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第一話・焔 第五章・3


「九分どおり決まっているからこそ、会社もきみをここに案内したのじゃないかな」
 背中が反るほど強く抱きしめられた。腿の付け根に塔崎の硬いものが当たり、はっとする。
「触るだけ、少し触るだけだから。会いたかったよ……!」
 耳をかすめる吐息が気持ち悪い。息を荒げ始めた塔崎が、乱暴に窓を閉める。
「だめ、だめです! 待っ……て!」
 小柄な塔崎が意外な腕力を発揮する。春樹を窓から引きはがし、音をたてて床に押し倒す。片側の肘と臀部が床に当たった。塔崎は春樹の痛みに配慮するふうもなく、ベルトを外しにかかる。
「ここではいけません! 見られたら塔崎様のお名前に傷がつきます!」
「見られてもいい。き、きみとなら」
 ホワイトカラーの手が制服のズボンを下ろし、下着に頬をこすりつけてきた。
「夢だったんだよ。愛する人と、ホテルじゃないところで過ごすことが」
 塔崎は下着の上から春樹の中心にキスを重ね、懇願の表情を見せる。
「ベ、ベッドも、テーブルも、ソファも、きみの好みに合わせるから。ゲームやパソコンも買ってあげる」
 夏の日光がフローリングを焼く。春樹が身じろぎするたびに埃が立つ。
「きみのためのお部屋にするよ。くつろげる場所にする。だから、ね」
 春樹は天井のシーリングライトを見て唇を開いた。新鮮な空気を求めてあえぐ。塔崎が体を重ねてきた。
「悪いようにはしない。きみが好きなんだ。本当だよ」
 下半身をぐりぐり押しつけられる。うわごとに似た「好きだよ」が、外国語みたいだ。
(どこが本当の家なんだろう)
 生まれて十六年過ごした部屋は高岡の名義になった。現在住んでいる部屋は会社のもの。
 銀行の本社ビルが見えるらしいここは、愛の巣というわけだ。
 妙な笑いがこみ上げそうになる。
「ここに住めなんて言わない。親しい子との仲を裂いたりもしない。高校を出るまで、ここで僕と会ってくれるだけでいい」
 汗ばんだ手が春樹の頬に触れる。
「高校を出てからの援助もする。会うのは高校生のあいだだけ。それからは、会ってくれなくても助けるから」
 ピンク色の顔をした塔崎が、春樹の体を撫でまわす。
(どこが……家なのかな……)
 進んでサービスしない春樹に対する不平のように、塔崎の股ぐらから雄々しさが消えていく。
 中途半端な終わりがもどかしいのか、目を血走らせた塔崎の顔が迫ってきた。
 おぞましさに目をつぶってすぐ、塔崎に口づけられた。
「好きだ、好きだよ……!」
 近いうちにこの部屋の合鍵を渡されるだろう。塔崎からもらったキーケースを使わないといけないな。
 愛人部屋の鍵を持って通学する。平和な校内を行くチビの正体を、友人も教師も知らない。新田も。
(とんだ鍵っ子だ)
 口臭に辟易して目を開ける。塔崎の頭髪越しに、シーリングライトがぼやけて見えた。


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