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第一話・焔 第四章・4


 喫茶店の窓からバスターミナルが見える。店内は混雑していた。
 食器の音や有線放送の音楽、人々の談笑が今枝と春樹の邪魔をすることはない。丸テーブルを挟むふたりに会話はおとずれていなかった。
 春樹が今枝から手渡された写真を一枚ずつ見ていく。運転席に高岡、助手席に春樹という写真ばかりだ。
 最後の一枚を見た春樹は、息をのみそうになった。

 壬の店からほど近い交差点で、春樹を抱きしめる高岡の姿が写っている。

 表情を変えないようにして今枝を見る。背中に定規でも入れているかのように姿勢のいい今枝は、砂糖を入れた紅茶をスプーンで執拗にかきまぜていた。春樹と目が合うと儀礼的に微笑む。
「率直にお訊ねします。高岡彰さんとは師弟関係以上の関係ですか?」
 白昼夢の続きか、安定剤の影響か。それとも、今枝は外国語をしゃべったのだろうか。
「以上、って」
「愛情に裏打ちされた肉体関係、または憎からず思う気持ちがあるか、ということです」
 外国語よりも遠い、理解不能の言葉だった。あくまでビジネスとして接する態度が不気味でもある。
「おっしゃっている意味が理解できません」
 弁護士はもう一枚写真を出した。突きつけることなく、静かに春樹の前に置く。
 校門の前で自転車を押す新田と春樹が並ぶ写真だった。ふたりとも夏服を着ている。
 写真の右下にある日付は、指導室で新田の涙を見た日を表していた。
「塔崎様が認めるプライベートでの交際は、そちらの、同じ学校に通う生徒との交際だけです。高岡さんと私的な関係にあるなら、即刻清算されることを望まれています」
「そんな……そんなこと、あるわけないじゃないですか!」
 見当違いもはなはだしい。夏が終われば春樹は塔崎のものになるのに、これ以上何をどう縛ろうというのだ。
「高岡さんは仕事に私情を交えません。派手なパフォーマンスを好むから、こんなことをするときはありますけど」
 分離帯での抱擁を写した一枚を突き返した。今枝は銀縁眼鏡のブリッジを押し上げて質問を続ける。
「では、あなたは?」
「はいっ?!」
「あなたは私情を交えていないと誓えますか?」
 持っていた写真をすべてテーブルに置いた。
 ありえない。体の中に手を入れた男を好きになるほど、変態趣味に染まってはいない。
 それに、誓えますかとは何様だ。神のつもりでいるのか。臆病な銀行家は。
「誓えますよ。一筆しましょうか」
 言いながら通学鞄をまさぐった。高岡のハンカチが指に触れても無視する。
 高岡など大嫌いだと書けばいいのだろう。嘘ではないのだから心をこめて書ける。今すぐ書いてやるから待っていろ。
 ノートを破ろうとした春樹に、さらさらした声が届いた。
「それには及びません。お気持ちは確認しました。双方の意思に相違点もないですし、問題なしとしましょう」
 指先に力が入った。ノートの一部が斜めに裂ける。
「双方……高岡さんにも、同じ話を……?」
「ええ。両者の言い分を聞かなくては意味がありませんからね」
 写真を片づけた今枝がカップに口をつける。湯気のたたない紅茶を、目を閉じておいしそうに飲む。
 社を通さないのは塔崎の気遣いなのだ。調教師が商品との関係を疑われるなんて、失態以外の何ものでもない。
 出来のいい犬であれば高岡も春樹を連れまわさずにすみ、物陰から写真を撮られることもなかった。
 春樹の沈黙が恐怖心からきていると思ったのか、今枝が同情まじりの笑顔を見せた。
「心配しなくていいですよ。高岡さんやあなたにペナルティーが科されたりはしません。単なる身元調査です。あなたは塔崎様の庇護のもと、上手に甘えていればいいのですから」
 今枝が席を立つ。レシートも写真もなくなったテーブルに、唇を噛む春樹の顔が映っていた。


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