Cufflinks

第一話・焔 第五章・1


 成瀬の作業は静かに進んだ。数種類の探知機を駆使して、ドアの外からベランダまで探っていく。
 営業で来た際に受付カウンターで顔を見られている成瀬は、エントランスに入る前からマスクをしている。部屋に上がるときにはきれいな靴下にして、トイレや浴室、寝室など、よりプライバシーを重視する箇所には春樹を先に入らせた。
 何もしゃべるなと言われた春樹はじっとしているだけだった。人の生活を覗く機器が発見されるたび、息をつめて除去作業を見守る。
 二時間ほどして、四個の盗聴器と三個の隠しカメラがダイニングテーブルに置かれた。
 成瀬はマスクの上から人差し指を立て、慎重に機器を解体する。宝石商が使うような拡大鏡で部品を吟味し、心臓部を切断していく。最後の一個まで開けた成瀬が、マスクを外して微笑んだ。
「もう大丈夫っすよ。全部、使えなくしました」
 醜い物体を見る春樹の前で、成瀬がビニール袋に機器を入れていく。スポーツバッグにビニール袋をおさめると、一礼して玄関に向かおうとした。
「待ってください! 証拠を持ってっちゃうんですか?」
 ふたたびマスクをはめようとした成瀬が首をかしげる。
「これはプロの仕事です。プロは雇い主を言いやしませんよ」
「雇い主の見当はついてます。証拠を見せるんです!」
 成瀬が眉をひそめた。理解不能という感じだ。
「何て言って、見せるんスか?」頭をかき、言葉を選ぶように続ける。
「彰さんの読みどおり、おれも掃除の業者が怪しいと思います。機器は一から作った品物でした。市販品を加工したものじゃない。業者に扮したプロを雇うくらい執着してる相手なら、怒らせないほうがいいんじゃないですかね」
 でも、と言いかけた春樹は口をつぐむ。ダイニングテーブルの端をつかんだ。
 塔崎もばかではない。春樹が自力で盗聴器やカメラを取り外すとは思わないだろう。
 外されたと知れば成瀬の存在を突きとめるはずだ。
「……成瀬さんに迷惑かけるって、考えてなかった……」
 成瀬が困ったように笑った。すき間のある前歯が見える。
「おれも単独で仕事してますからね。迷惑っていうか、やばいと思えば引き受けません」
 高岡は定期清掃の仕組みを知らなくても異変を嗅ぎ付け、成瀬は自分の仕事をこなした。
 春樹は目の前で起こる現象の意味を考えもしない。従っていただけだ。
 いつになれば自分で自分を守れるのだろう。
 このまま愛人になったりしたら、一生を塔崎に縛られるのではないだろうか。
「彰さんはこのこと、誰にも言わないようにって言ってました」
「誰にも……?」
 成瀬がうなずく。インターフォンのモニター画面を切りかえて廊下や階段、エントランス、駐車場、裏口などにも目を配る。
 マスクをしてスニーカーに足を入れながら、春樹に顔を向けた。
「掃除に限らず、部屋に人を通すときは見てたほうがいいっすよ。変だと思ったら、いつでも電話ください」
 出ていこうとする成瀬の腕を引いた。かぶりを振って成瀬を仰ぐ。
「毎回頼んだりしたら、ご迷惑になります」
「かまわないっすよ」
 フラットな声だった。冷たくも厳しくも、楽観的でもない。
「やばければ受けません。金もらう以上、判断するのはおれです」
 仕事で最善を尽くすために、気持ちの高ぶりは要らないと言っているように思えた。
 ひとつひとつ確実に、安全に乗り切っていく。自信をつけるのも信用を得るのも自分次第なのだというポリシーに感じ、高岡が成瀬に仕事を頼むのがわかる気がした。
 春樹は心をこめて礼を言い、成瀬が見えなくなるまで頭を下げ続けた。


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