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第一話・焔 第五章・1


 春樹は商業ビルの谷間にある小さな公園にいた。陽の当たらないベンチでぼうっとしている。
 一時間をここで過ごしたため、ベンチにはアイスミルクティーの空き缶がある。
 二本目を飲みながら、装った袖口を思い出す。美しい装身具を身につけて、高岡は誰と会うのだろう。
 独り歩きを始めた記憶は、たった一度だけ見たショーに行き着く。
 喉を潰された三浦の犬と高岡は、舞台上で会話をしていた。鞭による会話だ。春樹には経験できない会話。
 枯れ枝のような体を鞭で打たれた青年は、顔を妖しく染めていった。もどかしさを解き放ってほしそうに見えた。
 今夜も高岡はライトの下で情交を見せつける。誰かのベッドで、カフスボタンを外すかもしれない。
(こんなこと考えてる場合じゃない)
 登録したばかりの番号にかける。成瀬は数コールで出た。
 待ち合わせ場所を告げる声に集中し、体の熱さを忘れるように努めた。








 自宅マンションの最寄り駅に、私服姿の成瀬が現れた。
 ロックギタリストの写真がプリントされたTシャツと洗いざらしのジーパン、スニーカーという姿だった。スポーツバッグを提げ、気さくに笑いかけてくる。
 改札を出たところで並んで歩き、成瀬が口を開いた。
「彰さんから聞いてます。何か仕込まれたと思って、間違いないっすね」
 歩調を合わせてくれる成瀬が駅のトイレを一瞥する。
「時間かけて調べます。用を足したかったら今のうちに。彰さん、今の部屋には入らないことにしたそうで、念入りに見てやってくれってことなんで」
 トイレ近くの壁にもたれようとした成瀬を凝視した。
「今の部屋って、僕が住んでる部屋のことですよね。な、なんで」
 よほどおかしな問い返しだったのか、成瀬は目をしばたかせた。
「さあ。頻繁に顔出さなくていいって判断したんじゃないスかね」
 何故そんなことに疑問を抱くのか、という口調だった。
 新しい部屋に引っ越した当日、高岡が合鍵を持つことを辞退したと稲見から聞いた。
 しかし、その日のうちに高岡は新居にやってきた。しれっとした顔で。
 これからも好きなときに来ると思っていた。躾が終わるまで、いつもの香りをまとって訪ねてくるのだと。

(一秒でも早い解放を願った男の来訪を、心待ちにしている……?)

「トイレ、入らなくていいっすか?」
 言葉をたぐることができず、無言でうなずく。
 成瀬と共に階段を上り、雲の間から遠慮なく照らす太陽に手をかざした。


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