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spring storm(春嵐)
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昼は手術室、夜は研究室という生活をここ3日ほど続け、その後隣の市で行なわれた研究会に同僚達と参加し、同じメンバーで夕食を食べてからようやく家に帰ってゆっくり眠りにつこうとした矢先、昨夜11時に病院から呼び出された。
帰りが遅くなると言っていたリョウにはすぐにメールで病院に行く旨を伝え、返事も待たずに家を飛び出すと、慌しい雰囲気の中その対応に追われながら合間に私室で仮眠を取り、朝からは5時間にわたる手術をなんとか無事終えて、現在夕方5時、やっと自宅に向かっている。

外科医というものはつくづくハードで体力勝負だと思う。
けれど、それにも勝るやりがいや夢も尽きない職業だと私は思っている。
確かに体力的にも精神的にも辛い事は多いし、自らの至らなさに自己嫌悪に陥って嘆く事も多々ある。
医者は決して神にはなりえない。
だからいまだに手術室に向かう前には自らの恐怖心との戦いになるし、医者としてまだまだ年若い私が執刀医を務める事に関してプレッシャーもあれば、手術に関わった患者さんが不幸な結果になった時などどれほど打ちのめされるかわからない。
けれど、それでも患者さんの命を繋ぎ止める為に少しでも自分の手が役に立った時、携わった患者さん達が笑顔で退院して行く姿を見送る時、これ以上ないというほどの嬉しさと感動を与えてもらえる。

そうやって常に死と戦い続ける現場にいる事で、命の尊さもはかなさも目の当たりに実感して来た。
だからこそ、その尊い命に換えてでも守り通す信念を持ちうるリョウの生き様に惚れたのかもしれない……


私が勤める大学病院の桜もそのほとんどが見頃の時期を向かえ、患者さん達も微かに漂う甘い芳香に誘われるように外に散歩に出る人が増えて来た。
こういう季節の移り変わりを全身で感じる時、私はやはり四季のある日本が好きだし日本にいて良かったと思う。


外科医を志すと決めた当時、いつかは本場であるアメリカで学んでみたいと思っていた。
実際最近になって誘いを受けた事も何度かある。
だからリョウと出会っていなければ、今頃は渡米していたかもしれない。
もちろんその思いが全て無くなったかと聞かれればNOと答えるだろうけれど、それでも私は迷わず日本で学ぶ道を選んで来た。
日本でなければ出来ない研究もまだまだあるし、リョウと別れて暮らすという選択肢も私には有り得ない。
豊かな四季と風土を育む日本で、リョウと共に骨を埋めたいと願っているから。

かといって私はリョウの為に進む道を諦めたり替えたりした訳ではなく、医師としても個人としても、私が私らしく生きていける道を自由に選んで来たと自信を持って言い切れる。
……その自信を持たせてくれるのも、常に私を根底から支えてくれているリョウなのだけど。


暖かくなり始めた風に吹かれて、ハラリハラリと桜の花弁が舞い降りて来る。
薄紅色のそれらを見上げながら、リョウとゆっくりお花見でもしてみたいと思った。
けれど明後日の私の休みにはリョウは定例会議(寄り合い)があると言っていたし、その後は私の方がしばらく休みを取れそうにない。
そうこうしている間に桜は散ってしまうだろうし、去年もこのパターンで一緒に桜を眺める事など出来なかった。
世の恋人達とは違い、よくよく私達は行事ごとと縁がないのだな、と内心苦笑しながら桜舞い散る道を一歩ずつ踏み締めて家に向かった。