ピンポーン
インターホンのカメラに映るのは親友の弟であり俺、中山紘一
(ナカヤマコウイチ)の恋人でもある葛城宋(カツラギソウ)。
それを確認してからロックを解除する。
長年にわたるすれ違いに終止符を打ち、お互いの思いが通じ
合ってから1ヶ月。
ほぼ毎日のように仕事が終わるとここに来て、今日のように
週末と言えば必ずと言っていいほど泊まっていく。
だからとっくに暗証番号も教えてあれば合鍵も渡しているという
のに、ソウは今まで一度もそれを使った事がない。
その理由は……あまりにもバカらしくて口にする気もおきないが。
ソウがこの部屋に到着するだろう時間を見計らって、いつも通り
チャイムが鳴る前に玄関の扉を開けてやると、相変わらず嬉しそうに
笑いながら抱きついてくる。
ソウが鍵を使わない理由。
『暗証番号と鍵を使って開けてしまえば、コウイチが玄関先まで
出迎えてくれないだろう?』と。
今では自分がここに来る前に、俺がちゃんといるかどうか、携帯
ではなくわざわざ家の電話に連絡してくるほどの念の入れ様だ。
『若い新婚夫婦じゃあるまいし、いい歳して何言ってるんだか』
と初めは鼻で笑ったものの、しゅんとしてしまったソウを見て
やれやれと苦笑しながら、結局ソウの言う通りにしてしまう
自分の性格が恨めしい。
ポンポンとその背中を抱き締め返し、軽いキスを受けた後に
体を離すと、ソウが右手に何かを握っているのが見えた。
「なんだ、それ?」
首を傾げて聞くと、ソウは靴を脱ぎながら得意げに微笑む。
「線香花火。昔よく一緒に花火やっただろう?
兄貴が今日ユヅキさんと二人でやる為に花火セットを
買ったんだが、少しだけ線香花火を分けてくれと頼んだ。」
一緒に居間に向かいながら 『なんで線香花火なんだよ?』 と
聞くと、テーブルに花火を置き、ソファに座って俺が手渡した
ビールの缶をプシュッと開ける。
そしてゴクゴクと飲んだ後にようやく口を開いた。
「コウイチが17歳の時、当時付き合ってたオンナをうちに
連れてきて一緒に花火をやった事があっただろう?」
「……そんな事あったか〜?」
昔を思い返してみるが、正直あまり記憶が定かではない。
するとソウが溜息をついて、隣に座る俺の頭を抱き寄せた。
ソウの肩に顔を埋められたまま黙っていると、俺の頭に
何度もキスをした後に、苦々しい声で話し出す。
「……打ち上げ花火とかをやり終わった後、線香花火を
しようという事になって、兄貴は兄貴で自分の彼女と
花火を始めた。
コウイチは一人だった俺を一緒にやろうと呼んでくれたが、
俺の場所はコウイチの向かいで、コウイチの隣は
そのオンナが陣取った。」
……シュウの彼女は『彼女』なのに俺の彼女は『オンナ』なのか。
思わず苦笑しそうになるが、そんな矛盾に全く気付いていない
ソウが愛しくて、必死で笑いを噛み殺す。
「俺はコウイチの隣にいたかった。
当たり前のようにコウイチの隣で線香花火をやっているその
オンナが、腹立たしくて仕方がなかった。
そこは俺の場所なのに、と花火をやっている間中思っていた。
だからその時間と場所を取り戻そうかと……」
それを聞いて、さすがに我慢が出来ずに吹き出してしまった。
笑ったらまずいとは思うのだが、20年も前のそんな事に
こだわって、得意げに線香花火を持って来るなんて……
「お前な〜、隣がいいってその時言っていれば、間違いなく
俺は隣にお前を置いたぞ〜?
それにその子が俺の右にいたのか左にいたのか覚えてないが、
どっちにしろもう片方が空いてただろ〜?」
そう言いながら肩を震わせて笑う俺の頭を、ソウは
ギュウギュウと締め付ける。
「……俺がいる反対側に別の人間がいるなんて認められ
なかったし、第一俺以外の人間がコウイチの隣にいる
事自体許せなかった。
兄貴だけはしょうがないと思って我慢して来たが……
だがあの時俺はまだ12歳で、大人になりかけている
コウイチとまだまだ子供の俺では釣り合いが取れない事位
自分でもわかっていた。
……だから言えなかったんだ。」
そんな子供の時代からシュウにでさえ嫉妬してくれて
いた事を知って、俺は嬉しくて、そしてソウが愛しくて
堪らなかった。
笑い過ぎて滲んできた涙を拭った後、少しムッとしている
ソウの背中に腕をまわして抱き締めた。
すると頭を締め付けていたソウの腕が緩んだので、そのまま
顔を上げて唇を合わせる。
そしてソウがキスを返してくる前に唇を離し、
「線香花火、やるぞ。
どんな時も俺の隣はソウの場所だし、ソウの隣も俺の場所だ。」
と笑った。