『まこと』と読める人がいないので、
今ではすっかり『タク』と呼ばれている。
甥のカナデや実の姉であるカナデの母までも、今ではすっかり『タク』と呼んでいた。

「ん〜、確かに誰かいてくれた方が助かるんだけど、あまりにも次々辞められると困るしね。
 若い子にはこんな地味な店は退屈なんじゃないか?」

本を閉じて立ち上がる。カナデはすっかり慣れた手つきでモーニングの準備を始めた。

「そうかなあ?退屈というより、タクさんちょっと変わってるから?」

「何で?」

「時々自分の世界に勝手に行っちゃうから苦手だって響(ヒビキ)が言ってたよ?」

ヒビキというのはカナデの双子の弟で、二人は少し前から付き合い始めたらしい。
最初に姉さんから聞いた時は驚いたけど、振り返ってみれば
小さい頃からお互いを見る目は、ただの双子同士、という枠を超えていた気がしたし、
改めてカナデから二人の関係を聞いた時は、そんなに違和感を感じなかった。

「自分の世界って……」

苦笑しながら言った後、

「そう言えばヒビキとはずっと会っていないね。私の中ではいつまでも幼稚園児のイメージだよ。」

と言うと、カナデが少し照れ臭そうに微笑んだ。

「今のヒビキはすごくカッコいいんだよ。俺と同じ遺伝子とは思えないぐらいね。
 あ、そうそう、今日はバイトが終わる時間に迎えに来てくれるって言ってたから、
 タクさんも久々に会えると思うよ?」

「そうかい?それは楽しみだね。」

私がそう言った時、開店と同時に取り付けたカウベルが、カラン、と音をたてて
今日第1番目のお客さんが入ってきた。


****************


「マスターおはよう。今日はモーニング2つ。」

そう言って一番奥のボックスに座ったのは、近所の商社に勤める佐倉智紀(サクラトモノリ)君。
平日は毎日のようにランチを食べに来てくれるのだが、こうやって日曜日に来る事はまず無い。
でも一昨日店に来た時に、日曜は動物園に行くと言っていたから、多分その前に寄ってくれたんだろう。

「やぁいらっしゃい、サクラ君。彼がシン君かい?」

「そう。前にマスターに言っていた矢追森(ヤオイシン)。これからも時々連れて来るからよろしく。」

トモノリ君の向かいで茶色の大きな目をクルクル動かして店内を見ていた男の子が、顔を少し赤くして
初めまして、と頭を下げた。

「動物園は10時開園だろう?後1時間しかないね。出来るだけ急いで作るから待っててくれるかい?」

私がテーブルにお冷を置きながらそう言うと、サクラ君は、よろしく、と言ってシン君と話し始めた。


カウンターの中でハムエッグを作っているカナデの隣に行き、野菜サラダを盛り付ける。
するとカナデがサクラ君達の方を見ながら小声で話しかけてきた。

「あの男の子、随分綺麗な子だね〜。」

「そうだね。シン君と言うんだけど、多分カナデと同じ歳位だったと思うよ?
 家が色々大変らしくて、今はあの向かいに座っているサクラ君の家で生活してるんだ。」

「へぇ〜。何だか幸せそうで、全然そんな風に見えないのに。
 でもきっとあのサクラさんっていう人はホントにシン君を大切にしてるんだろうね。
 シン君を見る目がすごく優しいもん。」

羨ましそうにそちらを見ながらモーニングを運んでいったカナデに、心の中で苦笑した。
もちろんサクラ君からシン君について全部の話を聞いた訳ではないけど、どういう風に彼が生きてきたかは
多少聞かせてもらっている。
きっとカナデが想像つかない位の苦労をして来ている子なのだと思う。
それなのにそういう雰囲気を一つも見せず、パクパクとトーストを食べながら
サクラ君の言葉に百面相をし、すっかり安心しきっている様子を見て、
あの子にとってサクラ君の存在は親以上なのだろうと容易に想像がついた。
サクラ君もサクラ君で、以前はもっと冷めた雰囲気だったから、あんな風に柔らかく笑う事はなかった。
もう二度とシン君が苦労する事無く、このまま仲良くやって行って欲しいと祈らずにはいられない。


****************


サクラ君達を見送った後、モーニングの時間帯が過ぎ、お客さんも一段落した所でランチの準備に入る。
うちのランチは3種類。結構人気があって、うちの自慢でもある。
まずは日替わりパスタ。
今日のパスタは生トマトとツナのスパゲッティで、定期的に出しているこれを
好きだと言ってくださる人は多い。
それから豚肉の生姜焼き定食。
やはりボリュームがあるからなのだろうけど、こちらは平日に来るサラリーマンに人気。
そして3つ目がこの店を始めた当初からずっと廃れずに人気があるクロックムッシュ。
パンにチーズとハムを挟んで焼いたものだが、うちのにはホワイトソースがたっぷり入っていて、
それが思った以上に好評を貰っている。
最近では結構メジャーになって来つつあるメニューだけど、店を始めた16年前では知っている人が
ほとんどいなかった。
でも当初から毎日必ず売り切れになる程楽しみにして下さる方が多くて、これのおかげで
本当に助けられて来た。

このメニューを店に導入しようと言い出したのは当時この店でバイトをしてくれていた男の子だった。
元々は私もクロックムッシュを知らなかったのだが、私がランチメニューで悩んでいた時、
大学生だったその子が自分で色々食べ歩きながら調べてくれて、それを提案してくれた。
私はその子にどれだけ感謝したかわからない。
彼が大学を卒業して以降、一度も会った事は無いが……


「……タクさん、タクさ〜ん!また自分の世界に勝手に行っちゃうんだから!
 ほら、お客さんだよ!」

カナデの声にハッとして入り口を見ると、3人組のお客さんが入ってきた。
学生服を着た男の子は小さい頃から良く知っている顔だが、その子の横にいるおかっぱ頭の若い女の子と、
後ろに立っている、和服を着た黒くて長い髪の背の高い男性は、全く見覚えが無い。

「タクさん、お久しぶり〜!」

と元気な声をかけてきた顔見知りのその男の子は如月光鬼(キサラギミツキ)君。
クロックムッシュが大好きだといつも言ってくれて、小さい頃からよくおばあちゃんと一緒に
食べに来てくれていた。
ミツキ君のおばあちゃんはちょっと変わった所があったけど、でもとても明るくていい人だった。
それに、私が何か悩んでいたりすると、いつの間にかそれに気がついて
的確なアドバイスをしてくれたりしていた。
亡くなったと聞いた時は、それはそれは残念に思っていたが、
ミツキ君もそれ以来一度もここに来た事はなかった。

「久しぶりだね、ミツキ君。元気だったかい?そちらはミツキ君のお友達かな?」

「え〜っと、友達っていうかそうじゃないっていうか何ていうか……」

モゴモゴ言っているうちに、不機嫌そうな黒髪の男性に襟首を掴まれて
手前のボックスに座らせられている。
……何だかよくわからないけど、ミツキ君のおばあちゃんも変わった人だったし、
あまり詮索しない方がいいかもしれない……

「ランチを食べに来てくれたのかな?今日は何にする?以前と同じかい?」

私がお冷を置きながらそう尋ねると、ミツキ君の代わりにおかっぱの女の子が答える。

「食パンにハムと白いのを挟んでたやつがあっただろ?あれを3人分持ってきておくれ。
 ミツキが獅紅(シコウ)にあんたんとこのそれを食べさせたいって言うから、
 目立たないようにわざわざシコウに髪を染めさせて、鬼界から二人を連れて来たんだか……」

「わ〜〜〜っ!!ばあちゃん、なんて事言うの!タクさん、今のなし!」

「……ばあちゃん……?ミツキ君のおばあちゃんて……」

「…………。あ〜〜っ!!それもなしっ!タクさん、クロックムッシュ3つ、よろしくっっ!!」

何だか焦っている様子のミツキ君に首を傾げながらカウンターに戻る。
するとカナデがコソコソと耳打ちしてくる。

「ねぇねぇタクさん、あの女の子も若いクセに言葉遣いがおかしいけど、
 あのミツキ君っていう子の隣に座ってる男の人、ヘビメタか何かやってるのかな?」

「……ヘビメタ?」

カナデの台詞にその男性をチラッと見ると、何やら言い争っているミツキ君と女の子は放って置いて、
しきりに自分の髪を不快そうに手にとって眺めていた。

「だってさ、すっごい長髪だし、爪は長いし、赤いマニキュアと口紅塗ってるし。
 その上、目には真っ赤なカラーコンタクト入れてるよ?」

……確かに。

「でも、ヘビメタに和服っておかしくないかい?」

「ん〜、確かにそうだけど……そうだ!きっとそれが売りなんだよ!意表をついてっていうとこじゃない?」

……あまりに意表をつき過ぎて、CDなんか売れないような気がするんだが……
でも今時の若い子の感覚はいまいちわからないし、そんなものなのかもしれない。
まぁミツキ君の知り合いなら、CDの何枚かは買ってあげてもいいけど。


サラダとスープのついたクロックムッシュのランチを3人の所へ運んだ後、
カナデと手分けをして他のお客さんの対応をする。
一番忙しい時間帯ではあるのだけど、何となく気になって合間に3人の方をチラチラ見ていた。

あの女の子は言葉遣いはおかしいけど、どことなくミツキ君と似ていて、
何だか憎めない雰囲気を持っている。
確かミツキ君は一人っ子だったと思うから、いとこか何かなのかもしれない。

それに比べて隣に座っているあの男性は、何と言うのだろう、とても存在感があって、
他のお客さんも何となく目がいってしまうらしい。
でも本人は一切気にする事はなく、興味深そうにスープを飲んだりしているが
時々ミツキ君に向けるその視線に、愛情というのか独占欲というのか、すごく強い物を感じさせる。
そしてミツキ君もその視線に答えるように、何度も何度も満面な笑みを返していた。

それを見ているだけでも、二人の間はとても強い愛情で結ばれているのだとわかる。
おばあちゃんが亡くなって気を落としているのでは、と少し心配していたが、この調子なら大丈夫そうだ。
どうかこれからも今の笑顔を忘れずに、また元気な顔を見せて欲しいと思う。


3人が食事を終えて会計に来た。
また来てね、とミツキ君に微笑むと、うん、と笑い返してくる。
するとおかっぱの女の子が私をジッと見た後、

「マコト」

と言った。私は心臓が飛び出そうなほど驚く。
私の事を『マコト』と呼ぶのは、ミツキ君のおばあちゃんと、
そして私にクロックムッシュを教えてくれたあの男の子だけ……
あまりに驚いて言葉を発せずにいる私に、その女の子は更に言う。

「マコト、もうすぐあんたが心から待ち望んだモノがあらわれるよ。でもこれからは待つだけじゃだめだ。
 ちゃんと自分から追いかける勇気も必要。それを忘れるんじゃないよ。」

何の事だかわからずに私が固まっていると、ミツキ君が焦ったように言う。

「た、タクさん、ちょ、ちょっとこの子おかしいんだ。だから気にしないで!」

「ちょっとミツキ。私のどこがおかしいんだい?」

「し〜!し〜!いいから早く行くよ!ばあちゃん、話をややこしくしないで!」

そう言ってその女の子を引き摺りながら、ミツキ君達は店を出て行った。


「どうしたの、タクさん?顔色悪いけど、大丈夫?」

心配そうに聞いてくるカナデに、大丈夫だよ、と笑って返し、カウンターに戻って皿洗いを始める。

……私が待ち望んだモノ……?
そんなもの今までにあっただろうか……?

望んでも手に入らないものは、元々最初から諦める方だった。
だから今の私には平穏な生活以外、望むモノなど無い筈なのに……

いまだに心配そうに見てくるカナデの視線にも気付かず、私は一人、考え事に耽った。


****************


ランチのお客さんが一段落した時、見慣れた二人組が何やら荷物を抱えて入って来た。

「やぁ、キノシタ君、カツラギ君。珍しいね?こんな時間に。」

そう言った私に笑い返す二人のうち、小柄な方が木下柚月(キノシタユヅキ)君。
とても照れ屋で純朴な青年だが、見かけによらずとてもダイナミックで素晴らしい絵を描く、
急成長中の風景画家だ。
うちの店に飾ってある2枚の風景画はどちらもキノシタ君から買った物。
私は彼の描く絵が大好きで、以前開催された個展にも行って来たのだが
その時に知り合いに紹介してもらい、それ以来恋人であるカツラギ君とちょくちょく遊びに来てくれる。

そのキノシタ君を隣で愛しそうに見ている葛城宗(カツラギシュウ)君は
多分その名を知らない人はいないだろうと思われる位大きなグループ会社の社長さんだ。
精悍な顔をしているが、とても柔和な雰囲気を持つ彼は、
銀縁眼鏡の奥から覗く茶色の瞳をいつも穏やかそうに揺らしている。
でも、キノシタ君の話だと、かなりのやきもち焼きらしいけど……

「アケノさん、明日お誕生日ですよね?
 ですが、これから二人とも地方に行かなければならないので、
 残念ながら明日はこちらに来られないのですよ。
 なのでユヅキさんがアケノさんのお祝いに描いた絵を、今日のうちに持ってきたんです。」

微笑みながら話すカツラギ君の言葉にとても驚いた。
そう言えば前に誕生日を聞かれた事があったけど、この歳になると別に誕生日なんて
嬉しいものでもないし、自分自身でさえ忘れる位だというのに……

カナデがカウンターから出てきて二人に挨拶をした。

「こんにちは。タクさんの甥で高梨奏と言います。
 もしかして木下柚月さんですか?
 うわぁ〜、俺もタクさん同様キノシタさんの絵の大ファンなんですよ!
 お会い出来てすごく嬉しいです!」

カナデが目をキラキラさせて手を差し出すと、キノシタ君は、ありがとう、と小さく言って、
頬を真っ赤に染めながらカナデの握手に応えた。
それからカツラギ君に、シュウさんお願いしてもいいですか?と言って包み紙を開くように言う。
するとカツラギ君が頷いて、カウンターの上に一度それを置いた後、
ガサガサと音をさせながら包み紙を開いた。

洒落た木枠で飾られた20cm×20cm程の小さな絵だった。
でもそこには優しい光に溢れた青空の下、青々とした草原に囲まれたこの喫茶店の絵が描かれている。
店名の通り色取り取りのバラで包まれ、ほのぼのとした甘い雰囲気が溢れ出していた。

「あの、無理に押し付けるのもどうかと思ったんですけど、
 ここって都会のオアシスみたいな空間だなって思ってて、
 で、僕もシュウさんも普段からその事にとても感謝しているので、
 何かの形でお返し出来ればと思って描いてみたんですけど……」

口下手なキノシタ君が、恥ずかしそうにしながらも一生懸命話してくれる。
私は嬉しさのあまり涙が零れそうになった。

「キノシタ君、本当にありがとう。こんなに嬉しいプレゼントを貰ったのは生まれて初めてだよ。
 いくら感謝してもしきれない位感謝しています。ありがとう……」

「ねぇタクさん、早速絵を飾らせてもらって、コーヒーでも飲んでもらったら?」

すっかり感慨に耽っていた私に、カナデが提案してくれる。
するとカツラギ君が、

「せっかくのお誘いなんですが電車の時間があるもので、今日はこの辺でおいとまします。
 次回お伺いした時にまたゆっくりお話させてください。」

と申し訳なさそうに言った。
でもこんなに素晴らしい贈り物を貰っておいて、さすがにこのまま帰ってもらうわけにも行かなかったので
いつも準備してある私の手作りクッキーを袋に入れて手渡した。

「こんなものしかなくて申し訳ないんだけど、電車の中ででも食べてくれるかい?
 せめてもの感謝の印だと思って。」

そう言うと、二人とも嬉しそうに微笑んでくれた。

それと同時に、カラン、と音がして、カナデと同じ顔の人物が入って来る。
彼が数年ぶりに会うヒビキだろう。
カナデはキノシタ君達に頭を下げた後、嬉しそうにそちらに走って行った。

キノシタ君とカツラギ君はそれを合図のように喫茶店を後にする。
私は何度も何度もお礼を言った。
店を出た二人は、カツラギ君が愛しそうにキノシタ君を見ながら何事か声をかけ、
キノシタ君は恥ずかしそうにしながらもしっかりカツラギ君の方を見返して答えている。
その二人の背中が見えなくなるまで見送りながら、
またここにも深い絆で結ばれた二人がいるんだなと思った。


****************


ヒビキはカウンターの一番手前に腰掛けていた。
他にお客さんもいないので、カナデはその横に立ってああでもないこうでもないと、色々話しかけている。

昔はどっちがどっちかわからずに、名前を間違えて呼んでは姉さんによく怒られたものだ。
今でも確かに同じ顔ではあるが、言われなければ双子とわからない位雰囲気が違う。
普通のTシャツ、ジーンズにベージュのエプロンをつけた柔らかい雰囲気のカナデに比べ、
ネイビーの半袖編み上げシャツにチェーンの付いたベージュのカーゴパンツを穿いて、
どこか鋭い雰囲気を持っているヒビキ。

私が覚えていた幼稚園時代の二人とは全く変わっている。
まぁ二人とも年頃なのだから当たり前なのだけど。

「ほら、ヒビキ。タクさんとは久しぶりでしょ?挨拶しなよ。」

兄貴風を吹かせて言うカナデに、ヒビキは苦笑しながら頭を下げてきた。

「久しぶりだね、ヒビキ。随分大人っぽくなっちゃって。
 ヒビキが私を苦手な事はカナデから聞いていたけど、たまには遊びに来てくれよ。
 カナデがバイトを手伝ってくれる時は、ヒビキにもコーヒー位出せるから。」

私が言うと、少しバツが悪そうに鼻の頭をかいて、わかりました、と言った。

「カナデ、せっかくヒビキが迎えに来てくれたんだから今日はもうあがっていいよ。
 また手伝って貰いたい時は連絡するから。」

「OK〜。いつでも遠慮なく連絡ちょうだいね。」

そう言ってエプロンを外し、座っているヒビキの手を引っ張って立たせてから
お待たせ、と軽く頬にキスをした。

「あのね〜、カナデ。こっちはしがない独身のオジサンなんだから、あまり見せ付けないでくれよ。」

そう言って苦笑する。
同じくヒビキも苦笑はしているが、カナデの事を本当に愛しそうに見ていた。

「別に外でこんな事してる訳じゃないし、タクさんの前なんだからいいじゃん。
 それにタクさんだって、昔はここで働いていた恋人と似たような事をしてたんでしょ?
 よく見せ付けられたって母さんが言ってたよ?」

「……姉さんもまったく余計な事を……
 まぁ、若かりし頃の過ちは誰にでもあるさ。
 ほら、早く帰って、姉さんに余計な事を喋るなって釘刺しておいてくれよ?」

「はいはい、わかったよ。じゃあヒビキ帰ろ?タクさん、またね」

カナデの台詞にヒビキは私に向かって一礼し、カナデの頬にかかった少し伸びかけの髪を
はらってやりながら二人で仲良く出て行った。

やれやれ……。



  やっぱり獅紅の登場に無理がありすぎました。
  す、すいません……(泣)