Cufflinks
第一話・焔 第四章・3
「自由な風か。面白いな。でもそれ以上に」
がっしりした体が春樹を立たせる。ラテン系の社交ダンスをするようにいざなわれ、ソファ側のベッドに座らされた。
「酔って怖さを紛らせるのが嫌というのが、気に入った」
軽く、指だけで胸を押される。仰向けになった股に勇次の膝が当たり、弾力のある唇が重なった。
「う……ん」
甘えた声が鼻から出ていく。勇次が両手で春樹の頭をつかんだ。荒々しく髪に指を差し入れ、強く握る。
おおらかなキスと平行して与えられる痛みは、春樹を自由な男の世界に誘った。
「……っん……ふ」
上と下の唇を交互に吸われる。寂しくなる前についばまれ、痺れが欲しいと思う前に肉厚の舌が触れる。
明らかにペントハウスのときとは違った。伝わる温度が心地よい。髪を引かれる痛みが緊張感を保たせる。
機嫌のいいときの高岡のキスに似ていなくもない。狂犬より鋭さのない、くつろいだ口づけだった。
「あ……」
まだ足りないのに熱が去る。塔崎とは違う、キスに慣れた男の口が名残惜しい。こちらの望みは見抜いているのか、勇次は笑みをたたえて春樹の髪をすいた。
片手で髪を、もう一方の手で襟やジャケットの前立て、ボタン、袖と触れていく。
視線も袖口に移し、伏し目がカフスボタンをとらえた。
きれいな水色の石を撫で、唇を寄せる。大切な人のものにするような仕草だった。
「こいつも壬が選んだのか?」
「はい」
「ふうん。シャツにも、わんちゃんにも合ってる」
後頭部を手ですくわれた。見つめた次の瞬間には、欲しかった熱が口に戻る。
先ほどより深い。舌もよく絡んだ。春樹を味わうというより、自分のもっているものを与えてやるというキスに思えた。
熱く、短い触れ合いが終わる。ふたたび手を引かれて立たされ、ソファの近くまで移動した。両手首を持たれる。
サディストのすることには共通点があるのか、胸の前に手を持ってこさせられた。
何も言われなくても、罪人のように手首の内側を合わせる。微笑んだ勇次がカフスボタンを外した。
「お行儀のいいわんちゃん。おれはな、気が小さいんだ。ひとりで遊ぶときは相手を調べる。何がきっかけでつまずくかわからない。お前のことも調べさせてもらった」
触れると筋肉がわかる腕が動き、春樹のネクタイをゆるめた。ネクタイを抜かずに胸を開ける。アンダーウエアのない素肌に、体温の高い手の平が這った。
「壬の店も、パトロンもわかってる。お前の学校も、新しいマンションも。ついでに新田修一って小僧のこともな」
勇次の声に底意地の悪さは感じなかった。こらえようとしても顔が正面を向く。
目が合い、頬を軽くつままれた。
「怒った目、なかなかいいな。焔を抱えて生きるのがどんな感じか知りたくて、お前を尾行した。直腸洗浄は?」
「……してきました」
「いい子だ。脱がせっこ、してくれるよな?」
「は、い」
稲見からの事前の電話で、中まで洗っておくように言われていた。他人に洗われるのも人前で洗うのも避けたかったので、ありがたかった。
薬物を服に隠されたら、などと考えないことにした。勇次は勘のいい男だ。邪心は容易に察知される。
春樹は勇次の顔を見ながら、スカーフに手を伸ばした。
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