Cufflinks
第一話・焔 第四章・3
サイドテーブルに置いた充電ホルダーに、携帯電話を重ねた。
二度のセックスはさすがに疲れる。十時前にあくびがとまらなくなり、眠ることにした。明日は勇次の接待がある。
横になって間もなく、サイドテーブルから振動音がした。目を閉じたまま通話ボタンを押す。
「……はい」
「眠っていたか、仔犬ちゃん」
まぶたが見えない指でこじ開けられた。上半身を起こして礼をする。
「つ、疲れてて。ごめんなさい!」
今日のミスが頭を駆け巡る。仕事中に焔に負け、客に駐車場まで足を運ばせた。
稲見から高岡に伝わったと考えたほうがいい。間違いなく叱責される。また、高岡の時間を奪ってしまう。
「ごめんなさい……」
胸と胃の間が鋭く痛み、パジャマの上から胸を押さえた。
「電話の理由はわかっているようだな」
「はい…………」
うなだれながら脚を下ろして膝を揃え、高岡の言葉を待った。
「早速本題に入る。塔崎様に駐車場まで送っていただいたのは本当か。何があった」
「本当です……あの……ほ、焔が……怒って……」
得体の知れないものを説明することは簡単ではない。たどたどしい言葉が紡がれるのを、高岡は辛抱強く待った。
「一度目が中途半端に終わったんです。体の芯に種火が残って……焔が塔崎様を誘えと……だから、じ、自分から」
「持たなくてもいい接触の機会を作ったわけか。その結果、客にエスコートされたのだな」
「……ごめんなさい……」
「謝っても自分の身は守れん。客が乱暴な人物ではなかったことに感謝し、充分に体を休めろ」
頭ごなしに叱りつけるためではなかった。商品を把握するための電話だったのだ。
胸に黒いモヤができる。単なる仕事に、心が右往左往した。
「新聞を……見ました。新聞を見て日付けを確認したんです。教えてもらったように。それで意識がはっきりしました」
「そうか。頑張ったな」
喉の下から熱さがこみ上げてきた。黒いモヤについてまわる、こんがらがったときの涙だった。
「ごめ、なさ……」
高岡は人を浮き沈みさせることが得意だ。
人の心を破いたり繕ったりすることが好きで、おまけにお節介で、キザだ。
商品の言い分を聞き、一方的に叱らない。落ち着いたいつもの声で、頑張ったなと言う。
分離帯で動揺を見せても、見守ると決めた相手は必ず見守る。こいつはそういうやつだ。
「泣くな。明日も仕事だ。目を腫らすな」
大きく息をして腹の底に力を入れた。顔をこするたびに手が濡れる。
「塔崎様とのときに、溶鉱炉に、落ちるなんて。怖い人の、ときに、落ちたら」
「客は全員怖い。怖さを忘れるな。前にも言ったはずだ」
「で、でも、あんな、操り人形みたい、に、なった、なったら」
「落ちたら引っ張り上げる。元の生活に戻してやる」
胸の痛みが熱に変わった。高岡なら実行すると、経験が言っていた。
「わかりました。落っこちないように、気をつけます」
小さく吹き出す音がした。苦笑したときのような声が聞こえる。
「言うようになったな。俺では頼りないか」
男らしい声が染み渡っていく。陽だまりの熱とは違うものが、鼓動を静かにさせていった。
「いいえ。高岡さんはそうする人だって、わかってます……おやすみなさい」
返事はなかった。電話が切れる音がしただけだ。静かに切ったとわかる音だった。
携帯電話を胸に抱いた。充電ホルダーに乗せず、抱いたまま眠った。
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