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第一話・焔 第四章・2
ダイニングテーブルには半分以上残したコンビニ弁当がある。春樹はテーブルに顔を伏せていた。
『楽して恋ができると思ってんの?』
新田は常に級友といたわけではない。コピー室や旧校舎の裏にひとりでいるときもあった。
話そうと思えば話せた。よくない結果を恐れて近づかなかったのは、春樹のほうだ。必死になっていなかった。
カウチソファに寝転がってテレビを消す。ひたいの上で手を組み、真っ白な天井を見た。
(誰のためなら……必死になれるのだろう)
須堂に助けられた夜、高岡のカフスボタンを探した。コンビニのゴミ袋に上半身を突っ込んだ。
食べものや飲みものの汁が顔に飛んでも探した。見つかったとき、涙が出そうになった。
「違う! あいつじゃない!」
座って携帯電話を開く。『T』を表示して通話ボタンを押す。運転中を意味するアナウンスが聞こえた。
(日本にいるなら出ろ。商品がこんがらがってるんだ。早く出ろ)
もう一度、さらに一度、かけ直した。しばらく待っても折り返しの気配すらない。
これが証拠だ。高岡が安い犬になど関心がないという、何よりの。
竹下のことで社と談判したのも、春樹への飴だ。オレンジジュースもそうだ。パフォーマンスだ。商品がなつくように、一目置かせるようにしただけなのだ。
「卑怯者! 狂犬! キザなことしといて、雲隠れなんかするな!」
コンビニの袋を逆さにした。缶ビールがガラスの天板に当たって転がる。
何も考えずに眠りたくて買ったものだ。開封して一気にあおる。炭酸と苦味にむせてかなりこぼれたが、目をつぶって飲んだ。飲みながら携帯電話をひっつかむ。
「もう嫌だ、勝手なやつばっかり……!」
次に表示させたのは『新田先輩』だった。呼び出し音が長く続いたが切らずに待った。
ダイニングの椅子に腰を下ろして、しゃっくりをこらえる。
「……悪いけど、勉強してるから」
息を深く吸い込み、ヒック、という音に続けて大声を出した。
「修一はそんなに偉いの?! 勉強勉強って、逃げてるだけじゃない!!」
「な……春樹、どうし」
「酔っぱらってるんだよ! 僕はこんなだよ、ばかだよ。でも修一はもっとばかだ! 僕なんかに構って、苦しんで」
新田が何か言っているが、真面目な男の言葉を遮って続けた。
「僕の心を心配してくれたよね。病院、行けって。家族じゃない修一が言うの、すごく勇気が必要なのに。そういう修一を好きになって、愛してるって言ってもらえて、嬉しかった。でも今はつらい。つらいよ、修一! つらい……!」
一方的に切った。立ち上がったら天井と床が逆になって転んだ。大の字になり、部屋を見回す。
テーブルから少し離れたところに食べものが散らばっている。立ちくらみがしたとき弁当をつかんでぶちまけてしまったらしい。ビールの空き缶と携帯電話も転がっていた。
(もうだめだ。これで終わり)
酔った勢いで怒鳴り散らしてしまった。完全に愛想尽かしされただろう。
携帯電話が振動する。新田からだと思ったが、放っておくことにした。
幕が下りるときがきたのだ。愚行を重ねる大きな赤ん坊など、一刻も早く忘れてほしい。
「…………いやだ」
ダイニングテーブルの脚が揺れる。ソファも、天井に埋まった照明も、目に溜まった液体で歪んでいた。
もう一度用具倉庫で話したい。学生食堂で向かいの席に座りたい。廊下や図書室ですれ違うときに、互いの級友にわからないように手を振りたい。
愛してると言えなくていい。もう一度だけ新田の鼓動が聞きたい。
辛抱強く着信を告げる電話機を取った。名前も確認せずに開き、開口一番罵った。
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