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第一話・焔 第五章・1
旧校舎の一階、下駄箱があるホールに、森本の声が響き渡った。
「丹羽あ! どこ行ってたんだよ!」
知っている声を聞いて膝から力が抜けた。階段の手すりにすがる春樹に森本が駆け寄る。森本の肌が熱い。首や髪の生え際が汗で濡れていた。
「どうしたんだよ! 前みたいに具合が悪いのか?」
「違う。外にいたら暑くて……森本、さっき掲示板の前にいなかった? 声がしたような」
「お前を捜してたんだよ。すげー人で見えなくなっちまってさー。ほんとに外にいたか? 校庭見ても全然だったけど」
「いたよ。それより、なんで僕を捜したの?」
森本が手すりに肘をつく。うつむいて、上履きのかかとで階段の隅を数回蹴る。
「あー……瀬田の、その……なんだ」
そわそわ動く上履きが静かになり、まじめな顔がこちらを向いた。
「瀬田のお別れ会やるから、丹羽にも来てほしい。八月の、あいつの休みの日に」
張りのある声で言い切ると、森本は控えめに微笑んだ。
「お別れ会っつうか、激励会か。どう言っても上から目線になっちまうけど……瀬田を見てるって、伝えたいんだ。大げさなことはしない。花火とか、そんな程度で」
どれだけ言い繕っても『激励』される側は何かしらのことを思う。放っておいてくれたほうがいいと感じるものだ。
それくらい森本も考えたはずだ。思いつきなら駆けずり回って春樹を捜したりしない。森本が不安げな声を発した。
「やっぱ……いやらしいと思うか……? やらないほうがいいって思うか?」
春樹は首を横に振った。
「瀬田くんが退学するって言ってからの森本、人が変わったみたいだった」
「えっ……」
「気軽に話しかけられない顔してた。今だって、僕を捜して一生懸命走ったんじゃない? 暑いからだけじゃないよね、その汗」
森本が慌てて首の汗を拭う。赤くなった頬まで、手の甲でぐいっと拭いた。
「僕より長いつき合いの瀬田くんに、森本の気持ちがわからないはずないよ」
級友が下を向いて顔を隠す。春樹は森本に背を向け、階段の手すりから下を見た。
薄暗いホールの下駄箱には生徒の靴がある。かかとを踏み潰したもの、正しく履かれているもの。風で転がるゴミ、遠くから聞こえる生徒の声。
学校が過去のものになっても友情は続く。森本が瀬田を見ていると決めたなら、支えの一端になりたい。
「僕も行く。誘ってくれてありがとう」
「礼、言うとこじゃないだろ。友達なんだから」
森本の肘が春樹の脇腹を小突く。森本の腰を突き返し、ふたりで渡り廊下へと進んだ。
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