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第一話・焔 第五章・3
翌日の夕方、予備校の最寄り駅で新田と待ち合わせた。
駅の構内にあるカフェは混んでいた。客の大半を占めるのは、新田や春樹と同年輩か、少々年上の少年少女だ。予備校が多い地域のためだろう。ふたりは小さなテーブルを挟んで座った。
なかなかしゃべろうとしない春樹に、新田がスティックシュガーを寄せてくる。
「早く入れないと、溶けないぞ」
冷房が効いているためホットミルクティーにしたのだと気づく。春樹は砂糖を入れてかきまぜた。
「何の話なんだ? 言いにくいことなら場所、変えるか?」
「ううん、ここでいい」
甘い紅茶をひと口だけ飲み、周囲を見て声をひそめる。
「新宿のホテルの前で修一を殴った人が死んだこと……知ってた?」
新田が目を見開く。トレーを押しやり、身を乗り出す。
「知らなかった。本当なのか?」
「テレビのニュースで見た。顔写真が出てたから間違いないよ。修一の家、誰か来たりした?」
「誰かって?」
「その……警察の人……とか」
新田は記憶をたどるように目をさ迷わせ、かぶりを振った。
「来てないと思う。何かあれば親も言うだろうから」
アイスコーヒーの氷を鳴らせた新田が、春樹の目をのぞき込む。
「一昨日の電話、このことを俺が知ったか確かめるためだったのか? 俺が知って、悩んでいたらと……思ってくれてのことなのか?」
返事の代わりにうなずき、新田の腕に触れた。いっそう小声で話す。
「警察が来るかも。来たら僕とのことは何でもないって言って。ただの後輩だって」
新田はストローから指を離し、聡明な瞳を曇らせた。
「お前は嫌か? 俺たちの関係を知られるの」
思いがけないことを訊かれ、声帯の手前で言葉がとまる。かすれた声を絞り出した。
「修一の将来がかかってるんだよ? 修一を殴った人は河川敷で発見された。殺人事件かもしれないんだ。修一には留学も、受験だってある。大切な時期なのに」
「将来が大切なのはお前も同じだ」
「でも……! でも、今は」
「わかってる。日本の警察は優秀だというじゃないか。ふたりのことを詳しく言わなくても、きっと解決してくれる。冷めないうちに飲めよ。顔が青いぞ」
新田はティーカップを指差すと、食べかけのホットドッグにかぶりついた。
多少ともかかわりのある人間がおかしな死に方をして、元気よく食べられるものだろうか。
相対する人は、本当に新田なのだろうか。
「修一、怖くないの……? 人が死んだんだよ……?」
新田が口の横に付いたマスタードを親指で拭う。舐める仕草が小谷と重なり、春樹はとっさにうつむいた。
「同情するけど、怖くはないな」
ホットドッグを包んでいた紙が丸められる。
「殴られた恨みで強がってるとか、そういうのじゃない。関係ないと思うんだ」
「関係──ない?」
「冷たいと思うかもしれない。でも、あんな方法で金を巻き上げていたら、自分から災いを招くようなものだろ。前にお前も言ったじゃないか、悪いのは暴力を振るうやつらだって」
新田とぎくしゃくしていた時期、春樹は確かにそう言った。でも、あれは暴漢である西が死ぬ前のことだ。
「警察が来るなら色々決めておこう。今日会ったのも、そのためなんだろう?」
春樹はくしゃくしゃになったホットドッグの紙を見て、首を縦に振る。
温かいはずのカップを両手で包んだら、白い器は熱を失ってしまっていた。
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