階段


 お外に出ようよ。今夜はお月さまがきれいだよ?
 先生はご本を書く人で、あまり外に出ない。だからうるさく誘ったんだ。
 あ。先生、もう靴をはいてる。やっぱりぼくとお散歩したかったんだね。

 道はごみだらけだった。
 台風がニッポン列島をジュウダンしたんだって、ラジオが言ってたっけ。
 落ち葉や枝をよけて歩くのも楽しいけれど、先生に体をよせたいな。
 先生のズボンは普段着でも立派な布地で、いいにおいがする。
 あと一歩で魅惑の香りにありつけると思ったとき、先生が立ち止まった。
 神社の階段、下から二段目の隅に、黒ずんだ毛玉が見える。

 そいつはだめだよ。かまっても無駄だよ。

 先生はぼくの抗議を聞き流して、みすぼらしいそいつを胸に抱いた。

「ずいぶん軽いな。元気がない」

 汚くて小さな毛の塊を、先生がそっと撫でる。
 毛玉は不細工な顔を上げて、頭をふるふるさせた。あのぶんじゃ目が見えてないな。
 先生が、ちょっと困った顔でぼくを見た。

「おまえと同じだよ。だめかな?」

 同じじゃないよ!
 ぼくはそいつより汚れてなくて、もっと重かったでしょ?
 先生に噛みつくくらい元気だったし、目だってちゃんと見えてた。

 先生と出会った夜は忘れない。
 今夜みたいにお月さまがきれいで、先生はもっともっときれいだった。
 ぼくはたちまち夢中になって、先生が「こら」って言うほど爪を立てた。

 先生が階段に腰を下ろす。ぼくは半円を描くように近づいて、先生のズボンにすりよった。

「長生きしないかもしれないな」

 生きる時間は神さまが決めるのに、人は短い命を惜しむ。
 それってぼくたちにとって、結構ふしぎなことなんだ。

「連れ帰ってもいいかい? 私のちびちゃん」

 冷たい石の階段で背中を丸めて、そんな顔しないで。
 ぼくは先生の虜だよ。いいって言うしかないじゃないか。

『ニャア』

 ぼくはひと鳴きして階段を下りた。尻尾をぴんとさせて先生を睨む。

 そいつのノミがうつったら、先生を引っ掻いてやるからね。


2013年9月24日

後書き

久しぶりのお題挑戦作品です。『クレヨン』以来、挑戦していなかったのですね(汗)
※『クレヨン』はBL作品ではありません。差別用語があります。
お題配布元: 文字書きさんに100のお題 様

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