Cufflinks
第一話・焔 第四章・3
数日後の土曜日、春樹は塔崎愛用のホテルにいた。塔崎に最初に抱かれたときと同じ部屋だった。
「あ……あっ、い……!」
もうすぐ終われそうだった。塔崎の雄にも、最後を予感させる兆候がある。
焔は今日も顔を見せなかった。塔崎が「可愛い」攻撃をしないためか、今のところ自分では触っていない。
「ここ、撫でてもいい? 嫌なら言ってね……」
「んんっ……あ!」
腰をつかんでいた塔崎の手が前に伸びる。丁寧に包むように握られ、先のほうを中心に刺激された。
「いい……と、ざき……さま」
股間から甘い痺れが広がる。後ろからの動きにシンクロする呼気に、いやらしい声が混じる。
このまま早く達したい。どうしたら塔崎を追い立てられるだろう。
若い棒を愛撫する手の甲を、軽く引っかいてみた。塔崎の手が一瞬とまる。爪の先を離さないまま、四つ這いの姿勢でベッドに肘をつけた。湿った音を含む吐息を漏らし、ああ、ああ、と繰り返した。
「ああ……だめです……ゆっくり……」
塔崎の手を握り、また引っかく。見えるところに傷は残さない、それでも夢中だと伝えるように爪を動かした。
男娼を攻める客に翻弄されています。あなたの手にかかれば、僕はすぐに陥落します。
即興の芝居に、塔崎が先に落ちた。春樹の尻をつかんで腰の動きを速める。前も、精を搾り取るような勢いで扱う。
「だめっ、だめ……! そんなにしないで! 塔崎さまっ」
背後にうなり声を認めた。塔崎の硬さが一気に増す。
自分が仕掛けたことへの反応が怖くなり、肘に力を入れて逃げようとした。塔崎が両手で春樹を抱え込む。
刺激を失った春樹の屹立が跳ねた。先が腹にぶつかり、前触れなく終わりがきた。
「や、ああッ! ああああっ!!」
「おうっ! ぐっ、うぐうッ……!」
獣じみた声が恐ろしい。盗み見た塔崎の姿がいつもと違う。上半身を突っ張らせて前後に揺れている。血管が切れるのではと思うほど、首から上の色が変化していた。
射精した塔崎が崩れるように覆い被さってくる。熱い息がかかる肌が粟立ちそうだった。
中でそびえていた塔崎の男が萎えても、春樹の震えはおさまらなかった。
精だけが先に散り、奥の、深いところにある芯が納得していない。塔崎と離れたいのに、くすぶっていた。
「今日のハルキくん、すごいね。気持ちよかったの、かな」
小刻みにうなずいた。中途半端に残った感覚を……小さな子が雑巾を絞るような、もどかしいねじれを消したい。
下半身の始末をした塔崎が春樹の背中に触れた。繊細な指の動きで三浦の鞭傷をいたわっている。
痛みに苦しんだ傷は、茶色い線となって残っていた。濃くはなくても消えていない。
「きみがまたひどいことをされると思うと、耐えられない。僕だけのものになってくれれば、こんなこと、こんな傷……!」
ベッドがきしむ強さで抱きつかれた。きつい抱擁に息がつまり、分離帯での高岡がよみがえった。
あのとき、一瞬だけ見えた。春樹のかかとが浮くほど強く抱きしめた高岡の、斜め下を向いた顔。
眉根を寄せ、下唇を噛んでいた。言いたいことを抑えるような顔だった。
「ハルキくん……? 疲れたの?」
白昼夢から引き戻された。自分のしていたことに冷や汗が出る。
(客といるんだぞ。よそごとを考えるな)
暴力の痕跡にいきどおる上客と手をつなぎ、指を絡めた。塔崎の手の甲に頬を寄せる。
向かい合って横になる。塔崎には好色な表情は残っていない。一途な目をしていた。
「他の方に何をされても、塔崎様との時間があれば我慢できます。お会いできるだけで胸が満たされるのに……すごく感じてしまって……恥ずかしい……」
「恥ずかしいことなんてないよ。とても可愛かった。だめだね、僕は。またきみを困らせることを言ってしまった」
穏やかな客の気が変わらないうちに身を起こす。不安そうな顔をする塔崎に、他意のない笑顔を見せた。
「今日は夏日になると言っていました。このお部屋はとても快適ですけど、飲みものが欲しいです。塔崎様ともっとお話したいから……持ってきてもいいですか?」
「冷蔵庫のものはやめなさい。僕が頼んでおくからシャワーを浴びておいで。何がいいかな」
バスローブを着る春樹に、塔崎が浮き浮きした声で言った。リクライニングソファの手前に楕円形のテーブルがあり、ルームサービスのメニューが書かれた冊子がある。
ソファに浅く座った塔崎がメニューを広げる。ライティングデスク用の椅子を塔崎の近くに寄せ、春樹もメニューを見た。
冷たい紅茶をお願いします、とだけ言い、余韻をもたせずに席を立った。脱衣カゴを持ち、一度塔崎を見る。
五十を過ぎた男が、胸の前でバスローブを握りしめていた。頬の赤みが濃くなっている。
揃えた膝も、少しもぶれることのない視線も、恋に支配される人のものだった。
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