Cufflinks
第一話・焔 第四章・1
小さな物音がしている。ガサゴソと、ビニール袋を触るような音だ。
まぶたをこすって時計を見た。まだ朝の六時半だった。
上半身を起こしたとき、ノックもなしに寝室の扉が開いた。誰かが寝室に入ってくる。
切れ長の目をした端整な顔の、背の高い男だった。
「高岡さん……?」
「昨夜何があったか一分以内で説明しろ」
「え?」
「二秒経ったぞ」
腕時計を見る高岡の目はいつも以上に冷徹で、眉間にはくっきりとしたしわがあった。
「残り五十秒」
「あっ! あのっ、えっと、すど、須堂さんに会って、お、送ってもらいました!」
「どこで会った」
「し、しんじゅ……」
言葉が消えた。新宿で何をしていたと訊かれるのは予想がつく。新田とホテルに入ろうとしたと言うことが怖い。高岡には新田と寝ておけと言われてきたのだ。何の問題もないはずだが、口が動かない。
「時間切れだ」
高岡の香りが近づいたとほぼ同時に、拳骨をくらった。
「お前が昨夜新宿に寄ったことは稲見さんから伺っている。特別にもう一分与えてやる。稲見さんの車から降りた後のことを順序立てて説明しろ」
一分間は短いと知ったばかりの春樹は、新田と待ち合わせてからの経緯を伝えた。忘れたこともいくつかあったが、覚えていることを言うしかない。カフスボタンを探したこと以外、極力話した。
新田が逃げたと告げても、高岡は目を伏せるだけで反応を示さなかった。
聞き終えると高岡は無言で窓辺に向かった。乾いた音をたててカーテンを開ける。明るい朝の光が射し込んできて、春樹は手をかざした。次にクローゼットが開かれる。
苛立っているのか仕草が雑だ。制服の替えをベッドに投げ、下着が入っている引き出しまで開けようとした。
「じ、自分で用意します!」
ベッドから下りて高岡の肘をつかむ。近い距離で目が合い、どういうわけか首から上に血がのぼった。高岡が春樹の手を払う。強い力で髪をつかまれた。
「痛い……ッ!」
「動くな」
理由のないキスをされるのかと思ったが、唇は触れなかった。髪を嗅がれる。首すじも嗅がれ、髪を放された。
「シャワーを浴びてこい。髪も洗え。登校にふさわしい姿で食卓につけ」
体を嗅いでみるとゴミの臭いがした。昨夜は疲れきっていたため、シャワーを浴びずに眠ったからだ。
「早くしろ。着替えを持って浴室に行け」
胸に押しつけるようにして下着が渡される。嫌々受け取ってうつむいた。
「何をしている」
高岡が厳しい視線を向けてくる。春樹は情けない言葉をこぼした。
「……学校……行きたくありません……」
そうか、もなかった。脊髄反射ではないかと思う速さで、廊下に引きずり出される。
「いやだ、いやです! 修一が」
浴室に突き飛ばされた。高岡の手には、突き飛ばすときに取り上げた着替え用の下着一式があった。
「登校したくない理由は何だ」
何を聞いていた。昨夜の顛末で一番傷ついているのは新田だ。春樹を見て心が乱れないはずがない。
混乱に陥るのは春樹も同じだ。休めば解決することではない。わかっているが、今日だけは休みたい。
「取るに足らない理由のようだな」
聞き慣れた冷たい声がした。二の腕をつかまれ、浴槽をまたがされる。
数秒とあけず、シャワーの冷水が頭から浴びせられた。
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