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第一話・焔 第四章・4


 日曜は朝から曇っていた。
 復習していると、直接の来訪を告げる音でインターフォンが鳴った。高岡なら受付カウンターを通すはずだし、塔崎の接待をした翌日に稲見が来るのもおかしい。記憶を欠くような行為はしていないはずだ。無言でモニター画面を見る。
「……修一!」
 四角い画面に映る新田は、周囲を気にしているようだった。切迫した顔を左右に動かしている。
 急いで開けたドアから新田が体を滑り込ませ、春樹を抱きしめた。首すじが汗で濡れている。鼓動も速い。
「修一、どうしたの。階段で来たの?」
 IC内蔵キーがなければエレベーターに乗れないシステムだ。八階まで来るには非常階段を使うしかない。
「ね、しゅ……」
 唐突に唇が重った。離れるときに唾液が短く糸を引く。
「んん」
 また重なって体が密着したとき、硬いものが腹に当たった。変化した新田の股間だった。熱い唇が離れ、新田の頬に赤みが差す。
「話したいことがあって来たのに、マンションに着いたら……あそこが……か、硬くなって」
 耳の先まで真っ赤にした新田が下を向く。
「こんな状態で一階にいる人と話したくなくて、宅配業者に続いて入ったんだ。業者が受付の人と話している間に階段で……ごめん。みっともない真似して」
「修一……!」
 何百回でも好きと言いたくなった。抱き合ったまま寝室に向かう。歩くたびに新田の強張りが跳ねるように動き、服地を通しても脈動が伝わってきた。
 リビングを通る間もキスがやめられず、ふたりが漏らす吐息にせつなさがまじっていく。
 後ろ手で寝室の扉を開け、離れられないままベッドに倒れこんだ。




 新田が息を乱して春樹のジーパンに手をかける。思いつめた目が熱っぽく、ジッパーが下がる音とあいまって春樹の胸を高鳴らせた。
 シャツのボタンを外しにかかる新田の頭を引き寄せ、夢中でキスした。新田の口が先ほどより熱い。春樹の胸や腹を撫でる手の平も、キスの合間に見せる潤んだ瞳も、すべてが日常と違う。
「修一の……ものに……して」
 むさぼるようなキスのあと、呼吸も整えずに言った。新田は首を横に振る。大きな手が強張っていた。
「どうして──」
 股間は布地を突き上げているし、寄せた眉根が苦しそうだ。強引に求めることになると恐れているのだろうか。
「ちょっと待ってて」
 唇の横にキスして寝室を出た。学習机から雑居ビルの医院でもらったローションを出し、冷蔵庫から水の入ったペットボトルを出す。ベッドに戻って枕の横にローションと水を置いた。
「これ……お前が……?」
 新田の肩に頬をくっつけてうなずく。
「男同士のときは、そういうの使うといいみたい。ネットで買ったんだ」
 ローションは水薬用の容器に入っているので商品名もない。訊かれたら次の言い訳を考えるだけだ。
 新田が水のペットボトルを手にした。首をひねってしげしげと見る。
「これもネットで買ったのか? ただの水に見えるぞ」
 吹き出しそうになり、両手で口を押さえた。だが目の表情までは変えられない。まじめな顔をした新田に睨まれかけ、枕で顔を隠しながら答える。
「それは水。修一に触れると……すごく熱くなるから。喉も焼けるようになるんだ」
 新田がペットボトルの蓋を開けた。振り返る顔がいたずらっぽく笑っている。
「俺も飲んでいいか?」
 返事をする前に新田が水を飲む。喉仏の動きを見つめる春樹に、蓋を開けたままのペットボトルが渡された。ひと口、ふた口と飲む春樹を新田が見ている。互いに誘われてキスをし、水がサイドテーブルに置かれた。
「……好きだ。お前のことを考えて、昨夜はなかなか眠れなかった」
 低い声が震えている。四つ這いになって上に乗り、春樹の髪を撫でながら続ける。
「でも、まだしたくない。もっとお前にふさわしくならないと──」
「そんな。好きな、ら……っ!」


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