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第一話・焔 第五章・3
春樹の答えを受けた長内は表情を変えない。服部刑事もひたすら記録している。
口には出さないものの「男子高校生がふたりでホテルねえ」という声が聞こえてきそうだ。
強面の長内が、ソファに浅く掛けなおした。
「どこかのホテルを近くで見たりした? 見たとしたら、理由を教えてほしいな」
服部が長内を横目で見る。次いで春樹を滑るような視線でやり過ごし、ノートのページをめくった。
「見ました。理由は……その……」
「興味がわいたのかな。特殊なホテルに」
「はい……」
「どんなシステムになっていて、幾らくらいするのか、とか?」
「……そうです」
長内がやんわりと誘導し、春樹が及び腰で追従し、ひとつのストーリーが組み上がった。
興味本位で特殊なホテルの入り口を見ていたら西と新田の肩がぶつかりました。新田が謝っても口論になり、善良な高校生である新田はチンピラの西に殴られました。春樹が許してくれと頼んでも聞き入れられず、逆に恐喝されました。従わなかったので態度が悪いと思われたようで、再度新田が殴られたり蹴られたりしました。春樹を連れて逃げようとした新田が財布を投げると、西が刃物を出しました。
刃物はキーワードになった。リビングにいる大人全員が春樹を注視する。
「新田くんはどうしたのかな」
長内の言葉に若干の鋭さが戻る。
「その場を離れました」
「きみひとり残して?」
春樹はうなずき、手のひらの汗をジーンズで拭う。
「逃げようとしたときに僕が転んだから。僕を助けていたら、先輩はこの人に刺されていたと思います」
恐怖半分、嫌悪半分で西の写真を見る。長内は無言でうなずき、
「新田くんは人を呼ぶために離れたんだね」
と、警察の手間を省くかのようにリードした。
まだ気を抜いてはならない。高岡は防犯ブザーのことは答えていいと言っていた。訊かれたら須堂の知り合いが営むスナックを明かし……ああでも、できれば言わなくて済みますように。
結果は予想に反したものになった。長内は春樹にねぎらいの言葉をかけたのだ。
「話してくれてありがとう。怖いことを思い出させてしまったね」
「いいえ」
このまま帰ってくれないだろうか。防犯ブザーの件もスナックのことも言いたくない。
服部刑事がノートを手に、人当たりのいい笑顔を浮かべた。
「七月二十四日の午前一時から三時ごろまで、どこで何をしていましたか?」
ついにきたか。西の死体は七月二十四日の早朝に発見されている。
この問いこそが最も危惧していたものだった。新田との話し合いでも、絶対に矛盾しないようにすり合わせた部分だ。春樹は静かにうつむく。
「自宅で眠っていました」
「証明できる人は……」
言葉尻を曖昧にさせた服部が橘を見る。橘はえびす顔で「いませんね」と代弁した。
服部がノートを閉じると同時に長内が席を立った。続いて服部も立ち上がり、春樹に微笑みかける。刑事たちと橘がおじぎしながら玄関に向かう。階下まで送ると言う橘を制したのは、服部だった。
「今日は春樹くんのそばにいてあげてください」
ノートを鞄に入れ、諭す目で春樹を見た。
「こういうときにお父さんが来られないのは大変だと思うけれど、危険な場所に近づいてはだめだよ」
「はい。気をつけます」
深々と頭を下げた春樹の肩に、橘が親しみをこめて手を置く。
会えばこうしているのだと言いたげな、出来た後見人を思わせる演出だった。
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