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第一話・焔 第四章・3
壬から電話があったのは二日後の夕方だった。
デリケートな問題に触れられたとはいえ、店で怒鳴ったことには変わりない。うつむいて店内に入り、レジカウンターに直行した。他に客がいないことを確認すると、春樹は直角に体を折った。
「この間はごめんなさい!」
「やめてよ。こっちこそ言いすぎたから」
壬の、眼鏡の下にある頬が赤らんだのを初めて見た。
「でもよかった。今日は顔色いいね、きみ」
「顔色?」
「この前は青白かった。薄いくまもあったし、眠ってなかったんじゃない? 今は食べてる? 眠ってる? 好きな人とは話せた?」
新田と話せるようになってから熟睡できていた。マンションまで送ってもらった夜も自転車に乗らなかったと聞き、粥川の軍鶏に似た瞳も思い出さなくなった。仕出し弁当の配達も再開した。
「食べるのも眠るのも、大丈夫です。話すことも。この間までは本当にこんがらがってて、全然でしたけど」
頬の熱さに顔を覆いたくなる。新田のことを話せる喜びで、全身が火照りそうだった。
「全部が前と同じじゃありません。ゆっくりがいいって言ってくれた。もうだめだと思ったのに、嘘みたいです。ありがとうございました」
用具倉庫でキスしたり一緒に帰ったりはしていないが、花の手入れは同じ時間にしている。今日は学生食堂で短い会話もできた。
恋をして浮き立つことなど、二度とできないと思っていた。際限なく話してしまいそうで、息をつめて口を閉じた。
「一気によりを戻そうとしないなんて、その人は優しいんだね。本気も本気、大本命なんだ」
気さくに笑う壬が、先日見立ててくれた服を広げた。隠しポケットの位置を確認する。
汚れたカーペットで人生を終えられない。新田を取り戻した今はなおさらだ。会計を終えて紙袋を手にする。
「三浦勇次との仕事、気を抜いたらだめだよ」
壬の声からやわらかな感じが消えていた。頬に赤みはなく、底なしの真っ黒な目が春樹を見ていた。
春樹は袋を提げ、大げさにならない程度に頭を下げた。
「僕が変な終わり方をしたら、好きな人を苦しめることになります。それだけはできない。絶対に」
「頼もしいね。こんがらがっても大騒ぎしなくなってきた?」
「わかりません。この前派手に騒ぎましたから、しばらくは騒がないと思います」
一瞬の間のあと、壬の笑い声が店内に響いた。従業員が怪訝な目を向ける。
お腹痛い、を繰り返す壬に見送られて店を出た。
何故かこうなることが多い。春樹が真面目に答えるほど、相手は大笑いするのだ。
店から一番近い交差点に着いたときには、春樹の唇は少し尖っていた。
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